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No.508「一度目の手術後に腸の穿孔が発生し、二度目の手術の後、複合臓器不全により患者が死亡。手技上の過誤により穿孔を発生させた医師が、この過誤に起因する症状に対する最善の治療に努める注意義務に違反したと判断した地裁判決」

東京地方裁判所 平成元年11月13日判決 判例タイムズ726号198頁

(争点)

  1. 第一次手術の手技の過誤があるか否か
  2. 第二次手術方法の選択の過誤があるか否か

*以下、原告を◇および◇、被告を△および△と表記する。

(事案)

A(死亡当時34歳の男性・2つの会社の取締役)は、昭和55年10月18日、急性腹症に罹患してF病院へ入院し、虫垂炎と診断されて虫垂の切除手術を受け、退院したが、退院1週間後に腹痛により同病院に再入院し、保存的療法を受け、腹痛等の症状の軽快後に退院した。

しかし、昭和56年4月20日ころには、Aは、この虫垂切除手術に伴い発生した炎症性腫瘤を原因とする機械的腸閉塞による右下腹部の痛み、食欲減退感及び嘔気を感じるとともに便秘状態となり、特に右下腹部の痛みの増強のため、同月23日、H医師の開設・運営するHクリニックにおいてH医師の診察を受けた。

H医師は、これに先立つ昭和53年3月16日にAを診察し、同人が△の開設・運営する病院(以下、「△病院」という。)でいわゆる人間ドックを受けた際のデータ及び当日実施した血糖値検査の結果等を根拠に肝炎及び糖尿病と診断したことがあったほか、昭和55年10月下旬にAの姉の依頼により当時F病院に入院していたAを診察し、その右下腹部のしこりと圧痛とを確認したことがあった。

H医師は、昭和56年4月23日、Aに対し、問診、触診、腹部単純レントゲン撮影、血液学検査等の検査を実施し、その結果、右下腹部のしこりと圧痛とを確認するとともにAの腸管に多量なガスの貯留を認めたため、Aの右下腹部の痛みが腸管内のガスによるものではないかとの疑いを持ち、まずガスを除去してから再度診察するとの方針を立て、ガスコン及びプリンペランを投与した。しかし、Aは、同日午後6時30分に38.5度まで発熱してH医師から抗生物質の追加投与を受けることとなったうえ、翌日になっても右下腹部の痛みが取れず、睡眠障害をきたすほどであった。H医師は、同月24日にAを再診したときに、前日の腹部単純レントゲン撮影により腸管に多量なガスの貯留が認められたこと、ガスを除去するためにガスコン及びプリンペランを投与したにもかかわらず右下腹部の痛みが軽快せず、睡眠障害をきたすほどであったこと、昭和55年10月下旬にもAの右下腹部のしこりと圧痛とを確認しており、そのときから半年経過しているにもかかわらず依然としてしこりと圧痛とが認められること、前日実施した血液学検査の結果貧血状態にあることが認められたことを根拠に、Aの右下腹部のしこりが何らかの病変によるものと判断して大腸癌の疑いを待ちつつ、急性腹症と診断し、早急に入院加療の必要があると考え、当日午後、△病院に入院させた。H医師は、その際、△病院において被用者として診療業務に従事していた△医師に対し、Aの病状及び検査データを連絡した。

医師は、同日、H医師のこの報告を参考としつつAを診察し、問診、視診及び触診により、Aの回腸横行結腸(本件結腸部分)に本件腫瘍を発見し、それがAの腸閉塞症状の原因であるものの、保存的療法によってAの腸閉塞症状を軽快させることができ、かつ、本件腫瘍が悪性腫瘍である可能性よりも虫垂摘出手術後に発生した炎症性腫瘤である可能性の方が高く、必ずしも直ちに本件腫瘍の切除手術を要するものではないものと診断したが、他方、本件腫瘍を放置する限りAの腸閉塞症状が将来再発する危険があり、もし再発すると全身状態の悪化により切除手術の機会を逸する危険性があること及び本件腫瘍が悪性腫瘤である疑いを否定できないことから、Aの腸閉塞症状の原因の除去及び再発予防並びに本件腫瘍の本件結腸部分からの切除及びその生物学的組織検査を目的とする開腹手術(第一次手術)をする必要があるものと判断し、同月27日にこれを施術することを決定した。

ところで、Aは、同月25日ないし26日の間に、症状が軽快して腹満感及び嘔気もなく、逆に食欲が沸いて食物を経口摂取し、糞便が少量あって排便・排ガスが良好となり、入浴するなど体力を回復し、同月27日には腸閉塞症状がほぼ消失した。しかし、△医師は、同日午後10時までの間、このAの病状の好転を上記施術についての判断を変えるべき事情とは考えず、むしろ全身状態の一時的な回復期こそ第一次手術を実施すべき好機であると考えて予定通りに同日午後2時ころから自ら一次手術を執刀した。

そして、△医師は、開腹後、視診及び触診によって本件腫瘍がボールマンⅥ型ステージⅥの結腸進行癌であると診断したうえ、本件結腸部分の右半分を含めてその周辺部分を切除・廓清した。また、△医師は、同日以降同年6月17日までの間、継続的に動脈注射(以下、「動注」という。)又は腹腔内注入の方法により抗癌剤であるマイトマイシンC(以下、「MMC」という。)又は5―FUを投与した。そして、Aは、同月30日、腸内のガスを排出したことから水分・流動食の経口摂取を許可され、同年5月1日に立位のままレントゲン撮影を受けるなど徐々に体力を回復し、この第一次手術が奏功したかに見受けられた。

ところが、Aは、同月2日以降、右季肋痛(疼痛)及び左側腹痛を訴え始め、体温が徐々に上昇し、脈拍も増加したなど全身状態に異変が生じ、同月5日には鼓腸が増強し、腸内ガスが充満してニボーが認められ、麻痺性腸閉塞の所見を呈するようになるなど急速に全身状態が悪化した。そこで、Aは、昭和56年5月5日午後9時ころ、△医師の執刀により再度開腹手術を受けたところ、本件結腸部分の吻合部から約5ミリメートル盲腸側の位置に直径約5ミリメートルの本件穿孔が生じていること並びに腸内容物が本件穿孔から腹腔内に漏出するのに伴い細菌が侵入した結果罹患したと推定される汎発性の急性化膿性腹膜炎(汎発性腹膜炎)及び麻痺性腸閉塞が確認されたため、同月6日午前3時ころまでの間、第一次手術の縫合部及び本件穿孔の周辺を切除したうえでこの切除部分を再吻合するための△医師の執刀による緊急手術(第二次手術)を受け、腹部両横に腸内容物・糞便排出用の合計5個所10本のドレーン(腹部ドレーン)を装着された。

そして、Aは、第二次手術後同月11日までの間、微熱を発し、吻合部付近の腹部ドレーンから昭和56年5月6日及び7日に淡黄色の滲出液が、同月8日に便臭のある滲出物がそれぞれ出たうえ、同月10日には△医師からAに排ガスがあったために流動食の経口摂取を指示されたものの食欲不振が依然として強く、しかも、同月11日以降、多量の糞便臭のある胆汁様の滲出液が出るに至るなど、再度縫合不全による腸内容物の腹腔内への流出が強く疑われる症状となり、同月12日朝から経口摂取を禁止され、同日に中心静脈栄養(以下、「IVH」という。)の輸液による栄養補給を受け始めるなど、感染症を抗生物質の投与、ドレナージ及びこの栄養補給措置によって抑制し、かつ、全身状態の改善を図ることに全力を尽くすべき容体となった。

ところが、△医師は、同月15日には氷片の経口摂取を指示し、同月16日以降、吻合部付近に置いた両側腹部ドレーンから血性膿及び腸内容物の多量の漏出が続き、かつ、腹壁切開部位である正中創の一部に感染症が及んでこれが吻開し血性膿及び緑色水様物等の流出があったにもかかわらず、同月18日から流動食の経口摂取の再開を指示し、Aをして水分及び流動食の経口摂取を継続させた。そして、Aは、同月20日、正中創が哆開した部位から強度の悪臭を伴う血性膿及び糞便等腸内容物を流出し、同日以降、咳に伴い血痰を吐くようになるとともに突然39度前後の発熱をする身体状態となり、特に同月23日から同月末までの間、ほぼ2日に一度の間隔で正午から午後2時ころまで38度2分ないし40度3分の高熱を発し続ける一方、◇1(Aの妻)に「むかむかする。」等といって不快な身体症状を訴え、同年6月9日ころからは、時々興奮状態を呈するようになり、同月13日には食物の摂取を促すために覚醒させようとしても一時的に瞼を開くだけでまもなく眠りに落ちるという状態に至り、同月15日には昏睡状態となるなど、抗生物質の投与、ドレナージ、IVHによる栄養補給及び同月18日時の低蛋白状態の新鮮凍結血漿輸血による改善・正常値の維持にもかかわらずAの全身状態は次第に悪化し、他の循環器・消化器等の機能が低下して行った。

そして、Aは、同月19日午前6時20分、重篤な感染症(第二次手術の際の吻合部付近に遷延・悪化していた限局性の急性化膿性腹膜炎)の合併を原因とする複合臓器不全によって死亡した。

そこで、◇ら(◇およびAの子である◇)は、△医師には、第一次手術時に不十分な手技によって吻合部に穿孔を生じさせた等の過失があり、それによりAが限局性腹膜炎の悪化を原因とする複合臓器不全により死亡したとして、△らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
遺族合計1億2554万4572万円
(内訳:逸失利益9654万9573円+慰謝料2000万円+弁護士費用899万5000円。遺族が複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族合計1億0953万6862円
(内訳:逸失利益8054万1863円+慰謝料2000万円+弁護士費用+899万5000円。遺族が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

1 第一次手術の手技の過誤があるか否か

この点について、裁判所は、まず、吻合部には縫合不全が認められず、本件穿孔が貧血、糖尿病、低蛋白症又は肝疾患等の全身性因子の影響を受けたため発生したものではなく、その主因が局所性のものであること、吻合部から約5ミリメートル盲腸側に離れた部位に直径約5ミリメートルの本件穿孔を合併すること自体極めて稀で同種事例の報告がいまだになされていないこと、△医師が第一次手術時に本件腫瘍を悪性腫瘍であると診断した上で回腸約30センチメートルを、結腸側については横行結腸右半まで、それぞれ切除していること、本件結腸部分付近の腸管全体としては顕著な病変がなかったことを認定しました。その上で、回腸側及び結腸側の切除断端の腸管並びに本件穿孔部の腸管が本件腫瘍による浸潤又は腸閉塞症による侵襲の影響を受けていない正常組織であるにもかかわらず、△医師の第一次手術時の何らかの手技上の過誤によりこれを損傷して本件穿孔が生じたものであると推認でき、医学的にはその主因を厳密な意味で明確に特定することが不能であり、それが原因不明の事後的な限局性循環障害である可能性を完全には否定することができないとしても、訴訟上の証明の程度までにはこの推認を裏付ける蓋然性を肯定できると判示しました。

そして、裁判所は、本件の診療の経過、殊に、△医師が第二次手術の際に本件穿孔の存在を発見してそれなりの措置を執っている事実に照らして考えると、△医師に第一次手術時の手技上の過誤が存したとはいえ、△医師が本件穿孔の存在自体を看過し、あるいはこれを認識しながら放置したわけではなく、この過誤のみで直ちに、△医師が本件請求に係る損害賠償責任を負うものということはできないとしました。しかし、△医師は、第一次手術時の手技上の過誤により本件穿孔を発生させたものであるから、以後Aに対する診療行為を行うに当たっては、自らの過誤により危険な状態を生じさせてしまったことに十分留意し、この穿孔に起因する腹膜炎の悪化を防止する措置を執るなどして慎重にその最善の治療に努める義務を負ったと判示しました。

2 第二次手術方法の選択の過誤があるか否か

この点について、裁判所は、まず、汎発性腹膜炎(急性化膿性)の影響下にある消化管の縫合不全部を再切除・再吻合した場合には再縫合不全を惹き起こす高度の蓋然性があり、再切除・再吻合せずに腸瘻を増設し、かつ、有効なドレナージをすることが最も安全であることが消化器外科の一般的知見であること及び△医師がこの知見のうち、少なくとも再縫合不全の高度の蓋然性について認識していたことが認められると判示しました。

そして、△医師は、第一次手術時の手技上の過誤により本件穿孔を発生させたものであり、以後Aに対する診療行為を行うに当たって、自らの過誤により危険な状態を生じさせてしまったことに十分留意し、本件穿孔に起因する腹膜炎の悪化を防止する措置を執るなどして慎重にその最善の治療に努める義務を負ったことは1で述べたとおりであり、△医師が医師に許された裁量権の範囲内の相当な処置として再切除・再縫合手術を選択したものということはできないとして、△医師は上記注意義務違反に基づく損害賠償責任、△は△医師の使用者としての損害賠償責任をそれぞれ免れないと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年8月 9日
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