今回は施設入居中の高齢者への対応に関し、医師の過失(注意義務)が認定された裁判例を2件ご紹介いたします。
No.506の事案では、原告側は、看護師及び医師の、吐物の吸引や救命行為の過失も主張しました。しかし、裁判所は、看護師が吐物の吸引を行った際の患者の姿勢について、看護師の証言に反する客観的な証拠はなく、証言に特に不自然な点もないから、吸引時の姿勢は、証言に従い、側臥位かつ頭部を30度程度上げた姿勢であり、左右の体位交換が行われていたと認めるのが相当であると判示しました。そして、このような吸引の体位を患者に取らせたことが医療水準を逸脱するものとは認められないと判示しました。更に、救命行為についても、呼吸停止後、看護師が胸骨圧迫による心肺蘇生を開始し、医師は、到着後から、気管内挿管、気道内のサクション等をおこなっており、原告らの主張するような注意義務違反は認められないと判示して、イレウスを前提としない、被告の吸引、救命に関する行為について、原告らの主張するような過失は認められないと判断しました。
No.507の事案では、一審判決(甲府地裁令和元年11月26日判決)も参考にしました。
同事案では、病院側は、患者の状態は末期状態であり、何らの治療を実施しても改善の余地はなかったとして、医療処置に係る義務違反はないと主張しました。
しかし、裁判所は、当時、患者が下顎呼吸であったことの客観的な証拠は提出されていない上、後に患者の治療を担当するであろう医師への引継ぎのために作成するものとうかがわれる被告医師の作成した当直録にもその旨の記載はないこと、ホーム職員は、被告医師の診察後に原告の一人に対し、患者は肩呼吸であるが、医師が診察をしている旨連絡したことなどに照らすと、被告医師の陳述書の記載部分や本人尋問における供述を直ちに信用することはできず、当時、患者において、被告医師らが主張するような呼吸の状態であったと認めるのは困難であるとしました。
裁判所は、また、被告医師が、患者の診察後、「カルテがなく適切な診断ができない為様子見」と判断したこと、被告医師がホーム職員に指示した患者の家族に対する連絡内容やカルテがなく適切な診断ができないため様子見との当直録の記載内容が、直ちに患者が終末期の状態にあることをうかがわせるものとは言い難いこと、被告医師は、当直終了後も、他の医師に迅速な引継ぎを行う等の対応をしていないことなどに照らすと、被告医師においては、当時、患者の死亡が切迫し、不可逆的な終末期の状態であると判断したとまで認めることはできないといわざるを得ないと判示して、病院側の主張を採用しませんでした。
両事案とも実務の参考になろうかと存じます。