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No.500「十二指腸潰瘍が悪化し穿孔が生じて患者が死亡。抗潰瘍薬を処方漏れした医師の過失が認められた地裁判決」

静岡地方裁判所浜松支部平成22年2月22日判決 ウェストロージャパン

(争点)

  1. 医師に診療上の過失があるか否か
  2. 医師の過失と結果との間の因果関係

*以下、原告を◇1ないし◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(平成16年10月当時77歳の女性)は、昭和60年、乳がんの手術を受けた。また、そのころから、高脂血症の薬剤の処方を受けていた。

Aは、平成16年(以下、特段の断りのない限り同年とする。)6月ころ、倦怠感やめまいの症状をもつようになっていた。

そこで、Aは、同月25日、これらの症状に対処するほか、他医院において処方を受けていた高脂血症の薬剤であるリポバスの処方を受けるため、△医師が開設者であるクリニック(以下、「△医院」という。かねてより、Aの夫◇が定期的に受診していた。)を受診した。Aは、その際、前医による紹介状を持参することなく、ただリポバスの処方時に交付された薬剤の説明書を持参するのみであった。Aが、△医師に対し、めまいや倦怠感といった高齢者に一般的な症状は別段、それ以外の自覚症状を言うことはなかった。

Aは、7月23日に△医院において基本健康診断を受けた。

Aは、8月11日、めまいを催し、気分が悪かったことから、ナロンエースの購入を◇に依頼した。

Aは、同月13日、ナロンエースを服用することにより痛みを抑えて、外出した。

△医師は、Aの7月23日の採血結果中、ヘモグロビンの値が7.6(単位は、g/dlである。女性の基準値は、11.2から15.2である。)であるなど貧血反応が認められたものの、8月20日までの便潜血反応がいずれも陰性であったこと等から、上部消化管検査の実施が必要であると考え、これを9月3日に実施することとした。なお、Aの8月20日の採血によるヘモグロビン値は、7.2であった。

△医師は、9月3日、Aに対し、予定通り、上部消化管内視鏡検査を実施した。

その結果、△医師は、Aにかなり大きな十二指腸潰瘍を認め、そのステージがA1であると判断した。また、ウレアーゼテストの結果が陰性であったこと等から、ピロリ菌陰性の十二指腸潰瘍と判断した。

そこで、△医師はパリエット投与(20ミリグラムを1日一回朝食後に服用の指示)の方法によりその治療を開始するとともに、薬剤に起因することを考慮し、リポバスが作用する可能性は高くはないものの、念のためリポバスの投与を中止した。もっとも、△医師は、上記のとおりピロリ菌が見当たらなかった上、薬剤の服用の有無をAに問うも、消化管潰瘍の起因になる可能性の高い薬剤の服用が認められなかったことから、潰瘍の原因が何であるかについて確定的な判断に至らなかった。なお、△医師は、Aが8月20日以降連続して服薬していたフェルム及びフェロミアのいずれもにつき、服薬後の吐き気を訴えたことから、9月3日以降、鉄剤の投与は静脈注射の方法によることとした。また、Aの血液検査の結果中、白血球数(基準値は3500ないし9700)は、7月23日、8月20日、9月3日、9月14日及び9月27日のいずれも5630から6690までの間であって、基準値の範囲内にあった。

△医師は、同月7日、Aの病理検査の結果、ピロリ菌が少数認められた旨の報告を受けたことから、一定期間経過後に呼気テストを実施することにより鑑別を行うのが相当と判断した。

△医師は、同月17日、同月14日のAの血液検査の結果、ヘモグロビン値が9.4に上昇していたこと等から回復傾向であったと判断した。上記呼気テストの実施については、パリエット服用中であることから、後日に行うこととした。

Aは、同月30日、△医院において受診した。△は、Aに処方する十二指腸潰瘍治療目的の薬剤をパリエットからアシノンに変更する(1回150ミリグラムを1日2回。処方量は28日分)とともに、10月25日に採血、同月28日に呼気テストを行う予定とした。Aは、10月4日、7日、12日、15日、18日、21日、25日と△医院に通院し、ブルタールの投与を受けるなどした。10月25日の採血結果によれば、ヘモグロビン値は11.1にまで上昇した。

Aは、10月28日、△医院において診療を受けた。

その際、Aは、△医師に対し、体調はよいという趣旨のことを述べた。また、△医師は同日、上記のとおりのAのヘモグロビン値の上昇等治療の過程から、Aの十二指腸潰瘍は、一応治っていると判断し、Aにその旨を伝え、鉄剤の投与を中止し、経過観察をしながら、月に1回程度、血液検査を行うこととした。△医師は、同日、Aに対し、尿素呼気試験を行ったが、その判定結果は、11月1日、△医師に対し、陰性であると報告された。そして、△医師は、10月28日、Aに対し、十二指腸潰瘍の治療薬アシノンの処方を忘れ、また、十二指腸潰瘍の治癒を確認するための上部消化管内視鏡検査をしないまま、次回の診察予定日を約2週間後の11月12日とした。

なお、△医師は、◇の十二指腸潰瘍に対する診療に際しては、同潰瘍が瘢痕期に達したことが内視鏡検査により判明した後であっても、潰瘍の再発防止の観点からH2受容体拮抗薬であるタガメットの処方を継続していた。

Aは、10月31日、「薬がなくなったら胃がすっきりしない。食欲もなくなってしまったけどどうなってるの」という趣旨の記載の日記を家計簿に残した。

Aは、11月1日、胃の不快感を覚えた。また、Aはそのころから食後に上腹部に腫れぼったい感じを自覚していた。

Aは、11月3日、その家計簿に「胃もそんなに気持悪くない」と記した。

Aは、11月6日(土曜日)午後8時すぎ、上腹部痛を覚えた。また、Aは、同日午後9時及び同日午後10時40分ころに嘔吐した。Aの腹部痛は、二度目の嘔吐後は軽快していた。なお、Aはその間の午後10時ころにナロンエースを服用した。

は、△医師に対し、同日午後10時46分ころ、Aが吐き気とみぞおちの激痛を訴えている旨を電話で告げた。すると、△医師は、◇に対し、S病院に行く様、指示をした。

Aは、救急車によってS病院に搬送され、血液検査及び腹部エコー検査等を受け、同月7日午前3時30分ころ帰宅した。

Aは、7日の日中、チョコレート色のものを吐き、腹痛もあったものの、激痛と感じるほどのものでもなかった。しかし、Aは、同日午後5時ころ、再度苦しみ出し、子である◇に△医師に架電するよう頼んだ。△医師は、◇に、S病院へ連れて行くよう指示した。しかし、Aがさらに苦しみ出したことから、◇は救急車を呼び、AはN病院に救急車で搬送された。

Aは、N病院に搬送された同日午後6時8分ころの時点において、ショック状態であったが、各種検査の結果、ショックは、消化管穿孔に起因するものと疑われた。

そこで、N病院の医師らは、Aに対し、緊急開腹手術を行ったところ、十二指腸球部前壁に、径2㎜の穿孔を認めたことから、充填被覆を行った。なお、Aの十二指腸球部、大網、右腹壁は炎症性に強固に付着しており、大網の癒着はこれによる充填被覆が困難なほど可動性がなかった。

Aは、上記手術後も、ショック状態が遷延し、翌8日午後5時6分、死亡した。

そこで、Aの相続人である◇(Aの夫)、◇(Aの子)、及び◇(Aの子)は、△医師に対し、Aが死亡したのは、△医師の過失によるものであるとして、不法行為又は債務不履行に基づき、損害賠償請求をした。

*訴訟で認定された医学的知見

(ア)

パリエットは、胃酸分泌抑制作用があるプロトンポンプ阻害剤の1つであり、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などに効果、効能を有する。通常、十二指腸潰瘍については、投与期間を6週間までとされ、十二指腸潰瘍については、長期の使用経験が十分ではないことから、維持療法には用いないことが望ましいとされている。

(イ)

アシノンは、胃酸分泌抑制作用があるH2受容体拮抗薬の1つであり、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等に効果、効能を有する。薬剤添付文書上、使用期間の制限は見当たらないが、高齢者への投与については、血中濃度の持続や血液系副作用の発現に留意するものとされている。

(ウ)

十二指腸潰瘍の治癒の確認等については、X線所見での正確な治癒判定は難しく、潰瘍の治癒判定に内視鏡検査は欠かせないとされ、内視鏡的治癒が確認されるまで投薬を続ける。H2受容体拮抗薬により、十二指腸潰瘍の大部分は、いったんは治癒させることが可能となったが、胃潰瘍に比べて再発しやすいことが知られている。

60歳以上の高齢者の十二指腸潰瘍は、60歳未満のそれに比して再発の頻度が高く、治癒率も低い。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族3名合計2594万3036円
(内訳:逸失利益1244万3036円+死亡慰謝料2500万円+葬儀費用150万円+弁護士費用400万―S病院から支払われた和解金1700万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族3名合計914万3745円
(内訳:逸失利益389万3746円+慰謝料2000万円+葬儀費用150万円-S病院から支払われた和解金1700万円+弁護士費用75万円

(裁判所の判断)

1 医師に診療上の過失があるか否か

この点について、裁判所は、△医師が、10月28日、Aに対し、H2受容体拮抗薬の処方もプロトンポンプ阻害剤の処方も行わなかった点を指摘しました。

その上で、Aに十二指腸潰瘍が発見されたのは9月3日のことであり、Aは、それ以降、パリエットやアシノンなどの処方を受けていたものであるが、その間に内視鏡検査によって、その治癒が確認されたものではないとしました。

そして、

(1)

潰瘍の治癒判定に内視鏡検査は欠かせないとされていること、

(2)

服薬を中止すると潰瘍の再発がされやすいと指摘され、十二指腸潰瘍は胃潰瘍に比してその傾向が強く、また、Aを含む60歳以上の高齢者は若年者に比べて再発の頻度が高いこと、

(3)

△医師としても潰瘍の再発を防止する観点から◇については投薬を継続していたのであって、このことは、(1)及び(2)のような考慮に基づくものと窺がわれること、

(4)

Aは、△医院において十二指腸潰瘍に係る診療を9月3日以降受けていたものであって、△医師は、Aが10月28日当時に保有していた薬剤の残量を容易に認識し得たこと等を総合すると、内視鏡検査による治療確認を行っていない△医師は、特段の事情のない限り、アシノン等のH2受容体拮抗薬を十二指腸潰瘍に係る薬剤としてAに対して処方するべき義務があったのに、これを怠ったと判断し、△医師の処方忘れ(投薬漏れ)が過失であると認定しました。

2 医師の過失と結果との間の因果関係

この点につき、裁判所は、Aの潰瘍の悪化に伴う十二指腸潰瘍穿孔は、△医師の投薬漏れに起因するものであって、△医師は、これを予見すべきであったということができると判示しました。

すなわち、上記のとおり、H2受容体拮抗薬の突然の休薬により、十二指腸潰瘍穿孔が発症するとの知見もあるところ、△医師はH2受容体拮抗薬であるアシノンを突然休薬したのであるからAの十二指腸穿孔について予見すべきであると判断しました。

また、仮に、Aの十二指腸穿孔に、11月6日午後10時のナロンエースの服用が寄与しているところがあったとしても、△医師がアシノンを処方しなかったこととAの死亡との間に相当因果関係があるといわざるを得ない。なぜなら、痛み止めについて服用をしないよう何ら指導していない△医師としては、10月28日、アシノンの処方を行わなかった時点において、これに起因してAの十二指腸潰瘍が悪化し、痛みを生じることは予見可能であるし、患者が、自らに痛みが生じた場合、市販の鎮痛剤を服用することもまた、往々にしてあることであって、予見可能ということができるからであると判示して、因果関係を認めました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年4月10日
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