医療判決紹介:最新記事

No.512「約107時間の気管挿管の後に、医師が挿管チューブを抜管し、患者が喉頭浮腫による上気道閉塞・心停止から低酸素脳症となり、重篤な後遺障害が残存。医師に気道緊急に備えて準備すべき義務違反を認めた高裁判決」

大阪高等裁判所平成28年11月11日判決 ウエストロー・ジャパン

(争点)

医師に善管注意義務があったか否か

*以下、原告(被控訴人・附帯控訴人)を◇、被告(控訴人)を△と表記する。

(事案)

◇(昭和48年生まれ、本件事故当時34歳の女性。パート労働をしながら家事も行い、事故当時7歳と12歳の息子の養育を行っていた)は、アセトアミノフェンの大量服薬疑いによる急性薬物中毒との診断で、K病院から県であるA(第一審第一事件被告)が設置し、△が地方自治法244条の2第3項所定の指定管理者として管理運営する病院(以下、「△病院」という。高度救命救急センターの指定を受けていた)に緊急搬送された。

△病院の医師は、平成20年3月21日23時22分頃、気管挿管の前処置としてムコフィリン液を注入し、その後挿管をして呼吸管理を開始し、同月22日午前零時55分、◇をICUに入室させた。

◇は、同月25日に、HCUに移された。

同月26日の遅くとも6時30分には◇の意識が戻り、膝立てや上肢の挙上が可能となり、腹部の圧痛がなくなった旨伝えるなど、問いかけに対しうなずきで意思疎通が可能となった。

同日9時40分には、◇は、問いかけにうなずきで応答し、呼吸の苦しさや腹痛がないことを伝えた。その後、◇は全身の清拭や着替え、陰部洗浄等の処置を受けた。

同日10時30分、F医師(救急部副部長)と看護師2名が立ち会って◇の抜管が行われた。

すると、狭窄音が強く、SpOが80%台に低下した。F医師は、バッグマスク換気を施行してもSpOが低値(85%前後)を持続したため、10時33分、再挿管を決定した。しかし、同日10時35分に再挿管が奏功せず、10時37分頃に、2度目の再挿管を試みたが不奏功となった。

F医師は、CPR(心肺蘇生法)実施のために医師の応援を要請した。SpOは70%台後半に低下し、心拍数も減少した。

◇は、10時40分、徐脈(HR32回/分)の状態になった。◇は、10時41分、モニター上心停止となり、他方H医師(産婦人科医だが、△病院では救急医として勤務。)、I救急専攻医、J研修医が到着し、F医師は、この3名の応援医師とともに心肺蘇生を開始した。なお、J研修医及びI医師が胸骨圧迫を行った。F医師は、この頃、輪状甲状膜アプローチ(輪状甲状膜穿刺、輪状甲状膜切開)が必要と判断し、HCUにはこれに必要な機材(以下「本件必要機材」という。)が備え付けられていなかったことから、3階ICUの器材庫にある本件必要機材を手配した。

K医師(救急医師・副センター長)は、10時40分頃、D医師は10時41分頃、それぞれHCU入院中の患者が急変した旨の連絡を受け、両名は10時43分頃、ほぼ同時にHCUに到着し、パルスチェックをした。

K医師は、10時49分、局部麻酔を行った。D医師は、本件必要機材が到着した10時52分に、輪状甲状靱帯切開を行い、気切チューブ7.0Frを挿入して気道を確保した(所要時間は1分以内)。

◇の自己心拍は、10時56分、再開した。しかし、低酸素脳症による上・下肢及び体幹の機能全廃並びに遷延性意識障害という極めて重篤な後遺障害が残存した。

そこで、◇は、△病院の医師が行った挿管チューブの抜管によって生じた喉頭浮腫による上気道閉塞と心停止によって低酸素脳症となり、上下肢及び体幹の機能全廃の後遺障害が残存したとして、A及び△に対し債務不履行責任に基づく損害賠償請求をした。

第一審(神戸地裁平成28年3月29日)は、◇の△に対する請求を1億2131万9847円の限度で認容し、Aに対する請求を棄却した。これを不服として、△が控訴し、◇が金額の増額を求めて附帯控訴した。

(損害賠償請求)

患者側請求額:
1億9689万3481円
(内訳:治療費・文書料89万3689円+入院雑費1036万1409円+付添看護費4144万5639円+見舞い・付添いの親族の交通費444万1721円+入院慰謝料300万円+休業損害176万9075円+後遺障害逸失利益5530万7869円+後遺障害慰謝料3500万円+その他(後見開始申立て費用等)2万2140円+弁護士費用1522万円+確定遅延損害金2943万1939円)

(裁判所の認容額)

第一審の認容額:
1億2131万9847円
(内訳:治療費・文書料89万3689円+入院雑費896万4871円+付添看護費1024万5562円+見舞い・付添の親族の交通費140万6264円+入院慰謝料75万円+休業損害及び逸失利益5600万7321円+後遺障害慰謝料3200万円+その他(後見開始申立て費用等)2万2140円+弁護士費用1103万円)
控訴審認容額:
1億2420万6058円
(内訳:治療費・文書料89万3689円+入院雑費1012万5136円+付添看護費1157万1579円+見舞い・付添の親族の交通費万154万6193円+入院慰謝料75万円+休業損害及び逸失利益5600万7321円+後遺障害慰謝料3200万円+その他(後見開始申立て費用等)2万2140円+弁護士費用1129万円)

(控訴審裁判所の判断)

医師に善管注意義務があったか否か

控訴審裁判所は、まず、喉頭浮腫によって高度の、あるいは完全な気管閉塞が生じた場合には、速やかな気道確保をしなければ低酸素血症や心停止に進展し、患者の生命維持に直結する緊急事態が発生するのであるから、いかに発症頻度が少ないとしても、その発症の可能性がある場合には、抜管を担当する医師において、換気や再挿管が不能となった場合の対処、すなわち外科的な気道確保(輪状甲状膜切開)に備えておくことは必要かつ不可欠なことというべきであると判示しました。そして、◇は、抜管に際して本件のような気道緊急が発生することの頻度が少ないことを理由に、予見可能性がない旨を主張するが、長時間の気管挿管の後の抜管に際しては、少なくない確率で喉頭浮腫が発症することは一般的な知見であり、その中には高度の気管閉塞に至った例が含まれていることは容易に推測できる上、何よりも気道緊急が致死的なものであることからすれば、発症頻度が少ないことを理由に医師の予見可能性を否定することはできないと判示しました。

そうすると、本件のように長時間の気管挿管の後に抜管をするに当たっては、少なくとも、気道緊急に備え、抜管前に本件必要機材を即座に使用できるように準備しておく義務があったというべきであり、これは容易にできたはずであると判示しました。更に△病院のように高度救命救急センターに指定され、輪状甲状膜切開に精通した医師が在籍している病院では、抜管を担当する医師が外科的な気道確保に精通していないような場合には、輪状甲状膜切開を施術し得る医師を確保できる時間帯に抜管をする治療計画を立てる義務があったと判断しました。

これに対し、△は、(1)気管挿管中の患者の意識が戻り、自発呼吸が安定し、挿管を継続する必要性がない場合には直ちに抜管するのが原則であること、(2)抜管後の換気不全への対応策としては、バッグバルブマスクによる補助呼吸及び再挿管のための準備が標準的な対応である(ある程度の喉頭浮腫の発症が予想されるとしても、抜管後に、再挿管ができないほど急激かつ完全な気道閉塞に至ることは通常想定しておらず、一般的には再挿管ができる体制を整えておけば足りる)こと、(3)抜管に際し、急激な気道閉塞発症の危険や再挿管の不奏功に備えて輸状甲状膜切開に精通した医師を常駐させることは標準的な医療水準を超えるものであることを指摘し、△病院の医師には、善管注意義務違反があったとはいえないと主張した。

(1)について、控訴審裁判所は、△提出の鑑定意見書には、△の主張を裏付ける記載は存在せず、このほか、本件においては、この点に関する医学的な知見は見当たらないとしました。

そして、◇は、平成20年3月26日、遅くとも9時40分までには意識が戻り自発呼吸が安定した状態となったにもかかわらず、F医師は、その時点で直ちに抜管することはせず、◇の抜管に際し、時間帯に配慮し、看護師2名を配置するなどの準備を整えてから行っているのであり、△の主張は、△病院における実際の対応とも異なるものであるとしました。

(2)について、控訴審裁判所は、気管挿管が36時間を超えた場合の喉頭浮腫の発症率は、そうでない場合の8倍に達し、喉頭浮腫が発症すると、気道狭窄や完全気道閉塞に至る場合もあること、再挿管が奏功せず、低酸素状態が続いた場合は、輸状甲状膜切開の絶対的適応となることは、原判決の認定判断のとおりであると判示しました。そして本件において、◇は、36時間を優に超える約107時間もの長時間にわたって気管挿管をした状態にあったこと、他方、F医師は、抜管前にカフリークテスト等を施行するなどして気道閉塞発症の危険がないと判定していたわけではなかったことを考慮すると、F医師には、◇の抜管に際し、気道閉塞発症の危険や再挿管の不奏功に備えて、輪状甲状膜切開を施術するための準備(本件必要機材の準備や施術についての時間的配慮)を整えておくべき義務があったというべきであるとしました。

(3)について、控訴審裁判所は、本件のように、抜管後、急激な気道閉塞にまで至り、再挿管が奏功せず、低酸素状態が続いた場合、外科的気道確保(輸状甲状膜切開を含む。)の適応となることは、標準的な医療水準に沿ったものであり、鑑定の結果によっても裏付けられるものであると判示しました。そして、このような事態に備えるために、担当医師には、抜管前に必要機材を準備し、万が一の場合に輪状甲状膜切開を施術し得る医師が速やかに駆けつけることができるような時間帯に抜管をするように治療計画を立てるなどして不測の事態に備えておくべきことを義務として課したとしても、これは、不可能な対応を求めるものとはいえないと判示しました。

こうして、控訴審裁判所は、△の主張を採用せず、△は、債務不履行に基づき、◇に生じた本件損害を賠償する責任を負うと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年10月10日
ページの先頭へ