東京地方裁判所平成10年12月14日判決 判例時報1681号131頁
(争点)
最初のNSTと同日(平成4年9月3日)の診察における医師の注意義務違反の有無
*以下、原告を◇1ないし◇3、被告を△と表記する。
(事案)
◇2(◇1の母)は、平成4年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする。)2月6日に初めて認可法人である△の設置する医療センター(以下、「△病院」という。)の診察を受けたところ、妊娠していて、出産予定日が9月30日であることを知らされ、その後定期的に△病院のI医師の診察を受けた。
I医師が、4月16日以降に行った◇2の診察内容と診察結果は次のとおりである。
4月16日、超音波断層法による診察で双生児と判明。I医師は、それぞれの胎児の大横径(頭の幅)の大腿骨の長さを測定して、胎児の大体の大きさを推定し、妊娠週数に応じた順調な発育であることを確認した。しかし、I医師は、この時点で一卵性双生児の可能性を疑ったが、一絨毛膜性(一個の受精卵が受精後4日ないし8日目に分割した場合で、形成される胎盤は一つとなる。一絨毛膜性の双生児の場合は胎盤に血管吻合を有することが多い。)かどうかの判別を意図した診察は行わなかった。
なお、妊娠初期には、超音波断層法により胎嚢の個数を判別することにより、妊娠中期以降は超音波断層像の胎盤及び卵膜の中隔の厚さから、一絨毛膜性ないしその可能性があるかどうかの診断は可能である。
5月14日、ドップラーにより二児の児心音を確認。
6月11日、超音波断層法により二児の発育状況確認、心拍確認。ドップラーにより、二児の児心音確認。
I医師は、この時点で、二卵性双生児の可能性を疑った。
6月18日、◇2に対し貧血の薬を処方。
7月2日、ドップラーにより二児の心音確認。
7月16日、超音波断層法により二児の発育状況確認、心拍確認。I医師は、この時点で再び一卵性双生児の可能性を疑った。
7月21日、糖負荷試験を行ったが、結果に異常なし。
7月30日、超音波断層法により、二児の発育状況を確認、心拍を確認。
8月13日、超音波断層法により、二児の発育状況を確認、心拍を確認。
8月27日、ドップラーにより二児の心音確認。I医師は、◇2に対し、次回診察時にNST(助産師による双胎用分娩監視装置を用いたノンストレステスト)を行う予定であることを説明し、一週間後の来院を指示した。
この時点まで、二児に発育不均衡、発育不良その他の異常は認められなかった。
◇2は、妊娠36週となった9月3日、前週受診時のI医師の指示に従い、分娩室においてM助産師により初めてNSTを受けた。
◇2は、約40分間NSTを受けた。△病院の装置によると、双生児の場合は、濃淡の2本の波形が一枚のグラフに記録されるようになっているが、このグラフには初めの約15分間は二児の心拍パターンがとれていたが、その後一児の心拍がモニターされなくなっていた。
M助産師は、このグラフを見て、◇2に対し、二児の心音の波形がはっきりとれていないのでI医師によく見てもらうように指示した。
◇2がI医師にこのグラフを見せたところ、I医師は、このグラフを見ただけで、「まあ、大丈夫でしょう。」と言い、◇2に対し、一週間後の来院を指示してその日の診察を終えた。
◇2は、一週間後の9月10日、再びNSTを受け、前回同様そのグラフを持参してI医師の診察を受けた。I医師は、このグラフにより胎児の健在に疑念を抱いたため、ドップラーを用いて診察したが、◇2の右鼠蹊部付近に一つの児心音しか確認できなかったため、超音波断層法による検査を行ったところ、胎児の一児が死亡していることが判明した。
そのため、◇2は、同日午前11時50分頃△病院に入院し、腹式帝王切開術により胎児を娩出することになり、NSTで胎児の状態を観察しながら◇3(◇2の夫)の来院を待っていたが、同日午後0時58分頃NSTに一過性徐脈が現れたため、◇3の到着を待たず、N医師の執刀により同日午後1時40分頃、二児を娩出させた。
第一児(◇1)は、新生児の生後一分の状態を示す点数法であるアプガースコアは8点で正常範囲内であったものの、全身蒼白で、羊水は黄緑色に混濁しており、しばらくの間酸欠状態にさらされていたと思われる状態であった。
第二児(本件死亡児)はすでに胎内で死亡していた。死胎は死後変化を示す指数が浸軟Ⅱ度(浸軟度は、死後変化の程度に応じてⅠ度からⅢ度まである。浸軟Ⅱ度は、水泡が破れて紅色の真皮が露出する状態をいう。)、羊水は泥状で死後しばらく経過していると思われる状態であった。
N医師は、来院した◇3に対し、本件死亡児は、死後1週間くらいはたっているであろうという趣旨の説明をした。
◇1は、△病院退院時に行ったCT検査の結果、脳障害が疑われたため、退院後も同病院小児科へ通院していたが、平成5年2月からはH医療センターへ通院している。◇1は、周産期の脳性麻痺を原因とする四肢体幹機能障害があり、身体障害程度等一級と認定された。
そこで、◇らは、△に対し、◇1(生存児)の脳障害は、△が、一児の死亡を早期に発見し、かつ、発見後直ちに生存児を娩出させる義務を怠ったことなどに起因するものであると主張し、診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 1億3000万円
(内訳:逸失利益9665万4643円+介護費用2737万5000円+生存児の慰謝料3000万円+両親の慰謝料2名合計2200万円+弁護士費用1000万円の内金)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 9885万4849万円
(内訳:逸失利益4107万9849円+介護費用2737万5000円+生存児の慰謝料1800万円+両親の慰謝料2名合計400万円+弁護士費用840万円)
(裁判所の判断)
最初のNSTと同日(平成4年9月3日)の診察における医師の注意義務違反の有無
前提として、裁判所は、◇1(生存児)と本件死亡児とは一絨毛膜性の一卵性双生児であり、胎盤は血管吻合を有していたが、発育の不均衡は認められないことから、双胎間輸血症候群の特徴的症状を呈しておらず、本件死亡児の死亡原因は確定できないと判示しました。そして、◇1(生存児)は、本件死亡児の死亡後、早くとも3日ないし5日後にいたって分娩されたものと推認されるから、子宮内血管内凝固症候群(DIC)または死亡児からの血栓あるいは何らかの物質が胎盤の吻合血管を通じて◇1(生存児)にいたり、血管の塞栓を起こすといういずれかの要因により、重症の脳障害を被ったと推認するのが相当であると判示しました。
その上で、裁判所は、I医師としては、◇2が胎児死亡や脳障害の発生の危険性の高い一絨毛膜性双胎である可能性を常に念頭において、胎児の異常発生を早期に察知するため、通常の妊婦に対するよりも、更に慎重な診察を行うべき注意義務があったというべきであると判示しました。
裁判所は、そして、証拠によれば、子宮内胎児死亡の診断方法としては、ドップラーや超音波断層法等があるが、このうち、超音波断層法が最も信頼性の高い検査方法とされていたことが認められると指摘しました。
本件においては、9月3日のNSTにおいて、開始後約15分後からの約25分間、二児の心拍が十分にとれていなかったのであるから、この胎児に異常が生じたことを大いに疑わせるものであったというべきであるとしました。
したがって、I医師としては、このNSTの結果を知った時点で、二児に異常が発生していないか確認するため、胎児の生死鑑別方法として最も信頼性の高い超音波断層法による検査を行い、その後も継続的に胎児の経過を観察すべき注意義務があったというべきであると判示しました。
そして、何らの検査もしなかったI医師の注意義務違反が認められると判断しました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認めました。その後、控訴されましたが和解に至り、訴訟は終了しました。