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No.493「経鼻胃管カテーテルを誤挿入し、先端が胃に届いていないまま栄養剤等が注入され、患者に誤嚥性肺炎が生じて死亡したことにつき、病院の損害賠償責任が認められた地裁判決」

大阪地方裁判所令和3年2月17日 判例時報2506号・2507合併号  53頁

(争点)

  1. 医師が患者を誤嚥性肺炎と診断してそれに適した治療をすべき義務に違反したか否か
  2. 医師は、チューブが胃内に到達しているか確認すべき義務に違反したか否か

*以下、原告3名を◇~◇3、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和19年生、死亡時71歳の男性)は、平成21年、アルツハイマー型認知症と診断され、投薬治療を受けながら、妻◇による介護の下、自宅で生活をしていたが、平成27年1月頃には昼夜問わず徘徊するようになり、同年11月頃には暴力が始まり、◇による制止が困難な状態になった。

Aは、平成27年12月12日、認知症周辺症状改善目的のため、医療法人△の開設・運営する病院(以下、「△病院」という。)と診療契約を締結の上、同月19日、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」という。)21条1項に基づき、Aの同意の下、△病院に任意入院したが、急性精神運動興奮等のため、不穏、多動、爆発性等が目立ち、一般の精神病病室では医療又は保護を図ることが著しく困難な状態となったことから、同日午後3時、隔離及び身体拘束の処置がとられた。

なお、△病院の主な診療科目は、精神科、神経科、心療内科、内科であり、病床数は、精神科病棟で232床、一般療養病棟で35床である。

同月20日、Aに拒食が認められたため、同月21日、栄養補給及び体力回復のために点滴が開始された。その後も食事をほとんどとらないため、同月22日夕食から、食事を止めて点滴量が増やされた。

Aの不穏、興奮、拒絶等の状態が継続していたため入院の必要性が認められたものの、Aの同意を得られなかった。そこで、◇の同意により、同月26日午前10時35分、精神保健福祉法33条1項に基づく医療保護入院に切り替えられた。

平成28年1月6日(以下、年の記載がないものは平成28年の事実である。)、Aに対する隔離処置が解除された。

Aの体温は、平成27年12月30日から1月7日午前中までの間は、ほぼ36度台で推移していた。

1月7日午前11時、身体拘束状態(体幹及び四肢の拘束)のまま、Aの右鼻腔から、経鼻胃管カテーテル(ニューエンテラルフィーディングチューブ。以下、「本件チューブ」という。)60cmが挿入留置され、栄養補給の方法が変更された。処置施行時のAの表情は険しく、体動が激しく認められた。そのため、△病院のスタッフ数名でAの身体を押さえつけてチューブが留置された。

上記施行後に生食150mlと昼食後薬(白湯100mlに溶かしたもの)が、同日午後3時に生食100mlと白湯100mlが、同日午後6時に経鼻栄養及び眠薬が注入施行された。

翌8日午前11時のAの体温は36.8度であったが、午後2時には体温38.4度、SpO96%、午後4時には38.2度、SpO96%、午後7時には37.0度であった。

同日午後8時30分には咳嗽が見られ、自力喀出するも口腔内に痰が貯留する状態となり、吸引が施行された。

午前7時、午後0時及び午後6時、それぞれメイバランス1p(400ml)と白湯400mlが注入施行された。

同月9日午前6時のAの体温は38.9度、SpOは90%に低下した。

この状況報告を受けた当直医は、メイバランス等の経鼻注入を主治医の指示があるまで中止する旨を指示した。もっとも、主治医であるP医師(△病院院長)によって経鼻注入の継続が指示されたため、同日午前11時20分には、薬剤や白湯の注入が再開され、その後も経鼻注入は継続された。なお、同日午前10時16分頃の入院診療録には、診察の結果、Aの状態につき、「著変なし」と判断された旨の記載がある一方、Aに喀痰や発熱、SpOの低下が生じていたことについて医師がいかなる検討をしたかについての特段の記載はない。

午前10時には体温38度、SpO82%となり、黄緑色粘稠痰の多量喀出が認められた。午前11時にも痰の多量喀出がみられた。午後2時には体温37.7度、SpO85%、湿性咳嗽が時々みられた。午後4時には体温38.5度、SpOは81%、湿性咳嗽が、見られ、黄緑色痰多量につき吸引処置が取られ、吸引後のSpOは84%であった。午後7時には体温37.8度、SpO85%で、緑黄痰中等量が吸引された。

午前6時にメイバランスと薬剤の注入が中止されたが、午前11時20分に薬と白湯400mlが注入施行された。午後0時45分及び午後6時、それぞれ、メイバランス1pと白湯400mlが注入施行された。

同月10日、Aの午前6時の体温は38.3度、SpOは82%であった。

午前10時には体温38.1度、SpO81%、湿性咳嗽が見られ、淡々黄色粘稠痰多量につき吸引処置が取られた。

午後2時には体温37.9度、SpO84%、湿性咳嗽が見られ、淡々黄色粘稠痰多量につき吸引処置が取られた。午後4時には体温38.5度、SpO84%、午後7時には体温37.4度、SpO85%であった。

午前8時にメイバランス1pと白湯400mlが注入施行され、午前11時30分にメイバランス1pと白湯が注入施行され、午後3時に白湯400mlが補水され、午後6時に白湯400mlが注入施行された。

1月11日午前6時のAの体温は37.6度、SpOは83%で、同日午前8時には白湯400mlが注入施行された。

しかし、同日午前10時には体温39.0度、SpO83%となり、肺湿性音は左>右であり、Aの元気がないことから、当直医であったP医師は、肺炎を疑い、本件チューブからの注入をやめるように指示し、同日午前10時30分、抗生剤の経静脈投与とともに、SpO90%を目標として、酸素投与が開始された。

同日午後7時にはSpOが回復しなければ転送することが検討され、同日午後9時に拘束が解除されて、Aは市立H病院に救急搬送された。

Aは、1月11日午後9時過ぎ、H病院に救急入院した。その際、△病院で挿入された本件チューブは抜去されないままであった。

病院でAに頚部CT検査が実施されたところ、本件チューブがAの咽喉部でトグロを巻いている状態であることが確認された。

また、Aに対して、胸腹部CT検査が実施されたところ、肺の両側上下葉、中葉背側に広範な浸潤影が、両側下葉は腹側の一部を除いて全体に浸潤影が見られ、誤嚥性肺炎が疑われた。

病院の担当者は、◇に対し、呼吸管理のため、気管切開をしてAに人工呼吸器を装着することについての意向を尋ねたが、◇は、Aが生前、延命治療は拒否する意思を示していたことから、これを希望しない旨を回答した。そのため、Aについては肺の貯留物の除去や、気管切開による呼吸管理等の侵襲的な治療行為は行われなかった。

Aは、1月16日午前1時43分、H病院入院中に死亡した。

病院における病理解剖の結果、Aの肺は左1070g、右1350gと両側とも著明な重量増加が認められたが、誤嚥物と判断しうる明らかな構造物の発見には至らなかった。

なお、本件チューブの説明書には、使用上の注意として、チューブ挿入時及び留置中においては、チューブの先端が正しい位置に到達していることをX線撮影、胃液の吸引、気泡音の聴取又はチューブマーキング位置の確認等の複数の方法で確認する必要があることが明記されていた。

そこで、◇ら(Aの妻◇およびその子ら◇、◇)は、△病院でAに本件チューブの挿入留置が施行されたところ、本件チューブの先端が胃内に到達せずAの食道に留まったままであったのに経鼻栄養をしたために食道内に注入された栄養剤が逆流して肺内に入り、加えて、本件チューブが咽喉頭部でトグロを巻いていたために胃内容物の誤嚥(吸引)が生じ、同月8日、Aにつき誤嚥性肺炎を発症したのであるから、△病院の医師は、Aに本件チューブによる栄養剤等の注入を中止して、抗生剤を投与し、適切な呼吸管理をすべき義務等があったのにこれを怠ったため、誤嚥性肺炎及び誤嚥(吸引)に起因する非心原性肺水腫により死亡したと主張して、△に対し、使用者責任又は債務不履行に基づいて、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族合計7160万3115円
(相続人複数につき端数不一致。逸失利益につき主位的請求に基づく金額)
内訳:逸失利益(主位的主張・労働分2319万0216円または予備的主張・日本とフランスの年金分2527万2127円)+死亡慰謝料3500万円+葬儀費用197万2672円+葬儀関連費55万2307円+墓石・工事費用等397万円+入院治療費19万8140円+入院雑費5827円+弁護士費用3名合計648万円+◇の交通費等23万3954円

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族合計3727万9231円
(相続人複数につき、端数不一致)
内訳:逸失利益(Aの就労可能性を前提とした労働分は認めず、年金分についての1856万9812円から、遺族厚生年金及びフランスの遺族年金を逸失利益の法定相続分割合以上に受給していた妻の分を控除した928万4906円)+死亡慰謝料2300万円+葬儀費用150万円+入院治療費11万8500円+入院雑費等5827円+弁護士費用3名合計337万円

(裁判所の判断)

1 医師が患者を誤嚥性肺炎と診断してそれに適した治療をすべき義務に違反したか否か

この点について、裁判所は、本件チューブは、1月7日の午前11時頃の留置当初から咽頭部でトグロを巻く状態であり、その先端が胃に届いておらず、本件チューブを導管とした白湯や経鼻栄養等の注入物や胃内容物の逆流によって、重篤な誤嚥性肺炎を生じたものであり、これが原因疾患となって、AがARDS(急性呼吸窮迫症候群)を発症し、低酸素脳症によって死亡したものと推認できることを前提として、「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」等によれば、誤嚥をきたしやすい病態として、「経管栄養」が知られており、また、高齢者の肺炎は、発熱、喀漱、痰、胸痛等の典型的症状を欠くことが珍しくないため、誤嚥性肺炎の潜在を常に念頭におく必要があるとされていると指摘しました。

また、誤嚥性肺炎の診断は、誤嚥が強く疑われる病態の確認又は嚥下障害の存在と肺の炎症所見の確認等によってされるものであるところ、嚥下障害を確認した患者に発症する肺炎で、それ以外の明らかな原因が考慮されない場合は誤嚥性肺炎と診断してよいとされていること、その際の肺炎の所見として、「発熱、喀痰、咳漱、頻呼吸、頻脈」が挙げられていると判示しました。

裁判所は、そうすると、医師は、経管栄養開始後に咳漱や発熱等の肺炎が疑われる症状が生じた場合、誤嚥性肺炎の可能性を常に念頭において、治療に当たるべき注意義務を負うものと認められると判断しました。

そして、誤嚥性肺炎を疑う症状がある場合には、肺炎の原因を調べるとともに、誤嚥性肺炎の原因となっている可能性のある経管注入を中止する必要があり、高齢者の肺炎は予後が不良であるから速やかに胸部X線検査や血液検査、喀痰細菌検査等を実施した上で、肺炎の原因として考えられる起因菌に対する抗菌治療を開始すべきである旨の医学的知見も認められるから、経管注入が誤嚥性肺炎の原因となっている可能性がある場合には、医師は、経管栄養をいったん中止して、経静脈注入に切り替えるとともに、肺炎の起因菌の特定と抗菌治療を開始すべき注意義務を負うものと認められるとしました。

本件では、Aに対しては1月7日に本件チューブが挿入され、栄養剤等の注入が開始されているところ、本件チューブを留置するまでの約1週間はおおむね36度台の体温で推移していたものの、本件チューブを挿入した日の翌日である同月8日午後2時には38.4度という高熱を出し、同日午後4時の時点でも38.2度であり、明らかな発熱が見られたのであり、また、同日午後8時30分には、咳嗽が見られたほか、自力喀出するも口腔内に痰が貯留し、吸引が施行される事態となるなど、同日の時点で既に明らかな肺炎の所見が生じていたものであり、実際に、翌日午前6時には、当直医が経鼻注入をいったん中止するように指示をするに至ったとしました。

裁判所は、そうであれば、△病院の医師は、Aに誤嚥性肺炎が生じている可能性を念頭において治療に当たるべき注意義務を負っていたと判示しました。そして、以上の診療経過とAの全身症状に照らせば、経管注入が誤嚥性肺炎の原因となっている可能性があることは明らかであったといえるから、Aが食事を受け付けないことから栄養注入を必要とする状態にあったことや、高齢のため経静脈注入を長期間継続することには難点もあったことを最大限考慮しても、△病院の医師は、遅くとも同月8日午後8時30分の時点で、本件チューブによる栄養剤等の注入を中止し、速やかに肺炎の原因を調べるとともに、肺炎の初期治療として抗生剤を投与すべき注意義務を負っていたと認定しました。

そうであるところ、△病院の医師は、同日午後8時30分以降も、本件チューブによる栄養剤等の注入を中止せず、肺炎の初期治療を行わなかったのであるから、△病院の医師はこの注意義務に違反したものというほかはないと判示しました。

2 医師は、チューブが胃内に到達しているか確認すべき義務に違反したか否か

この点について、裁判所は、本件チューブの挿入時及び留置中の注意事項として、チューブの先端が胃内に到達しているかを確認するため、胃液の吸引、気泡音の聴取等の複数の方法を採るべきとされていたと指摘しました。

そうすると、△病院の医師は、本件チューブの留置時において、胃液の吸引や気泡音の確認等の複数の方法によって、本件チューブの先端が胃内に到達していることを確認すべき注意義務を負っていたと認められるとしました。

そうであるところ、看護記録や入院診療録には本件チューブの留置時にギャッジアップや気泡音の確認をした旨の記載はなく、胃内容物の確認がされたと認めるに足る的確な証拠もないことからすれば、△病院の医師は、前記注意義務を怠ったものと認められるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年12月 8日
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