京都地方裁判所令和4年3月9日判決 医療判例解説105(2023年8月)号10頁
(争点)
当直医に注意義務違反があるか否か
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
A(判決中に年齢の明記はないが、70代男性と思われる。)は、平成28年1月4日(以下、特に断りのない限り同年のこととする。)、頭痛の症状を訴えて医療法人△1の経営する病院(以下、「△病院」という。)の時間外外来を受診し、頭部CT検査の結果、脳内出血の所見が見られたため、△病院に入院することになった。Aの担当は、脳神経外科医B医師であった。
B医師は、1月5日、Aの頭部MRI検査を実施し、その結果、左側頭部内血腫のやや増大が見られ、長径50mmであること、脳幹への影響はないが、今後、脳幹圧迫徴候(心停止、呼吸停止、意識障害など)を認めた場合には、救命のために緊急手術を要し得ると診断した。
B医師は、1月6日及び7日、Aに脳出血に起因するとみられる失語症の症状や、ベッドから起き上がろうとするなどの行動が見られたため、鎮静薬プロポフォールの投与を指示し、Aにプロポフォールが投与された。
1月8日午前10時29分から午後1時15分まで、B医師の執刀でAに対し開頭血腫除去術(以下、「本件手術」という。)が実施された。
Aは、本件手術後、覚醒が進むにつれ点滴を自己抜去しようとするなど体動が多くなり、経鼻胃管を抜去する際に右鼻出血があったため、同日午後1時55分から、鎮静のためプロポフォールが投与された。
Aは、自発呼吸のサポートのため、麻酔科医により経鼻ネーザルエアウェイを挿入されたが、口腔内吸引処置や経鼻ネーザルエアウェイに対して強く拒否したところ、鎮静効果により鼻出血が減少し、呼吸が平静になったため、ネーザルエアウェイは抜去された。Aは、その後、CT検査を受けた後、病室に帰室したが、この間、新たな鼻出血は見られなかった。
B医師は、Aについて、次のとおりの指示を行った。
SpO2を持続的に測定し、SpO2が97%以下になった場合、酸素マスクで3Lの酸素投与を開始する。SpO2が96%以下になった場合、酸素投与量を最大10Lまで1Lずつ増加し、SpO2が98%以上になった場合、酸素投与量を1Lずつ減少させてよい。
Aについて、手術室から、抜管操作時に不穏状態で覚醒し、胃管を自己抜去した際に鼻出血が見られたこと、鼻出血後の血液の咽頭への垂れ込み等に注意が必要であり、鎮静中であるため呼吸状態に注意し、モニタリングを行うこととの申し送りがなされた。C看護師は、夜勤を開始する際、前任の看護師から、Aについて、鼻出血があった旨の申し送りを受けた。C看護師は、当直医(脳神経外科)△2医師に対し、10分から30分おきに連絡を取り、Aについての指示の確認を行った。
C看護師は、午後9時10分及び午後9時20分、それぞれAの病室を訪れたが、その際、Aには鼻出血及び口腔内出血は認められなかった。
午後9時30分、C看護師は、Aの病室を訪れた際、Aに多量の鼻出血を認めたため、Aに対し口腔内吸引を実施したところ、一部コアグラ(血餅、凝血塊)様の血液を吸引した。その際のバイタルサインはSpO2は100%、血圧147/76、心拍数72bpmであった。C看護師は、吸引後もAの鼻出血が継続していたため、△2医師に報告したところ、バイタルサインの変動がないことから経過観察するように指示を受けた。これらの処置や対応には午後10時までかかった。
午後10時30分、Aの鼻出血は止まっておらず、看護師4名で口腔内の血液の吸引及び蝶形骨部の圧迫を試みたところ、鼻腔内は止血した。看護師らは、血液の垂れ込みによる窒息を防止するため、Aを側臥位に体位変換したが、AのSpO2が著明に低下したため、酸素投与量を3Lから5Lに増加したところ、SpO2は90%台前半まで増加した。
午後10時30分のAの心拍数は84bpm、呼吸数は13回/分であった。
C看護師は、午後10時54分、Aについて、多量に出血しているため、窒息などの危険因子があること、血腫除去後であり多量出血による合併症も考えられる旨、カルテに記載した。
午後11時、C看護師は、Aに新たな鼻出血は認めなかったものの、口腔内に血液が貯留していたためその吸引を行い、清拭した。SpO2は94%、心拍数は86bpm、呼吸数は20回/分であった。
午後11時30分、C看護師は、Aに新たな鼻出血は認めなかったものの、口腔内に血液が貯留していたためその吸引を行った。SpO2は94%、心拍数は94bpm、呼吸数は24回/分であった。
1月9日、午前0時、C看護師は、Aに少量の鼻出血を認めた。午前0時のAのSpO2は95%、心拍数は99bpm、呼吸数は20回/分であった。
午前0時30分、C看護師は、Aの鼻出血を認め、吸引や衣服の交換を行った。この時のAのSpO2は93%、心拍数は100bpm、呼吸数は26回/分であり、午前0時42分のAのSpO2は90%、心拍数は107bpm、呼吸数は33回/分であった。
午前0時46分になると、SpO2は一時33%まで低下し、同時点のAのバイタルサインは、SpO2が38%、心拍数が55bpm、呼吸数が30回/分となった。午前0時49分、AのSpO2は0%、心拍数は39bpm、呼吸数は5回/分となった。
C看護師は、午前0時50分、△2医師に電話をかけ、午前0時55分、△2医師がAの病室に到着したが、Aは呼吸停止及び心停止の状態であった。午前1時、Aに対して、プロポフォールの投与が中止されるとともに、アンビューマスクによる換気や心臓マッサージが開始され、午前1時32分にはAのSpO2は67%にまで上昇したが、Aは、午前1時40分、急性呼吸不全により死亡した。
なお、△病院においては、午後8時30分から翌午前9時までが夜勤の勤務時間であり、1月8日の夜から同月9日の朝にかけて、△2医師が当直医として夜勤に当たり、Aの病棟の夜勤に当たった看護師は、Aの担当看護師であるC看護師を含め4名の正看護師であった。
そこで、Aの相続人である◇ら(Aの妻及び3名の子)は、Aが死亡したのは、Aが手術後に継続的に鼻出血し、その血液が気道へ垂れ込んだことによる気道閉塞であり、当直医であった△2医師において鼻出血の止血や気管挿管による気道の確保をすべきであったにもかかわらずこれを怠った過失があると主張して損害賠償を請求した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 3923万6369円
(内訳:葬儀関係費用150万円+逸失利益1103万9072円-遺族厚生年金186万8703円+死亡慰謝料2000万円+遺族(妻と3人の子)固有の慰謝料500万円+弁護士費用356万6000円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 3923万6369円
(内訳:葬儀関係費用150万円+逸失利益1103万9072円-遺族厚生年金186万8703円+死亡慰謝料2000万円+固有の慰謝料500万円+弁護士費用356万6000円)
(裁判所の判断)
当直医に注意義務違反があるか否か
この点について、裁判所は、Aは、本件手術後に鼻出血が生じており、プロポフォールによる鎮静の影響による嚥下反射の抑制や呼吸抑制と相まって、血液が気道へ貯留して気道閉塞を生ずる可能性があったと指摘しました。
そして、手術室からの申し送りや1月8日の夜勤開始時のC看護師への引継ぎによると、△病院内において、Aに本件手術後に鼻出血が生じ、血液の咽頭への垂れ込み等に注意が必要であること、鎮静中であるため呼吸状態に注意してモニタリングを行う必要があるとの認識が共有されていたことが認められ、C看護師は、1月8日午後10時54分までには、Aについて、多量に出血しているため、窒息などの危険因子があること及び多量出血による合併症が生じる可能性があることを認識していたと判示しました。
これに加えて、Aの経過からすると、同日午後10時30分以降、鼻出血の継続による気道閉塞の兆候が出現しており、△2医師が10分から30分おきにC看護師からAの状態につき連絡を受けていたことからすると、△2医師において、遅くとも1月9日午前0時の時点においてAの気道閉塞を具体的に予見することが可能であったというべきであると判示しました。
裁判所は、そうであったにもかかわらず、△2医師は看護師に対して経過観察を指示する以外の措置はとっていなかったのであり、△2医師にはAの死亡について注意義務違反が認められると判断しました。
また、病院側が、Aには気管挿管の適応がなかった等と主張したのに対し、裁判所は、鼻出血に対する治療は不十分といわざるを得ず、Aは周術期におけるバイタルサインの正常値にかかわらず鼻出血による気道閉塞を予見して気管挿管を行う必要があったと判示し、気管挿管が難しい状況であったとは認められないし、Aは本件手術後に鼻出血が生じており、プロポフォールによる鎮静の影響による嚥下反射の抑制や呼吸抑制と相まって、血液が気道へ貯留して気道閉塞を生ずる可能性があった以上、気管挿管を行うことができる態勢を整えておくべきであったし、気管挿管をしなければ呼吸不全により死亡するおそれがある場合においては、気管挿管それ自体が合併症を引き起こすリスク等を有するとしても、気管挿管による救命を優先すべきであるとして、病院側の主張を採用しませんでした。
以上から、裁判所は、◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。