京都地方裁判所令和3年3月26日判決 判例時報2512号60頁
(争点)
- 債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体
- 損害額
*以下、原告を◇1ないし◇3、被告を△と表記する。
(事案)
平成24年11月5日、◇1(昭和51年生まれのロシア国籍の女性・妊娠39週0日)は、破水したことにより、△診療所(医療法人である△が産科を診療科目として掲げて開設)を受診し、分娩のため入院した。
同年11月7日午後11時25分、◇1は無痛分娩又は帝王切開のために分娩室に入室し、△医療法人の理事長であり△診療所で診療を行っていたB医師は、同37分、◇1に対し、硬膜外針を挿入した。B医師は、◇1に硬膜外針を挿入する際、硬膜外針及びカテーテルを硬膜外腔に留めた上で麻酔薬を分割投入する義務に違反し、硬膜外針の先端をくも膜下腔まで到達させ、同所に留置したカテーテルを通じて麻酔薬(マーカイン0.5%、25cc)を一度に注入した(以下「本件注意義務違反」という。)。
同55分、◇1は、本件注意義務違反により、全脊髄くも膜下麻酔の状態になり、これにより急性呼吸循環不全及び心肺停止の状態になった。
平成24年11月8日午前1時頃、◇1は、救急車でC病院に搬送された後、緊急帝王切開術を受け、同日午前2時11分、Aを出産した。
Aは、◇1が本件注意義務違反により心肺停止の状態となったことにより、胎内において急性の胎児低酸素・酸血症を発症して重症新生児仮死状態で出生し、出生の日に新生児低酸素性虚血性脳症等と診断された。
Aは、平成30年12月×日、敗血症性ショックから播種性血管内凝固症候群を発症して死亡した。
◇1は、平成24年11月8日、心肺停止後脳症と診断され、同年12月8日、遷延性意識障害(いわゆる植物状態)と診断された。
◇1は、遅くとも平成25年3月1日には、心肺停止後脳症(遷延性意識障害、失外套症候群)の症状が固定し(当時満36歳)、長期にわたり病院又は自宅での24時間介護の必要な状態が続く見込みであり、業務に従事できない旨の診断がされた。
◇1は、平成25年3月15日、療養のため、C病院からD病院に転院し、同年7月30日、同病院を退院した。退院後、自宅において療養しており、主に◇2(◇1の夫でAの父)及び母◇3(◇1の母で、平成24年11月9日ロシアから来日)により介護されている。
◇2は平成25年7月に、◇3は平成26年8月に、それぞれ◇1の成年後見人に選任された。
そこで、◇らは、△に対し、債務不履行に基づき損害賠償を請求した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- (原告3名合計)6億4443万9694円
(内訳の詳細は省略するが項目ごとの補足主張は以下の通り
- (ア)◇1及びAに共通する損害
-
付添等のための渡航費用(◇3航空券代金合計)49万7708円・医学的調査費用10万円及び私的鑑定費用43万3922円・ロシア語通訳費用80万2660円・翻訳料1万6000円
- (イ)◇1の損害
-
入院中の付添看護費用(日額8000円)・将来介護費(日本人の平均寿命86歳を前提として算定すべき)・入院雑費(日額2000円)・傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料(交通事故などと異なり、医者と患者という相互の立場に互換性のない事例であるから、通常の2倍)
- (ウ)Aの損害
-
入院中の付添看護費用(日額8000円)・退院後死亡までの自宅看護費用(日額2万円)+入院雑費(日額2000円)・死亡による逸失利益(生活費控除率30%)・傷害慰謝料(通常の2倍)・後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料(2000万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- ◇1及び◇2合計2億9794万9342円
(内訳の詳細は省略するが項目ごとの判断は以下の通り)
- (ア)◇1及びAに共通する損害
-
付添等のための渡航費用(平成24年11月9日に◇3が来日した際の航空券代金合計)6万9390円・医学的調査費用及び通訳費用は弁護士費用の範囲内で賄われるべき
- (イ)◇1の損害
-
入院中付添看護費用212万円(日額8000円)・症状固定後の将来介護費1億2901万1148円(平均余命86歳を前提とし、時期に応じて日額1万5000円~日額2万4000円)・入院雑費39万7500円(日額1500円)・傷害慰謝料(入院慰謝料)343万円及び後遺障害慰謝料2800万円(医者と患者の立場に互換性がないことを根拠とする増額主張は採用せず)
- (ウ)Aの損害
-
入院中付添看護費用761万6000円(日額8000円)・退院後死亡までの自宅看護費用1135万5000円(日額1万5000円)・入院雑費142万8000円(日額1500円)・死亡による逸失利益2766万5948円(生活費控除率45%)・傷害慰謝料440万円(医者と患者の立場に互換性がないことを根拠とする増額主張は採用せず)・後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料2800万
- (エ)弁護士費用
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◇1について1300万円+Aについて300万円
- (オ)損益相殺
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◇1について高額療養費還付金18万0310円が治療費から控除+障害共済年金739万4256円が後遺症逸失利益から控除
Aについて産科医療補償制度に基づく補償金3000万円が損害額から控除
(裁判所の判断)
1 債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体
この点について、裁判所は、◇1は、平成24年11月5日、△との間で、胎児の分娩に係る医療契約を締結したものと認められるとしました。裁判所は、◇1は、△に対し、この医療契約上の債務不履行により◇1に生じた損害について、損害賠償請求をすることができるとしました。
また、◇1は、△との間で上記の医療契約を締結した際、同時に、胎児であるAのために、△との間でAの出生に係る医療契約を締結し、Aに代わって黙示的に受益の意思表示をしたものと認められると判示しました。したがって、Aは、出生後、△に対し、上記医療契約上の債務不履行によりAに生じた損害について損害賠償請求権を取得したものといえると判断しました。
そして、Aが取得した損害賠償請求権は、Aの死亡に伴い、両親である◇1及び◇2が各2分の1の割合で相続したと判示しました。
その上で、裁判所は、◇2及び◇3は△との間で何らかの契約を締結したとは認められないから、◇2及び◇3が△に対して債務不履行に基づく損害賠償請求をする余地はないと判断し、契約関係にない親族が固有の慰謝料請求権を有する旨の◇らの主張は採用できないと判示しました。
2 損害額
この点についての個別の項目に関する判断は上記(裁判所の認容額)のとおりです。
その上で、裁判所は、◇1に対して賠償すべき損害額(損益相殺後)は、2億4277万4456円で、Aに対して賠償すべき損害額(損益相殺後)は、5517万4886円であるところ、Aの死亡に伴い、◇1及び◇2が相続分(各2分の1)に応じてAの△に対する損害賠償請求権(各2758万7443円)を相続したとしました。
裁判所は、以上により、◇1が△に対して損害賠償請求することのできる額は、2億4277万4456円と2758万7443円の合計2億7036万1899円となり、◇2が△に対して、損害賠償請求することのできる額は、2758万7443円となるとしました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。