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No.511「吸引分娩から約12時間後に新生児が死亡。助産師が医師に顔面チアノーゼ等の適切な報告を怠ったとして、病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地裁令和5年1月24日判決 医療判例解説106号(2023年10月号)81頁

(争点)

11月21日午前0時25分頃の時点で、助産師が医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったか

*以下、原告を◇及び◇、被告を△と表記する。

(事案)

は、不妊治療を経て平成29年(以下、すべて同年であり、年の記載は省略する)4月20日、△医療法人が開設する△クリニックにおいて妊娠の診断を受け(9週4日、初産婦、出産予定日11月19日)、その後、△クリニックを継続受診した。外来診察は、いずれも△クリニックのⅮ副院長が担当した。

5月8日のカウンセリングの際に、◇は無痛分娩を希望し、9月27日の受診時において、無痛分娩の方法によることが決定された。

は、11月19日(妊娠40週0日)午後0時10分頃、陣痛を訴えて△クリニックを受診し、同日、△クリニックに入院した。

11月20日午前8時50分頃、△医療法人の代表者でクリニックの院長であったA医師は、◇に無痛分娩を開始するとの方針を決め、同日午前9時30分頃から、アトニン(陣痛促進剤)の点滴を開始した。

同日午後0時34分頃、A医師は、無痛分娩目的で、◇に硬膜外カテーテルを留置した。

同日午後7時45分頃、A医師は内診をし、子宮収縮時に児頭が下がって来ないため、このままでは産瘤だけが大きくなり分娩は進行しないと予測し、産瘤がさらに大きくなると吸引カップのかかりが悪くなり、経膣分娩が不可能となると予想した。また、A医師は、胎児機能不全の傾向があり、◇について微弱陣痛及び腹圧不全の状態にあると考え、吸引分娩を行うことを決定した。

A医師は、11月20日午後7時50分頃から吸引分娩(以下「本件吸引分娩」という。ソフトカップで1回吸引したが、カップのかかりがよくなかったため、ハードカップで5回の吸引を行い、併せてクリステレル圧出法を4回行った。)を実施し、◇は、同日午後8時2分、男児T(体重3212g、身長49.0cm、頭囲32.0cm)を娩出した。

出生時、右頭頂部に産瘤を認めたが、外傷、頭血腫はいずれもなかった。アプガースコアは9点(1分)/9点(5分)であった。10分後に全身色が良好となり、10点となった。

同日午後10時2分頃、Tの体温は37.3度、呼吸数は62回/分、心拍数は150回であり、四肢末端にチアノーゼ及び冷感が認められた。血糖値は82mg/dLで正常であった。

11月21日午前0時20分頃、B助産師は、Tに顔面チアノーゼがあり、全身色不良で、筋緊張は弱く、うなり呼吸があることを認めた。刺激にて呼吸促すも、全身色は改善しなかった。

同日午前0時25分頃、TのSpOは99~100%で、呼吸数は47、心拍数は161であった。その頃、B助産師は、A医師に対し、上記SpO、呼吸数、心拍数のほか、呼吸状態が多呼吸気味で努力呼吸様で元気がない旨を電話で報告したが、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸があることは、報告しなかった。

A医師は、Tに出生後の新生児一過性多呼吸の疑いがあると判断し、B助産師に対し、SpOモニターの続行、保育器収容による経過観察及び必要なら酸素投与を行うように指示し、自身でTを診察することはなかった。

同日午前0時30分頃、B助産師は、Tを保育器に収容し、以後、次のとおり、経過観察を行った。同時刻頃、Tの中心性チアノーゼは改善し、四肢冷感、チアノーゼ、口唇周りのチアノーゼは持続した。心雑音はなく、体温は36.5度であった。

同日午前0時40分頃、TのSpOは99~100%で、たまに90%台前半に低下するも自然に回復した。四肢冷感は持続し、筋緊張は弱かった。体温は36.2度、呼吸数は41、心拍数は143であった。

同日午前0時50分頃、Tのうなり呼吸は消失し、中心部の赤みが軽度あり、筋緊張は改善した。

同日午前1時15分頃、Tに時々うなり様呼吸があり、浅在性呼吸で、呼吸数が61であった。四肢冷感は消失し、全身色はやや貧血様、蒼白気味も、中心赤み軽度あり、SpO2が100%、筋緊張は変わらず、体温が36.2度であった。

11月21日午前2時10分頃、B助産師は、Tの全身蒼白が著明で、呼吸が弱く、SpO2が80~70%台に下降しているのを認めた。徐脈があり、筋緊張はなく、体温は36.7度であった。

同日午前2時15分頃、B助産師は、Tにマスク&バッグによる酸素投与を開始し、A医師に報告し、A医師が来院した。

同日午前2時30分頃、TのSpO2は96%、全身色不良で、筋緊張はなく、対光反射は弱く、右頭頂部に腫脹波動がみられ、血腫様であった。

A医師は、Tの状態が悪いため、新生児搬送を行うこととし、W病院に新生児搬送を依頼したが、受け入れを拒否され、新生児診療相互援助システム(NMCS)により、V医療センターに新生児搬送を依頼した。

同日午前3時20分頃、V医療センターの応援医師である小児科医が△クリニックに到着し、同日午前3時25分頃、気管内挿管が行われた。

同日午前3時40分頃、Tは、保育器に収容され、Tの父親である◇2付添いのもと、搬送先と決まったU病院へ向けて出発し、午前4時頃、TはNICU(新生児集中治療室)のあるU病院に到着した。

U病院において、Tは、帽状腱膜下血腫、低拍出性ショック、高カリウム血症(電解質異常)と診断され、同日午前7時56分、死亡した。

そこで、◇らは、△に対し、B助産師は、出生後管理中のTに顔面チアノーゼ等が出ていることを医師に報告すべきであったのにこれを怠ったために、Tは吸引分娩による帽状腱膜下血腫からの出血性ショックにより死亡したと等主張して、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
5317万4136円
(内訳:治療費4240円+入院雑費1500円+損害賠償請求関係費用7580円、葬儀関係費用150万円+逸失利益2082万6805円+死亡慰謝料2000万円+両親固有の慰謝料2名合計600万円+弁護士費用483万4012円。相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
5094万0124円
(内訳:治療費4240円+入院雑費1500円+損害賠償請求関係費用7580円、葬儀関係費用150万円+逸失利益2082万6805円+死亡慰謝料2000万円+両親固有の慰謝料2名合計400万円+弁護士費用460万円。相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

11月21日午前0時25分頃の時点で、助産師が医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったか

この点につき、裁判所は、11月21日午前0時20分頃の時点で、Tに、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸が認められる状態であったところ、鑑定の結果によれば、上記の状態は、NICUがない施設における新生児搬送の適応であり、助産師がこれを医師に報告しなかったことは不適切であった、すなわち、吸引分娩により出生した児は、一定時間十分な監視下に置き、帽状腱膜下血腫の有無などを注意深く観察することが必要であり、Tは、滑脱1回を含む合計6回の吸引分娩により出生し、頭血腫があったことから帽状腱膜下血腫の有無の確認が必要であるところ、同日午前0時20分頃の時点のTの状態は、同月20日午後10時2分頃の時点で認められた状態(四肢末端チアノーゼ及び四肢末端冷感)よりも症状が悪化していることから、助産師は、午前0時20分頃に認められた顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸について、医師に報告すべきであったとされていると指摘しました。

裁判所は、したがって、11月21日午前0時25分頃の時点で、B助産師は、A医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったのに、報告をしなかったと判断しました。

そして、裁判所は、補充鑑定を含む鑑定の結果によれば、11月21日午前0時25分の時点で、Tは、出血性ショック及びDICの前段階であり、この時点でA医師が、B助産師から、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸の報告を受ければ、Tを診察して、帽状腱膜下血腫を疑い、TをNICUのある高次施設へ搬送し、搬送先施設で高度な救命処置及び治療を受けることにより、Tを救命できた可能性が十分にあり得るとされていること等から、上記時点での報告があれば、Tが死亡しなかった高度の蓋然性があるというべきであるとして、報告しなかったこととTの死亡との間の因果関係を認めました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年9月10日
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