今回は、手術のリスクへの対応に関する医師の過失(注意義務違反)が認められた裁判例を2件ご紹介します。
No.514の事案では、裁判所は、手術において、最低限どのような血圧目標値を設定すれば、患者の脳梗塞の拡大、悪化を防ぐことができたかについてはこれを具体的に確定することのできる資料はないと指摘しながらも、医師らは、本件手術を実施するに先立ち、術前の血圧状態の評価及び血圧目標値の設定に当たり、もやもや病の性質や患者の臨床所見上の個別事情を検討し、患者にとって過度に低下した血圧状態にならないよう配慮すべき注意義務があったのであり、そのような注意義務を履行したといえるか否かが法的な争点であって、本件手術において最低限どのような血圧状態を維持すれば脳梗塞の拡大、悪化を回避することができたか否かを確定することができなければ、注意義務違反を認定することができないものではないと判示しました。
また、裁判所は、医師らが本件手術を実施するに先立ち、患者の術前の血圧状態を適切に評価し、それを踏まえて設定された適切な血圧目標値に沿って血圧管理を行った場合、患者の脳梗塞の拡大を防止することはできたと認めるのが相当であるとして、医師らによる本件手術中の血圧管理上の注意義務違反と、本件手術後に生じた患者の後遺障害との間には、相当因果関係を認めるのが相当であると判断しました。
No.515の事案では、被告(医師)側は、手術後に生じた原告である患者の視力及び視野機能の低下は、視神経や網膜への虚血によって生じたものではなく、特発性視神経炎によって生じたものであるとの主張をしました。しかし、裁判所は、(1)本件手術は腹臥位での椎弓形成術であり、術後合併症として視機能障害を発症する可能性があること、(2)原告は本件手術直後から目が見えない旨訴え、顔のむくみ、眼部の腫れ、結膜充血が見られたこと、(3)被告の一人である執刀医は、転院先宛ての診療情報提供書に、何らかの原因による虚血性神経炎、網膜動脈の閉塞を疑っていると記載したこと、(4)転院先における眼底検査や頭部MRI/MRIで網膜血管や眼動脈のトラブル及び脳器質疾患が否定され、転院先の医師は虚血性眼窩コンパートメント症候群と診断したこと、(5)被告病院における酸素量の増加、転院先におけるステロイドパルス療法及び高気圧酸素療法といった虚血に対する処置により、一定の視力改善が得られたことが認められ、これらの事実を総合すれば、原告の視力及び視野機能の低下は本件手術によって生じ、虚血性によるものであることが推認されると判示しました。
そして、裁判所は、複数の鑑定人が全員一致で原告の視力及び視野機能の低下は、本件手術によって眼窩内圧が上昇し、視神経等への血流が低下したことによって生じた旨の意見を述べたことを指摘し、以上によれば、原告の視力及び視野機能の低下は、本件手術によって眼窩内圧が上昇し、視神経等への血流が低下したことによって生じたと認めることができると判断して、医師側の主張を採用しませんでした。
両事案とも実務の参考になるかと存じます。