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No.513「手術後、再挿管時の気管チューブが食道に入った患者が挿管遷延性意識障害に陥り、その後死亡。医師らに再挿管後の確認義務違反を認め、遷延性意識障害に陥らなかった相当程度の可能性を侵害された慰謝料の支払を命じた高裁判決」

東京高等裁判所令和4年3月22日判決 判例時報2568号48頁

(争点)

  1. 医師に過失(再挿管後の確認義務)があったか否か
  2. 過失と本件遷延性意識障害との間の相当因果関係の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

平成22年11月30日、A(手術当時34歳の女性・会社勤務)は、一般財団法人であるZの開設する病院(以下「△病院」という。)の形成外科を初診し、同日以降、同病院の形成外科及び耳鼻咽喉科を受診し、左不完全口唇裂、外鼻変形との診断のもと、両科の合同により、鼻中隔矯正術、下鼻甲介粘膜切除術及び外鼻形成術の実施が計画された。

Aは、平成23年2月18日(以下、時間については特段の断りのない限り同日のこととする。)、△病院に入院し、P医師(麻酔科専門研修医)及びP医師が実施した全身麻酔下で、手術を受けた。

Aは、同日午後2時4分頃、手術室に入室し、午後2時52分頃から午後3時35分頃耳鼻咽喉科医による手術が実施され、終了した。午後4時1分頃から午後5時48分頃、形成外科医による手術が実施され、終了した。

午後6時7分頃、P医師は、P医師とともに、Aが、痛み刺激なく開眼し、呼び掛けに対して左手で握り返す動作が可能であること、開口が可能であること、舌を出すことができること、嚥下反射及び咳反射があること、自発呼吸があり、深呼吸が可能であることを確認した。また、午後6時6分頃から7分頃までの間、SpOは100%で一定しており、EtCOはおおむね35ないし37mmHgの範囲であって、その他、異常な血圧や心拍数等は認められなかった。この際、筋弛緩モニターの使用はされなかった。

医師は、同時刻頃、気管チューブを抜管した。Aは、午後6時11分頃に手術室を出た。

午後6時15分頃、Aは回復室に到着し、生体情報モニターが装着され、血圧、脈拍、心電図、SpOなどの計測が開始された。

午後6時16分頃、酸素投与が開始され、SpOは100%であった。P医師が、Aに痛みがあるか確認したところ、Aは首を横に振る動作をした。

午後6時17分頃、SpOが90%台前半に低下したため、P医師と看護師が、Aに深呼吸を促すとともに、肩を叩くなどの刺激を与えながら声掛けをしたが、Aの反応はなかった。

午後6時18分頃、P医師が用手的に下顎を挙上して気道確保を行った上で、アンブ蘇生バッグによる手動換気を試みたが、Aには、本件手術により鼻に綿球が詰められていたことから、アンブ蘇生バッグを押し当てることが困難であり、十分な換気は得られなかった。

午後6時19分頃、回復室前の廊下にいたP医師(麻酔科医・麻酔科部長)が加わった。P医師は、Aにアンブ蘇生バッグによる手動換気を試みたが、やはり換気困難であったため、酸素化を図るために気管挿管が必要であるとの判断がされた。P医師およびP医師は、Aの口からピンク色の泡沫状分泌物が溢れ出ていたが、Aには歯を食いしばるように力が入っており、開口が困難な状態であったことから、開口が可能な状態になるよう、ロクロニウム50mgを静注した。

午後6時20分頃、Aの開口が可能な状態になったため、P医師が、気管チューブによる気管挿管を試みたが、依然として泡沫状分泌物が著明であり、視野の確保が困難であったため、P医師と交代し、P医師は、視野の確保が困難で声門の確認ができなかったことから、盲目的に本件再挿管を行い、完了させた。挿管の深さは、成人女性の標準である21cm程度とされた。

挿管後、P医師は、用手換気の際の加圧によって左右対称に胸郭が上がること、5点聴診(心窩部、両鎖骨下、両腋下)によって、心窩部で空気流入音がなく、胸部では音量は小さいが呼吸音があり、左右差がないことを確認し、これらのことから肺に空気が入っているものと判断し、さらに、P医師とその頃、回復室に駆け付けていたP医師(集中治療室専従の麻酔科医)も同様に聴診を行い、肺に空気が入っていると判断した。また、P医師、P医師及びP医師は、呼吸時に気管チューブ内に水滴があることを確認し、正しく気管挿管がされたと判断した。この際、カプノメーターの使用はされなかった。また、午後6時17分頃から低下していたSpOは、本件再挿管後も上昇することはなく、むしろ、SpOの大幅な低下を示す警告音が鳴り響いた。

その後、気管チューブの内部を伝って多量の泡沫状分泌物が逆流し、Aの顔に付着したため、気管チューブを口に固定するための粘着テープを貼付することができず、医師や看護師らが交代で気管チューブを手で押さえて固定した。

午後6時23分頃、心拍数は64回/分となり、血圧は61/47mmHgとなり、午後6時28分頃、PEA(無脈性電気活動。心停止の一種であり、心電図上は波形を認めるが、有効な心拍動がなく脈拍を触知できない状態をいう。その原因として、心室の収縮を妨げる病態、例えば循環血液量減少、低酸素血症、心タンポナーデなどの存在が考えられ、一般的な心肺蘇生と同時に、原因疾患の検索とその治療を要することが多いとされている。)となり、心臓マッサージが開始された。なお、P医師らは、本件患者がPEAとなった後も、本件再挿管により気管チューブが気管内に挿入されているものと考え、後記のとおり胃膨張が認められるまでは、気管支ファイバースコープの準備を指示することはなかった。

午後6時34分頃、PCPS(心肺の機能を補助する装置)の準備中、胃膨満が認められたため、P医師は、食道挿管を疑い、気管支ファイバースコープの準備を指示した。本件手術当時、気管支ファイバースコープは、回復室のある区画に隣接する区画にあるICUの機材室に置かれていた。その後もAのPEAの状態は継続した。

午後6時44分頃、P医師は、気管支ファイバースコープにより確認したところ、食道粘膜と思われる所見が認められたことから、食道挿管になっているものと判断し、気管チューブを抜去した。

午後6時47分頃、P医師が、エアウェイスコープによる挿管を試みるも、泡沫状分泌物が著明で、視野の確保が困難であったため、挿管できなかった。

午後6時48分頃、P医師が、声門上器具であるiーGelを挿入し、換気良好となったことを確認した。

午後6時51分頃、心拍が再開し、SpOが100%であり、午後6時55分頃心臓マッサージが再開され、午後6時57分頃、PCPSが開始された。

午後7時15分頃、瞳孔が散大し、対光反射はなかった。

午後7時24分頃、P医師が、喉頭鏡を使用して気管挿管を実施し、Aは午後7時45分頃、ICUに移動となった。

Aは、ICUに入院し、呼吸管理や栄養管理を受けていたが、平成24年12月24日頃から、乏尿、腹部緊満が出現し、膀胱内圧が上昇して、腹部コンパートメント症候群との診断を受け、昇圧剤、利尿剤、輸液管理等によって循環の改善が図られたが、同月31日未明から血圧が低下し、平成25年1月1日に心停止となり死亡した。

T大学大学院法医学教室のN医師は、「死亡の原因」の欄に、「(ア)直接死因 脳死に伴う多臓器不全」「(イ)(ア)の原因 食道挿管による低酸素脳症」と記載し、「死亡の種類」の欄の「6 窒息」に丸印を付し、「外因死の追加事項」の欄に「傷害が発生したとき 平成23年2月18日午後6時20分頃」「傷害が発生したところの種別 病院」、「手段及び状況 気道内挿管のつもりが食道挿管となったと思われる。」と記載した死体検案書を作成した。

そこで、Aの父母である◇らは、Aが死亡したのは、△病院の医師らに(1)Aから麻酔薬等の影響がなくなっているかどうかを十分に確認すべき義務があったのに、これを怠り、Aの覚醒が不十分であったのにAから気管チューブの抜管(本件抜管)をした過失、(2)本件抜管後にAが呼吸抑制の状態になったことに対し、その原因を究明し、原因に応じた処置をすべき義務があったのに、本件患者の呼吸抑制の原因を究明することなく、原因に応じた処置であると考えられる用手的な気道確保及び口腔内分泌物の吸引もせず、合理的な理由なく呼吸抑制作用のある筋弛緩薬であるロクロニウムを投与した過失、(3)その後、呼吸維持のために視野を確保できないまま気管挿管が試みられたところ、本件再挿管時に正しく気管挿管がされているかどうかを十分に確認すべき義務があったのに、これを怠り、気管チューブが食道に入った食道挿管の状態となっているのに気管挿管がされていると判断した過失があり、これらの過失の結果、Aが遷延性意識障害に陥ったとしてその当時に△病院を開設していたZから本件に関する債務引き受けをした△(学校法人)に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求をした。

原審(東京地方裁判所令和元年5月23日判決)は、医師らには過失が認められないとして◇らの請求を棄却した。これを不服として、◇らは控訴し、控訴審において、(4)本件再挿管は盲目的にされたものであるところ、本件医師らには本件再挿管後に患者の血中酸素飽和度(SpO)が上昇しなかったことから気管チューブがAの食道に挿入されていること(食道挿管)を疑い、この挿管が正しくされているかどうかを直ちに確認すべき義務があったのに、これを怠り、気管挿管がされていることを前提とした措置を継続した過失があり、この過失の結果、Aは本件遷延性意識障害に陥った旨の主張を追加するとともに、予備的請求として、仮に上記(4)の過失とAの遷延性意識障害の間に相当因果関係の存在が認められないとしても、上記(4)の過失がなければAに遷延性意識障害が残らなかった相当程度の可能性があったのに、Aはこの可能性を侵害されたとしてこれによる慰謝料の支払いを求める訴えを追加した。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
1億1575万9824円(主位的請求および予備的請求)
(原審内訳:後遺症等慰謝料4120万円+成年後見人報酬40万円+逸失利益5763万6204円+遺族固有の慰謝料2名合計600万+弁護士費用2名合計1052万3620円)
(控訴審での主位的請求の内訳:原審内訳と同じ
控訴審での予備的請求の内訳:慰謝料1億1575万9824円)

(裁判所の認容額)

認容額:
600万円
(内訳:本件遷延性意識障害に至らなかった相当程度の可能性を侵害されたことに対する慰謝料600万円)

(裁判所の判断)

1 医師に過失(再挿管後の確認義務)があったか否か

この点について、控訴審裁判所は、本件再挿管後の確認義務の内容及び本件医師らの過失について以下のように述べました。

気管挿管ができており、SpOが上昇しないのは陰圧性肺水腫によるものであるとの本件再挿管時及びその直後における医師らの判断は、いずれも必ずしも確実性の高い多数の所見に基づく確定的なものであったとまではいえず、その時点で可能かつ相当な方法による確認の結果に基づく暫定的なものとみるのが相当である上、一般的に急変時の気管チューブの挿入が必ずしも気管への挿管として完全かつ固定的なものとはならず、挿管後の体動や体位変換等により滑脱するなどして食道挿管になる可能性が一定程度ある中で、盲目的に行われた本件再挿管につき、その可能性をP医師らは認識し、又は認識することができたものといえ、他方で、抜管後に陰圧性肺水腫を発症する可能性はかなり低いこと等に照らすと、P医師らは本件再挿管時及びその直後の上記の暫定的な判断を踏まえつつ、その後も、当該挿管が食道挿管となっている可能性を常に想定して念頭に置きながら、本件患者の状態を継続的に観察し、各時点における本件患者の状態及びその変化に応じて、気管チューブの挿入状態の確認をするための措置を適時に講ずべき注意義務があったものというべきであると判示しました。

そして、本件再挿管による酸素化の効果の有無を見極めるために一定の時間を要するとしても、本件患者の心拍数が64回/分、血圧が61/47mmHgとなって循環虚脱の状態(ショック状態)に陥った午後6時23分頃から、遅くともPEA(無脈性電気活動)となった午後6時28分頃までの間には、Aの状態が急速に悪化したものといえるから、P医師らにおいて、この間の時点で気管チューブの挿入状態を確認するために必要な措置を講ずべき注意義務があったものと解するのが相当であるとしました。

しかるところ、P医師らは、Aが、午後6時23分頃に循環虚脱に陥り、更に午後6時28分頃にPEAとなった後も、午後6時34分頃に胃膨脹を認めるまでの間、気管チューブが気管内に挿入されているかどうかの確認をするために必要な措置を講じなかったものであり、この点についてこのような注意義務に違反した過失があったものと認めるのが相当であると判断しました。

2 過失と本件遷延性意識障害との間の相当因果関係の有無

この点について、控訴審裁判所は、次のとおり述べて、因果関係を否定しました。

医学的知見を総合すると、脳は虚血や低酸素状態に対して最も脆弱な臓器であって、一般に、心停止が5分間程度以上継続した場合には、脳が不可逆的な損傷を受ける可能性は相当に高いものと認めるのが相当であり、低酸素状態や心停止が10分間以上継続した場合においても予後が良好であった事例は一定数見られるものの、例外として少数の事例にとどめるものといえる。しかるところ、Aについて、循環虚脱に陥った午後6時23分頃に気管支ファイバースコープの準備を指示したとしても、AがPEAとなってから換気が確保されるまでに約9分間が経過するものと考えられ、PEAすなわち心停止の状態は5分間を超えてその2倍に近い時間にわたって継続することとなる。

そうすると、P医師らにおいて、Aが循環虚脱に陥った午後6時23分頃に直ちに食道挿管を疑い、挿管の状態を確認するために気管支ファイバースコープの準備を指示したとしても、これによって、本件遷延性意識障害を残さなかった高度の蓋然性があったと認めることは困難であり、P医師らによる本件再挿管後の確認義務違反とAの本件遷延性意識障害の発症との間の相当因果関係の存在が証明されているとは認められないといわざるを得ない。

以上から、控訴審裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年10月10日
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