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No.515「頸椎症性脊髄症に対する椎弓形成術を受けた後に患者の視力及び視野機能が低下。術後合併症予防措置を講じなかった医師の過失を認めた地裁判決」

東京地方裁判所令和5年3月23日判決 医療判例解説109号(2024年4月号)11頁

(争点)

医師に術後合併症予防義務違反があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△ないし△と表記する。

(事案)

◇(平成27年5月当時58歳の男性・会社勤務の税理士)は、平成26年8月から腰痛により医療法人社団Wが開設した病院(以下、「△病院」という。なお、平成27年7月に医療法人社団である△がWを吸収合併した)の整形外科を受診して第5腰椎分離と診断されるなどしていた。

◇は、平成27年5月6日、左脚の痺れ及び左右手指の痺れにより△病院の整形外科を受診し、翌7日、頸椎MRI検査を受け、第4、5頸椎椎間板ヘルニアと診断された。

◇は、△病院に勤務する△医師から、手術治療を行う可能性があると説明され、同月11日、△医師が掛け持ちで勤務していた他院で、△医師から、妻であるHと共に、頸椎椎弓形成術(脊柱管拡大術)に関する説明を受け、小規模な病院での手術におけるサポートや設備に不安があることを告げたが、△医師から、大病院では手術実施が1か月程遅れるため、この機に△病院で手術を受けるよう勧められ、同月16日に△病院で頸椎症性脊髄症に対する椎弓形成術(以下「本件手術」という)を受けることとなった。

◇は、5月15日、△病院に入院し、同月16日、全身麻酔下の腹臥位で本件手術を受けた。△医師が執刀医となり、△医師は麻酔科医としてそれぞれ本件手術に関与した。

腹臥位での椎弓形成術では、術後合併症として視機能障害を発症する可能性があり、これを予防する措置として、(1)医療用の保護ヘルメットやゴーグル、マスク、スポンジなどを使用して眼部を保護する、(2)頭位を胸部(心臓)等と平行に保ち、特に低い位置にしない、(3)馬蹄形頭部支持器を頭部を直接支える支持器として使用しない、(4)頭部3点固定器等を利用して頭部を固定する、(5)眼部の術中管理を行う必要がある(以下(1)ないし(5)を併せて「術後合併症予防措置」という)。

本件手術後、◇は目が見えない旨訴え、これを受けた△医師は、同日午後1時30分頃、初回回診をし、その後予定されていた別の患者の手術に入り、その間、◇は、無光覚の状態が続き、顔のむくみや眼部の腫れ、結膜充血に対し氷で冷やす処置を受けた。その後、同日午後5時頃、△医師は、腹臥位手術後の眼合併症を疑い、Hに「腹臥位手術後の眼合併症」のプリントを示して説明をし、同日午後6時30分頃から酸素吸入量を1時間当たり6Lに上げるよう看護師に指示した。その結果、同日午後8時頃になって、◇の視力の状態は、人影が分かる程度に改善した。

翌17日、◇の視機能に著変はなく、指の本数が分かる程度にとどまっていたところ、◇は、高気圧酸素療法(装置内で加圧された状態で酸素を吸入することにより血液を介して障害組織に多くの酸素を送る治療法)が実施できる病院に転院することとなったが、△病院には眼科がなく、本件手術後48時間の間、眼科等の専門医による診察を受けられなかった。

◇は、5月18日、V病院に転入院し、眼科医の診察を受けた。同日午後8時頃、△医師がV病院を訪問し、担当医らに経過説明を行い、翌日から高気圧酸素療法とステロイド剤の点滴投与(ステロイドパルス療法)を実施するよう依頼した。

その後、上記依頼に沿った治療が行われ、5月20日、V病院の眼科医が、△医師に対し、両眼の「虚血性眼窩コンパーメント症候群」との診断について報告し、◇は、6月11日の時点で、右目の矯正視力が1.2、左眼の裸眼視力が0.04(矯正不能)と診断された。

◇は、6月12日、V病院から一般社団法人T会Uリハビリテーション病院に転入院し、本件手術後のリハビリテーションを行い、9月19日、退院した。この間、◇は、Uリハビリテーション病院から他院の眼科に通院し、治療を受けるなどしていた。

その後も◇は、眼科医院への通院等を継続したが、視機能に著変はみられず、12月8日の時点で、右眼の裸眼視力が0.6、矯正視力が1.2、左眼の裸眼視力が0.08p、矯正視力が0.08であり、平成29年2月28日の時点で、右眼の裸眼視力が0.1、矯正視力が1.0、右眼の残存視野機能率(VFI)が77%、左眼の裸眼視力が0.06.矯正視力が0.08、左眼の残存視野機能率が9%であった。なお、本件手術前(平成22年12月22日時点)の◇の矯正視力は、右が1.5、左が1.2であった。

そこで、◇は、△らに対し、頸椎症性脊髄症に対する椎弓形成術を受けた後に視力及び視野機能が低下したのは、手術の担当医である△医師及び△医師(以下両名あわせて「△医師ら」という。)が本件手術の実施に当たって視神経等への血流低下(虚血)を予防する措置を講じなかったからであり、△医師らには同予防措置を講じなかった過失があるとして、△医師らに対して不法行為(民法709条)に基づき、Wを承継した△に対して債務不履行(民法415条)又は使用者責任(民法715条1項)に基づき、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
1億2141万4832円
(内訳:入通院費等417万6941円+入通院慰謝料225万8000円+休業損害1174万9946円+後遺症逸失利益7889万2233円+後遺障害慰謝料830万円+著しく不誠実な術後対応に対する特別慰謝料500万円+弁護士報酬1103万7712円)

(裁判所の認容額)

認容額:
1億0128万0343円
(内訳:Uリハビリテーション病院の入院費19万円+入院雑費12万9000円+通院医療費12万0670円+通院等交通費14万0590円+眼鏡関連費3万2594円+入通院慰謝料200万円+休業損害600万円+後遺症逸失利益7536万7489円+後遺障害慰謝料830万円+弁護士報酬900万円)

(裁判所の判断)

医師に術後合併症予防義務違反があったか否か

本件手術を実施するに当たって、△医師らが、視機能障害の発症を予防するため、術後合併症予防措置((1)医療用の保護ヘルメットやゴーグル、マスク、スポンジなどを使用して眼部を保護する、(2)頭位を胸部(心臓)等と平行に保ち、特に低い位置にしない、(3)馬蹄形頭部支持器を頭部を直接支える支持器として使用しない、(4)頭部3点固定器等を利用して頭部を固定する、(5)眼部の術中管理を行う)を講じる義務を負っていたことは当事者間に争いがないところ、△らは、本件手術を実施するに当たって△医師らは術後合併症予防措置を講じていたと主張しました。

しかし、裁判所は、△医師らが◇の顔面に本件マスクを装着させて◇の顔面ないし眼球を保護していたこと及び本件手術中に手鏡を使用するなどして◇の眼部の状態を確認していたことを裏付ける証拠は全くないと指摘しました。

また、V病院の医師が作成した診療情報提供書には「馬蹄型の枕で前頭部を支えておられたようです」「術直後は同部位のうっ血があり、結膜充血もみられたとの事です」と記載されていることからすれば、△医師らは、◇の顔面に本件マスクを装着することなく、◇の頭部を馬蹄形の枕で直接支えていたと推認されると判示しました。

裁判所は、さらに、◇の視力及び視野機能の低下は本件手術によって視神経等への血流が低下したことによって生じたと認められるところ、この事実からも△医師らによる術後合併症予防措置が不十分であったことを推認することができるとしました。

裁判所は、以上によれば、△医師らは術後合併症予防措置を十分講じていなかったと認められ、この認定を覆す証拠はないとしました。

裁判所は、したがって、△医師らには、術後合併症予防措置を十分講じていなかった注意義務違反があったと認められるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後控訴されましたが和解が成立し、判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年11月 8日
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