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No.517「減胎手術の後、人工妊娠中絶手術を受け、1児も出産するに至らず。減胎手術の際に太い穿刺針を使って多数回の穿刺を行った医師に、母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務に違反したと認定した高裁判決」

大阪高等裁判所令和2年12月17日判決 医療判例解説96号(2022年2月号)101頁

(争点)

医師が減胎手術において16ゲージの穿刺針を用いて約30回にわたり妊婦の腹部を穿刺した行為につき、母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務に違反したか否か

*以下、原告を◇および◇、被告を△と表記する。

(事案)

(減胎手術当時34歳)は、平成24年に男児を出産し、平成26年11月13日から△医療法人の開設する産婦人科医院(以下「△病院」という。)で女児の妊娠を希望して、排卵誘発剤等の投与による不妊治療を受けていた。

平成27年6月8日(以下、特段の断りのない限り同年のこととする。)(妊娠7週1日。以下、単に「〇週〇日」と記載する。)、△病院に勤務していたA医師は、◇から5胎の心拍を確認した。

6月19日(8週5日)、A医師は、◇につき、経膣で生理食塩水を胎児に注射する方法(以下「経膣生食法」)という。)による減胎手術(以下「手術Ⅰ」という。)を行った。これにより2胎のみを残す予定であったが、4胎が残った。

6月22日(9週1日)、A医師は、再入院した◇につき、経腹で塩化カリウム(KCL)を胎児に注射する方法(以下「経腹KCL法」という。)による減胎手術(以下「手術Ⅱ」という。)を行った。手術Ⅱにおいて、A医師は、16ゲージの穿刺針を用いて約30回にわたり◇の腹部を穿刺した。これにより予定どおり2胎が残った。

6月30日(10週2日)、7月2日(10週4日)、7月9日(11週4日)及び7月17日(12週5日)、◇は、△病院に通院し、超音波検査を受けた。

7月17日(12週5日)の診察時、A医師は、8月11日にマクドナルド術(早産防止のための子宮頸管縫縮術)を行う予定としたが、◇1は、7月17日を最後に、以後、△病院を受診しなかった。

7月22日(13週3日)、◇は、胎児の超音波検査を専門とするWクリニックで、B医師による初期胎児ドックを受けた。

その結果、2胎のうち1胎(以下「I児」という。)には、軽度~中度の三尖弁逆流がみられ、ダウン症のリスクが1/65であるが、染色体異常の可能性は低いと思われる旨の診断がされ、もう1胎(以下「Ⅱ児」という。)には、頭蓋骨一部欠損と脳の脱出がある旨診断された。

また、Ⅰ児とⅡ児は、2絨毛膜2羊膜双胎(以下「DD双胎」という。)であると診断された。DD双胎とは、胎児ごとに羊膜及び絨毛膜が個別にあるものをいい、胎盤については、完全に分離している場合のほか、癒着・融合して1つになっている場合もある。

8月4日(15週2日)、◇はWクリニックでの初期ドックの結果を受けて1胎を減胎するためにWクリニックの紹介によりVクリニックを受診した。VクリニックのC医師は、Ⅰ児とⅡ児につき、疑問を残しながらもDD双胎と診断した。

8月14日(16週5日)、◇に羊水の減少がみられた。

9月4日(19週5日)、Ⅰ児及びⅡ児とも羊水の減少によって妊娠の継続が困難であったため、◇は2胎につきVクリニックにおいて人工妊娠中絶手術(人工流産)を受けた。

そこで、◇ら(◇およびその夫)は、◇が人工流産をしなければならなくなったのは、減胎手術を執刀したA医師が注意義務に反し、手術Ⅱの際に太い穿刺針を使い多数回の穿刺を行い、感染症対策を怠り、又は減胎対象外の胎児を穿刺するなどしたことによるものであり、これにより精神的苦痛を受けたなどと主張して、△に対し、損害賠償請求をした。

なお、◇らはA医師に対する損害賠償請求の訴えも併合提起していたが、A医師は本件訴訟中である令和元年6月29日に死亡し、◇らは、A医師(その承継人)に対する訴えを取り下げた。

第一審裁判所(大阪地裁令和2年1月28日判決)は、◇らの請求を棄却した。そこで、これを不服として◇らが控訴した。

(損害賠償請求)

患者らの請求額:
(夫婦合計)2340万9139円
(内訳: 治療費140万9139円+慰謝料夫婦合計2000万+弁護士費用200万円)
一審裁判所の認容額:
0万円
控訴審裁判所の認容額:
55万円
(内訳:慰謝料50万円+弁護士費用5万円)

(裁判所の判断)

医師が減胎手術において16ゲージの穿刺針を用いて約30回にわたり妊婦の腹部を穿刺した行為につき、母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務に違反したか否か

この点について、控訴審裁判所は、まず、A医師が手術Ⅱにおいて16ゲージの穿刺針を用いて約30回にわたり◇の腹部を穿刺した行為につき、△が◇に対し使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任を負うか否かについて検討するとしました。

そして、△は、◇との間で、妊娠した胎児の管理及び減胎手術等に関する診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結したのであるから、△の履行補助者であるA医師は、本件診療契約に基づき、人の生命及び健康を管理する業務に従事する者として、危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くして◇の診療に当たる義務を負担したものというべきであると判示しました。

また、減胎手術は、母体保護法の定める術式に合致しない手術であるとの指摘や、減胎される胎児の選び方について倫理面の問題も指摘されているとしても、減胎手術等を内容とする本件診療契約を締結した△及びその履行補助者として人の生命及び健康を管理する業務に従事するA医師は、減胎手術に当たり、◇の母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務を負うことに変わりはないとしました。

その上で、穿刺針の太さを表すゲージ数は小さいほど穿刺針の太さが太く、その外径は、23ゲージで0.64mm、22ゲージで0.72mm、21ゲージで0.81mm、20ゲージで0.89mm、18ゲージで1.25mm、16ゲージで1.65mmであり、その断面積は、それぞれ、0.321㎟、0.406㎟、0.515㎟、0.621㎟、1.226㎟、2.137㎟であると指摘しました。

裁判所は、そして、手術Ⅱの場合のように、経腹的に子宮内に穿刺針を穿刺する場合、ゲージ数の小さい太い針を使用するほど、また、穿刺回数が増えるほど、母体の腹壁及び子宮に対する侵襲の程度が大きくなることは明らかというべきであるとしました。

さらに、経腹的な減胎手術においては、本件手術当時、21ゲージないし23ゲージの穿刺針が使われるのが主流であったことが認められ、少なくとも16ゲージの穿刺針を用いる例を紹介する文献等は見当たらないと指摘しました。通常、減胎手術は、少なくとも3胎以上の多胎妊娠を双胎又は単胎に減ずるものであって、欧米では妊娠10~12週に胎児の心臓内にKCL(塩化カリウム)を注入する方法が普及しており、それ以上に遅い時期に減胎手術を行うと流産が誘発される可能性が高くなるとされ、平成15年に発行された、日本不妊学会編集の「新しい生殖医療技術のガイドライン第2版」においても、C医師の発表した文献に基づき、減胎手術は妊娠10週頃に経腹的に超音波穿刺用プローブガイド下に23ゲージの穿刺針を用いて経腹的に行われているとされ、平成19年に発行された医学雑誌「臨床婦人科産科」においても、通常は胎児の構造的評価が可能となる妊娠12~14週に行われ、経腹超音波ガイド下に胎児縦断面を抽出し、穿刺針(21ゲージあるいは23ゲージ)を刺入するなどとされているとしました。裁判所は、これらによれば、妊娠10~14週頃に経腹的にKCLを注入する方法により減胎手術を行う場合において21ゲージないし23ゲージの穿刺針を用いることが技術的に困難であるとは一般的に考えられていないということができると判示しました。

しかるに、A医師は、16ゲージもの太い穿刺針(16ゲージの穿刺針の断面積は21ゲージの穿刺針の断面積の6倍以上である。)を用いた上、◇の腹部を約30回にわたり穿刺しているのであり、16ゲージの穿刺針を用いる利点について、エコー(超音波)で針先を追いやすいということしか述べておらず(そもそも、Aは、以前に勤務していて先輩医師等から指導を受けた他の医療機関において16ゲージの穿刺針を用いていたから手術Ⅱにおいても16ゲージの穿刺針を用いたというのであり、穿刺針の選択も含めた減胎手術に係る文献すら読んでいないというのである。)、他に16ゲージの穿刺針を用いるべき医学的な根拠を主張等していないと判示しました。

本件では、手術Ⅱが妊娠9週目に行われたものであり、しかも、先行して手術Ⅰが行われた結果、5胎のうち4胎が残り、手術Ⅱにおいては減胎を試みた胎児とそうでない胎児との見極めが必要となったことから、A医師の供述等するとおり、その見極めが非常に難しかったということができるとしても、経腹的に子宮内に穿刺針を穿刺する場合、ゲージ数の小さい太い針を使用するほど、また、穿刺回数が増えるほど、母体の腹壁及び子宮に対する侵襲の程度が大きくなるものであることに鑑みると、このような技術的困難性のゆえにやむを得ず穿刺回数が多数に及ぶことが想定されるのであれば、母体に対する侵襲を可能な限り抑制する観点から、穿刺針の選択には細心の注意を払うべきであったというべきであり、少なくとも、21ゲージないし23ゲージの穿刺針が使われるのが主流であるとされる経腹的な減胎手術において21ゲージの穿刺針の断面積の6倍以上もある16ゲージの穿刺針を選択する合理性はおよそ見いだせないと判示しました。

のみならず、穿刺回数が約30回に及んだことについても、証拠及び弁論の全趣旨によれば、減胎手術においては、1胎につき、1~3回程度、多くても4、5回程度穿刺すれば、減胎の目的を達成することができるのが通常であるとされているようであり、減胎手術の内容、性格等に鑑みると、それ以上の主張・立証を欠く本件において、A医師の供述内容等を直ちに採用して必要やむを得ないものであったと認めるのも困難というべきであるとしました。

以上から、裁判所は、A医師は、手術Ⅱに当たり、技術的困難性のゆえにやむを得ず穿刺回数が多数に及ぶことが想定されたにもかかわらず、母体に対する侵襲への配慮を欠き、穿刺針の選択に注意を払わず、16ゲージの穿刺針を用いた上、約30回にわたり◇の腹部を穿刺した点において、◇の母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務に違反したものとして、A医師の行為は、◇1に対する不法行為を構成し、△は、◇に対し、民法715条1項による使用者責任を負うとともに、診療契約上の債務不履行責任を負うものというべきであるとしました。

以上から、裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後、上告がされましたが不受理となり、判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年12月10日
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