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No.501「ワーファリンを継続使用していた慢性心房細動の患者に対し、医師がイグザレルトへの切り替えに伴うワーファリンの休薬を指示した後、患者が心原性脳塞栓症を発症して死亡。医師に薬剤投与に関する注意義務違反が認められた事案」

東京地方裁判所令和5年9月29日 判例タイムズ1514号 185頁

(争点)

  1. 医師に薬剤投与に関する注意義務違反があったか否か
  2. 医師の注意義務違反と原告らの損害との因果関係

*以下、原告を◇ないし◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和11年10月生まれの男性)は、従前、高血圧症、心房細動のためO医院に通院して抗血小板剤であるバイアスピリンを服用していた。

Aは、平成22年2月1日以降、医療法人である△の経営するクリニック(以下、「△クリニック」という。)に通院するようになり、同月5日、バイアスピリンに代えてワーファリン(血栓塞栓症の治療及び予防に用いられる抗凝固薬)を処方され、以後、ワーファリンを継続的に服用していた。Aは、約1か月に1回の頻度で△クリニックに通院しており、概ね2ないし3か月に1回の頻度で血液凝固能検査を受けていた。

△クリニックの副院長を務める内科医であるⅤ医師は、令和3年以降、△クリニックにおいてAを担当するようになった。この頃、AのPT―INR(プロトロンビン時間国際標準比)の値は治療域(PT―INR値が1.6ないし2.6)に入っており、TTR(PT―INRの値が治療域に入っている割合)は100%であった。AのPT―INR値は、同年6月9日には1.87、同年9月27日には1.95であった。V医師は、同日、Aに対し、ワーファリンに代えてイグザレルト(非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制や静脈血栓塞栓症の治療及び再発抑制に用いられ、DOACと呼称される直接阻害型経口抗凝固薬)を処方することを提案した。

V医師は、令和3年10月27日、Aに対し、ワーファリンの服用を中止する旨指示し、1か月後の次回の診察日に血液凝固能検査を行った上でイグザレルトを処方する旨説明した。また、V医師は、同日、Aに対し、降圧剤であるアムロジピンを処方した。なお、V医師は、同日の診察の際、Aに対し、血液凝固能検査を実施していない。

Aは、令和3年11月11日、吐き気や眼痛を訴えてP病院に救急搬送された。同病院の医師は、Aに対し、解熱鎮痛剤であるカロナールと制吐剤であるプリンペランを処方し、Aは帰宅した。

Aは、令和3年11月12日、△クリニックを受診し、P病院に救急搬送されたことを伝えた。V医師は、同日、Aに対し、イグザレルトを処方した。

Aは、同日夜、布団に倒れこみ、P病院に救急搬送され、同病院に入院した。同病院の医師は、Aに対し、頭部CT検査及びMRI検査を行い、心原性脳梗塞である旨の診断をした。

Aは、重度の左片麻痺、構音障害が残存する状態になり、令和3年12月27日、療養及びリハビリテーションを目的としてQ病院に転院した。Aは、令和4年2月8日、R病院に転院した。その後、Aは、一時的に介護老人保健施設Sに入所したが、再度R病院に入院し、同年6月10日、仙骨部褥瘡感染を原因とする敗血症により死亡した。

そこで、Aの相続人◇(Aの妻)◇(Aの長女)◇(Aの二女)は、△に対し、Ⅴ医師は、Aに対し、ワーファリンに代えて別の抗凝固薬であるイグザレルトを処方するに当たり、ワーファリンの服用を中止する旨指示したのであるから、Aに対し、定期的に血液凝固能検査を行い、血液の固まりにくさを示すPT―INRの値が1.6を下回った時点で速やかにイグザレルトを投与すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った注意義務違反があり、これによりAが心原性脳塞栓症を発症して死亡したとして、△に対し、債務不履行又は使用者責任により損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族合計4641万2807円
(内訳:死亡慰謝料2800万円+年金逸失利益702万1709円+治療関連費114万6570円+入院慰謝料266万円+遺族固有慰謝料3名合計200万円+死亡診断書作成費用2万円+葬儀関連費用134万円+カルテ開示請求費用2万4530円+弁護士費用420万。遺族が複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
3727万0145円
(内訳:死亡慰謝料(近親者の慰謝料を含む)2500万円+年金逸失利益585万1424円+治療費用等82万3170円+入院雑費等31万6500円+入院慰謝料266万円+死亡診断書作成費用2万円+葬儀関連費用134万円+カルテ開示請求費用2万4530円-損益相殺として遺族厚生年金分215万3673円+弁護士費用338万8194円)

(裁判所の判断)

1 医師に薬剤投与に関する注意義務違反があったか否か

この点について、裁判所は、イグザレルトの添付文書には、

(1)

ワーファリンからイグザレルトに切り替える必要がある場合は、ワーファリンの投与を中止した後、PT―INR等、血液凝固能検査を実施し、治療域の下限以下になったことを確認した後、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始すべき旨の記載(以下、「本件記載」という。)や、

(2)

イグザレルトからワーファリンへの切替え時において抗凝固作用が不十分になる可能性が示唆されているので、抗凝固作用が維持されるよう注意し、血液凝固能検査の値が治療域の下限を超えるまでは、ワーファリンとイグザレルトを併用すべき旨の記載、

(3)

抗凝固剤とイグザレルトを併用する場合には、両剤の抗凝固作用が相加的に増強され、出血の危険性が増大するおそれがあるので、観察を十分に行い、注意する必要がある旨の記載があると指摘しました。

また、ワーファリンの添付文書には、

(ア)

ワーファリンは、血液凝固能検査の検査値に基づいて投与量を決定し、血液凝固能管理を十分に行いつつ使用する薬剤である旨の記載や、

(イ)

急に投与を中止した場合、血栓を生じるおそれがあるので、徐々に減量すべき旨の記載があると指摘しました。

裁判所は、上記各記載からは、ワーファリンを継続服用している患者に対し、ワーファリンに代えてイグザレルトを処方するに当たっては、休薬によりワーファリンの抗凝固作用が消失した後、可及的速やかにイグザレルトが服用されないままでいると脳梗塞のリスクが高まる一方で、ワーファリンの抗凝固作用が十分残存している間にイグザレルトが服用されると出血のリスクが高まるという趣旨を読み取ることができると判示しました。

そして、上記各リスクのいずれかが高まることのないよう、休薬後、血栓凝固能検査を実施してイグザレルトを処方するタイミングを判断することが求められているものと解されると判示しました。

また、ワーファリンの臨床的に意義のある抗凝固効果は、投与後、84時間ないし120時間持続するとされており、そうすると、イグザレルトへの切替えを目的としてワーファリンを休薬する場合、休薬から遅くとも5日が経過した後は、ワーファリンによる抗凝固作用は消失し、イグザレルトを服用しないことによる脳梗塞のリスクは高まる一方で、イグザレルトの服用による出血のリスクは減少すると考えることができると判示しました。

以上を前提とすれば、イグザレルトの添付文書中の本件記載は、ワーファリンを休薬してから遅くとも5日以内には血液凝固能検査を実施して、血液凝固能が治療域の下限を下回ったことを確認した場合には、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始することを求めるものと解するのが相当であると判示しました。

裁判所は、本件記載の解釈に基づくと、V医師は、令和3年10月27日にAにワーファリンの服用を中止する旨の指示をしたのであるから、その5日後の同年11月1日頃までには、Aに対し血液凝固能検査を実施し、PT―INRの値が治療域の下限を下回る場合には、可及的速やかにイグザレルトを処方する注意義務を負っていたと認定しました。

しかし、V医師は、令和3年10月27日、Aに対しワーファリンの服用を中止する旨の指示をした後、次回の診察日を通常の1か月後とし、その間の血液凝固能検査を実施しなかったとのであるから、V医師には本件注意義務違反が認められると裁判所は判断しました。

2 医師の注意義務違反と原告らの損害との因果関係

この点につき、裁判所は、まず、ワーファリン及びイグザレルトは、いずれも血栓塞栓症の治療及び予防等に用いられる抗凝固薬であるところ、Aは平成22年2月5日から継続的にワーファリンを服用し、TTRは良好に保たれていた旨指摘しました。

そして、Aは令和3年10月27日のワーファリンの休薬後、手術等の身体侵襲を受けたものではなく、本件注意義務違反の他に心原性脳梗塞の発症につながる直接的な要因があったとはうかがわれないと判示しました。

裁判所は、以上の事情によれば、V医師が本件注意義務を尽くし、Aが同年11月2日頃にイグザレルトを服用していた場合、Aは、心原性脳梗塞を発症しなかったか、発症したとしてもその予後は実際の転帰よりも改善されていたということができるから、Aが令和4年6月10日になお生存していた高度の蓋然性が認められると判示して、因果関係を認めました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年4月10日
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