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No.506「介護老人施設の入所者が誤嚥により死亡。施設の医師に麻痺性イレウスを疑って転院させるべき注意義務の違反を認め、死亡を避けられた相当程度の可能性を侵害したことによる慰謝料の支払いを施設経営者に命じた地裁判決」

釧路地方裁判所帯広支部 令和4年3月30日 ウェストロージャパン

(争点)

  1. Bの死亡に至る機序(イレウスにより死亡したか)
  2. イレウスを前提とする過失の有無
  3. イレウスを前提とする結果回避可能性の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

平成28年4月5日(以下、特段の断りのない限り同年のこととする)、B(昭和20年生まれの女性)は、パーキンソン症候群、糖尿病、高血圧、慢性腎臓病、左半身麻痺、認知症等を有しており、在宅介護が困難であったことから、△(介護老人保健施設や特別養護老人ホーム、訪問介護事業を経営する社会福祉法人)の経営する介護老人保健施設(以下、「△施設」という。)に入所した。

5月10日、Bは、aクリニックを受診した際、胸部X線検査により、誤嚥によるものと疑われる肺炎が確認されたことから、抗菌薬であるピスルシンの投与が開始され、抗菌薬の投与は同月17日まで続いた。

Bの排便状況は、4月17日頃以降、座薬や浣腸なしには排便のない便秘傾向であったが、5月15日以降、定期的な排便が見られるようになり、同月23日及び24日、頻回の排便を繰り返す下痢状態となり、同月25日午後0時頃には、多量の泥状便が確認された。

Bは、5月23日から同月25日にかけて、食事を拒否する状態が続いており、0割又は1割の食事しか摂取できず、点滴(ソルデム3A)が投与されていた。

5月25日午後9時20分頃、Bのベッド上枕元に少量の嘔吐痕が見られ、また、吐気があり、促すと少量の嘔吐があったため、C医師(△の被用者・施設長)による診察が開始された。

C医師は、Bを診察し、強い腹部膨満があること、触診で左下腹部に固いものがあること、打診で全体に濁音・鼓音があること、聴診で蠕動運動低下があること、腹の動きはあり、腹痛はないこと、バイタル(血圧・脈・体温・SpO2。以下同じ)に異常がないこと等を確認し、嘔吐の原因として消化管運動障害を背景とした便秘症があるとの判断をした。

C医師は、5月25日午後9時45分頃、Bとともに診察室に移動し、午後9時50分頃、プリンペラン、パントール、ビタファント、プロスモン(消化管の蠕動運動を亢進させる薬剤やビタミン剤)を点滴で投与した。

C医師は、5月26日午前0時5分頃、点滴が終了しても、反応便がなかったことから、グリセリン浣腸を施行したところ、午前0時20分頃から0時40分頃にかけて、軟便や、泥状から水様の便があり、また、午前0時40分頃の時点で、バイタルに異常はなく、この時点で、C医師は、△施設の職員に対し、指示があるまで点滴を中止すること、1時間おきに血圧と排便の有無を確認すること、血圧が低いなどの異常があればドクターコールすることを指示した。

C医師は、午前1時20分頃、Bの経過観察をした上で、帰宅した。

Bは、C医師の診察中、少なくとも5月26日午前0時40分頃までは、黄色の嘔吐を続けており、C医師の帰宅後も、継続的な嘔吐を続けた。また、排便については、5月26日午前2時頃、少量の泥状便が見られたが、その後は見られなくなった。

5月26日午前5時15分頃、Bに肩呼吸、顔面蒼白の様子が見られたため、△施設の職員は、その日の呼び出しの担当であったD看護師(△の被用者)に連絡をし、同日午前5時30分頃、D看護師が到着した。

D看護師が到着後、再びBのバイタルを測定したところ異常はなかった。また、嘔気の持続と便が一時的にとまっている様子が確認された。

その後、5月26日午前5時40分頃、BのSpO2が76%まで低下したことから、D看護師はドクターコールをしたところ、C医師は、酸素マスク装着、心電図の準備と設置、経過観察の指示をし、D看護師は、その指示に従うとともに、吐物の吸引を実施した。

その後、5月26日午前5時55分頃には、BのSpO2が92%に回復し、同日午前6時05分頃には、再度低下したが、吐物の吸引によって回復し、同日午前6時30分頃には99%となったことが確認された。

同日午前6時30分頃から同日午前6時38分頃にかけて、Bは、吐物の吸引中に嘔吐した吐物を誤嚥し、意識がなくなったため、△施設の職員によりC医師に急変依頼がなされるとともに、D看護師は胸骨圧迫を開始した。C医師は、午前6時20分頃の時点で、D看護師より連絡を受け、△施設近くにある自宅から△施設に向かう準備をしていたため、午前6時40分頃、△施設に到着した。

C医師は、到着後、気道内のサクション、気管内挿管、心臓マッサージ、点滴、ボスミンの筋肉注射といった措置を行ったが、Bは回復せず、同日午前8時38分頃、呼吸停止、脈拍停止等により、死亡が確認された。

そこで、Bの相続人である◇ら(Bの夫及び長女)は、△に対し、Bの死亡について、△に雇用された医師や看護師に過失があったと主張して不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族2名合計5463万1034円
(内訳:Bの死亡慰謝料3000万円+遺族固有の慰謝料2名合計1000万円+葬儀費用150万円+逸失利益786万6845円+弁護士費用493万6684円+損害賠償関連費用32万7506円。相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
440万円
(内訳:Bに精神的苦痛を与えたことへの慰謝料400万円+弁護士費用40万円)

(裁判所の判断)

1 Bの死亡に至る機序(イレウスにより死亡したか)

本件では、Bが嘔吐を繰り返し、吐物の誤嚥により死亡に至った点に争いはないものの、嘔吐の原因として、◇らは麻痺性イレウスがあったと主張し、△は、Bは多くの合併疾患を有するいわゆるポリファーマシーの状態であり、その病状の進行に基づく消化器機能の低下によるものであった旨主張しました。

この点につき、裁判所は、事実経過におけるBの状況(強い腹部膨満、嘔吐の継続、排便の停止、腸雑音の低下)は、麻痺性イレウスの臨床症状と合致していると判示しました。また、事実経過のとおり、Bは抗菌薬投与開始前、座薬や浣腸なしには排便のない便秘傾向であったのが、投与開始の約5日後に排便習慣が変わり、投与開始から約13日後かつ投与終了から約6日後に下痢を発症しているところ、このような排便状況の変化は、抗菌薬により偽膜性腸炎を発症したことにより生じたと考えられ、また、Bは当時71歳で、糖尿病、高血圧、慢性腎臓病等の基礎疾患を有しており、偽膜性腸炎のリスク因子を有していたことからすれば、Bは偽膜性腸炎を発症していたことが推認されるから、麻痺性イレウスの原因となる疾患についても想定可能であると判示し、そうすると、◇らの主張する機序は、Bの死亡に至る過程を合理的に説明するものであるといえると判断しました。

更に、裁判所は、◇ら及び△の主張を対比・検討すれば、◇らの主張する機序は、Bの死亡に至る事実経過を具体的に根拠づけ、合理的な説明がなされているのに対し、△の主張する機序は、そもそも抽象的である上、Bの死亡に至る事実経過を具体的・説得的に説明できているとはいえないと指摘しました。そして、他にBの死亡に至る経過を合理的に説明し得る機序が見当たらないことを踏まえると、Bは、麻痺性イレウスを発症し、その症状として嘔吐を繰り返した際に、吐物を誤嚥して死亡に至ったと認定しました。

2 イレウスを前提とする過失の有無

この点につき、裁判所は、一般に、医師は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に従った診療を行うべき注意義務を負っており、人的・物的設備の不足などにより、自ら医療水準に従った診療ができない場合は、医療水準に従った診療が可能な医療機関へ患者を転院させるべき注意義務を負うと解されると判示しました。また、△施設は、医療機関ではなく、介護老人保健施設であるが、介護老人保健施設は、医師が常駐し、多くの医療行為を行うことを予定しており、介護老人保健施設の管理医師は、幅広い知識が必要である高齢者の医学管理という極めて重要な責務が課されているのであるから、本件において、C医師は、介護老人保健施設の管理医師として、医療機関に勤務する医師と同程度の注意義務を負っており、△施設の人的・物的設備の不足などにより、自ら医療水準に従った診療ができない場合(これは、むしろ医療機関の場合よりも広く想定される事態である。)、医療水準に従った診療が可能な医療機関へ患者を転院させるべき注意義務を負っていたと認められるとしました。

その上で、裁判所は、C医師は、5月25日午後9時20分頃から同日午後9時50分頃にかけて、Bを診察したが、その際、強い腹部膨満、嘔吐の継続、排便の停止、腸雑音の低下を確認したこと、その頃、消化管の蠕動運動を亢進させる薬剤を点滴投与したが、反応便はなく、5月26日午前0時5分頃に浣腸を実施し、その結果、軟便、泥状便が排出されたこと、嘔吐についてはこの点滴投与にもかかわらず、午前0時40分頃の時点でも黄色の嘔吐が続いていたことが認められるとしました。

その上で、医学的知見を踏まえれば、まず、C医師は、5月25日午後9時50分頃までの診察の時点で、強い腹部膨満、嘔吐の継続、排便の停止、腸雑音の低下というイレウスの臨床症状に該当する症状を確認したのであるから、イレウスの可能性を念頭に置くべきであったといえるが、この時点では、高齢者であり認知症を有するBからの申告という点で慎重に評価すべきという留保が付くとはいえBから腹痛の訴えはなかったこと、バイタルは正常であったこと等の事情もあったことからすると、イレウスの可能性を念頭に置きつつも、ポリファーマシーを背景とする消化管機能の低下や障害をより疑い、これに対して消化管の蠕動運動を亢進させる薬剤を点滴投与してその様子を見るとの判断をすることが医師の裁量を逸脱する判断であったとまではいえないと判示しました。なお、C医師は、同日午後9時50分頃までの診察により、消化管運動障害を背景とした便秘症により嘔吐が引き起こされると診断しているが、Bは、同日午後0時頃には座薬や浣腸によらずに多量の泥状便を排出していること、△側協力医F医師も、便秘により嘔吐が引き起こされたという評価、判断は厳しい旨供述していることからすれば、C医師が、消化管運動障害を背景とすると判断したことはともかく、便秘症を嘔吐の原因と判断したことは相当とはいえないとしました。

しかしながら、Bに対し、消化管の蠕動運動を亢進させる薬剤の点滴投与を行うも、同薬剤に対しての反応便はなく、またこの点滴投与開始から約3時間後の5月26日午前0時40分頃の時点でも黄色の嘔吐が続いていたのであるから、5月26日午前0時40分頃の時点では、イレウスの可能性を具体的に疑うべきであったと認められるとしました。

そして、医学的知見によれば、イレウスを疑った場合、まず、鑑別及び診断のために腹部X線検査を行う必要があり、また、麻痺性イレウスと診断された場合、単なる経過観察は治療の選択肢とされておらず、胃管又はイレウス管の挿入による腸管の減圧、輸液療法、蠕動亢進薬又は蠕動抑制薬の投与等の保存的治療が必要となると指摘しました。

しかしながら、△施設では、腹部X線検査は不可能であり、保存的治療のうち、少なくとも胃管又はイレウス管の挿入も不可能であったと指摘しました。

そうすると、C医師は、5月26日午前0時40分頃にはイレウスの可能性を具体的に疑い、Bに対して、イレウスの鑑別診断の腹部X線検査を行い、検査で確定診断された後は上記の保存的治療を実施すべきであったが、△施設には腹部X線検査及び胃管又はイレウス管の挿入ができる体制が備わっていなかったのであるから、5月26日午前0時40分頃の時点で近隣の高次医療機関にBを転院させる措置を講じるべきであったと認められるとしました。

裁判所は、以上によれば、C医師は5月26日午前0時40分頃に麻痺性イレウスを疑ってBを高次医療機関に転院すべき注意義務を負っていたところ、実際には、これを行わなかったのであるから、この注意義務を怠ったというべきであり、注意義務違反が認められると判断しました。

3 イレウスを前提とする結果回避可能性の有無

この点につき、裁判所は、仮にC医師が5月26日午前0時40分頃に転院措置をとるとの判断をした場合、現実に吐物の誤嚥があり、容態が急変した午前6時30分頃までは、約6時間の時間的余裕があるから、町立病院等の近隣の病院にて受入れがなされ、イレウスを前提とした必要な診察・処置を受けられた蓋然性は高いと認められるとしました。具体的には、搬送先ではX線検査等により麻痺性イレウスの診断がなされ、胃管又はイレウス管の挿入、点滴等の処置がなされた蓋然性が高いと認定しました。

もっとも、C医師が、5月26日午前0時40分頃に近隣の医療機関に転院するとの判断をしていた場合であっても、深夜の時間帯であったことを考慮すると、他の医療機関に受け入れが決まり、搬送されるまで、また、受け入れ先病院で、腹部X線検査を実施して麻痺性イレウスとの確定診断がされ、胃管又はイレウス管の挿入が行われるまでにある程度の時間が掛かった可能性は否定できないと判示しました。また、胃管又はイレウス管の挿入、点滴等の各処置は、嘔吐の程度を軽減し得るにとどまり、短時間で嘔吐の根本的な解消が見込めるものではないとしました。

そして、本件での現実の死亡機序は、Bが高齢かつポリファーマシーで嚥下機能が低下し、吐物の誤嚥、それによる窒息を引き起こしやすい状態であったことを前提に、看護師や医師によって適時に行われた吐物の吸引や救命措置に不適切な点があったとはいえないにも関わらず、吐物の誤嚥という不確定要素を含む経過により死亡したというものであると指摘しました。

裁判所は、以上によれば、Bが近隣医療機関に搬送、転院され、同医療機関で腹部X線検査による麻痺性イレウスの確定診断及びこれに対する胃管又はイレウス管の挿入等の保存的処置が行われたとしても、上記のようなBの現実の死亡の原因となった不確定要素を排除できるほどの効果があったとまでは認められず、高い蓋然性をもって死亡の結果を回避できたとまではいえないと判示しました。

したがって、本件で結果回避可能性は認められないと判断しました。

ただし、上記で述べた諸点からすれば、死亡の結果を回避できた蓋然性が高いとまでは認められないまでも、他の医療機関で胃管又はイレウス管の挿入の処置を受け嘔吐の軽減によって死亡を避けられた相当程度の可能性は認められるから、△は、その可能性を侵害したことにより発生した損害を賠償すべきと認められると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年7月10日
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