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No.509「腰椎椎間板損傷の治療のため3度の手術をした患者が下半身不随に。医師に2度目、3度目の神経剥離術における過失や説明義務違反等が認められた地裁判決」

東京地方裁判所平成6年12月21日 判例タイムズ895号222頁

(争点)

  1. 第2回手術及び第3回手術における医師の過失の有無
  2. 説明義務違反の有無

*以下、原告を◇、被告を△および△と表記する。

(事案)

昭和57年10月21日、◇(当時34歳の男性・クリーニング店勤務)は、勤務先のクリーニング店で作業中、腰部に激痛を感じたため、財団法人である△の開設する病院(以下、「△病院」という。)整形外科を受診し、腰椎椎間板損傷と診断され、同月26日、△病院に入院した。

その際、◇と△の間で、◇の上記病状の原因を的確に診断し、その症状等に応じた適切な治療を行うことを内容とする診療契約が締結された。

◇は、入院後牽引療法などを受けたが痛みが引かないため、造影剤注入によるX線写真撮影(ミエログラフィー)をしてもらった上、△病院の院長である△医師の執刀、S医師を助手として、第1回手術が行われた。この手術は、第4、5腰椎椎間板の右側の神経根の圧迫を除去することを目的として、術式ファセトラミネクトミー(骨形成的椎弓切除術)によって行われた。第1回手術では第5椎弓がいったん切除され、還納された。

第1回手術終了後、◇はしびれ感を訴え続けていたが、症状は全体としては改善され、昭和58年2月7日に△側が◇に対し、リハビリのためT病院への転院を勧めたが、◇はこれを拒絶し、同月9日に退院した。

退院後、同年2月12日に◇は初めて通院したが、その時、両足の足趾が少ししびれていると訴えた。

3月16日の外来のカルテには「右足全体知覚鈍麻あり。手術前より昂進した。腰痛はない。右大腿から足まで張っている。腫脹あり。退院後、だんだん悪くなっているような気がする」という記載があった。

5月23日のカルテにも右下肢外側から足底しびれがあり、右足を引きずって歩く旨の記載があり、◇は歩行困難な状況になってしまった。

その結果、◇は同年8月4日検査目的で入院し、同月5日にミエログラフィーを行った。

翌6日に臨床会議が行われ、このミエログラフィーの結果、第5腰椎と第1仙椎の間で圧排していることが認められ、△医師らは、椎弓切除後、戻した骨が完全に癒合していないため、外傷性脊髄膜炎を起こしていると疑った。

同年9月2日、◇が△病院に再入院し、同月3日にまたミエログラフィーを行った。このミエログラフィーでも第5椎弓の真ん中辺りで造影剤が下に行かなくなっており馬尾の癒着が認められた。

その結果、同月30日に第2回手術が行われた。この手術は、馬尾の癒着剥離を目的として、術式神経剥離術、△医師の執刀により、S医師を助手として午前10時10分から11時40分まで行われた。その際、第5椎弓はぐらぐらしており、簡単にとれ、第1回手術で還納された後、癒合していなかったことが判明した。

第2回手術後、◇には排尿障害、排便障害が続き、11月4日、いったん排尿可能となったが、排尿時痛、残尿感は残った。11月18日のころのカルテによれば踵のしびれがとれ手術前より良くなっている旨の記載があり、いったんは症状が良くなっている。しかし、その後◇は、12月3日に床屋に行って両足がパンパンになったと訴え、昭和59年1月14日にはトイレに行って力を入れると両下肢にビリビリくると訴えるようになり、排尿時痛、排尿障害が1月中旬から増悪していった。

そこで、同年2月18日、ミエログラフィーを行った。その結果、癒着がもっとひどくなっていることが認められた。

同月25日のカルテにはリハビリの効果がない旨の記載が見られる。

同年3月30日、第3回手術が行われた。

この手術は、馬尾の癒着剥離を目的として、術式神経剥離術、△医師の執刀により、S医師を助手として、午前10時0分から午後0時10分まで行われた。神経の癒着の程度は第2回手術と比べるとかなり癒着しており、団子のようにくっつきあっていた。

看護記録に、手術直後の30日午後2時には、「左下肢運動不可能」、翌31日には「両下肢運動不能、右膝関節部極軽度屈曲出来るのみ、足趾運動全くなし」と記載され、以後◇の排尿障害、両足の運動障害は改善されず、昭和60年3月29日退院し、両下肢麻痺による下半身不随状態にある。

◇は、平成6年8月末までに労働者災害補償保険の年金として金1468万円1700円の支給を受けている。

そこで、◇は、腰椎椎間板の神経根が圧迫されているとの診断で手術を受けたところ、手術部位の神経(馬尾)に癒着が生じ、それを改善するために第二、第三の手術を受けたことにより、かえって症状を悪化させ、最終的に下半身不随になったとして、△に対して、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)を、△医師に対しては不法行為を主張し損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
1億1016万4128円
(内訳:付添看護費235万9000円+入院雑費65万6000円+通院交通費8万4000円+症状固定後の器具等購入費546万3264円+後遺症逸失利益5660万1864円+慰謝料3500万円+弁護士費用1000万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
8395万7821円
(内訳:付添看護費40万1800円+入院雑費57万4000円+通院交通費0円+症状固定後の器具等購入費206万1857円+後遺症逸失利益5660万1864円+慰謝料3000万円+弁護士費用900万円-労災給付金1468万円1700円)

(裁判所の判断)

1 第2回手術及び第3回手術における医師の過失の有無
(1)第2回手術について

この点について、裁判所は、△医師は顕微鏡あるいは拡大鏡も使用せずに手術していると指摘し、神経剥離術はかえって神経を傷めるおそれがあるので、手術用顕微鏡を使用して非常に愛護的に剥離をしなければならなかったものと認められるから、△医師は、医師として必要な注意を怠って第2回手術を行ったものというべきであると判示しました。

したがって、第2回手術の適応は否定できないものの、第2回手術後の◇の病態の悪化は、第2回手術の操作による物理的刺激が原因であり、これにつき△医師には過失があったと認定しました。

(2)第3回手術について

裁判所は、第3回手術前のミエログラムによると馬尾の癒着は第2回手術の際よりもひどくなっていたものであり、しかも病態の悪化は第2回手術がもたらしたものであったというのであると指摘しました。したがって、第3回手術に際しては、前回の神経剥離のときよりも剥離することが技術的に困難で、神経に対する物理的刺激も一層強くなるために、術後の病態悪化の危険性が高いと予測すべきであり、第3回手術における再剥離術の適応は否定されるものと認定しました。そして、第3回手術後の◇の下半身麻痺の原因は、◇に手術前からの脊髄疾患はなかったという以上、△医師の行った神経剥離術による神経の更なる損傷と認めました。

2 説明義務違反の有無

この点について、◇は、ミエログラフィーの結果を示されたこと、第二回手術前に第一回手術で切除して還納した骨が癒合していないので取り去る手術であるとの趣旨の説明を受けたこと、第三回手術前に神経が団子状になっているからそれを剥離する手術であるとの趣旨の説明を受けたことがあるが、各手術前に手術の具体的内容、安静、入院期間の見通し、悪化の可能性の説明は全くされなかったと供述しました。

他方、△医師は、第1回手術の内容について大きい手術をしましょうという説明をしたが、その危険性については、一般的に飛行機が墜落する確率と同じだというような患者を安心させるような説明しかしていない、第2、3回手術前に◇にどのような説明をしたのか覚えていないと供述しました。そして、S医師も第2、3回手術の危険性については余り言わなかったかもしれない、術後の経過位しか話さなかったように思う旨証言しました。裁判所は、これらの証拠を総合すれば、△医師および△病院の医師らの説明は、本件各手術が本件におけるような結果を生ずる危険があったことに照らすと、不十分なものであり、特に第2、3回手術の危険性、症状回復の可能性についての説明が十分されていないといわざるを得ないと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年8月 9日
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