大阪高等裁判所令和3年12月16日判決 判例時報2559号5頁
(争点)
適切な時期に帝王切開の実施を決定しなかった注意義務違反があったか否か
*以下、原告及び被控訴人を◇、被告及び控訴人を△と表記する。
(事案)
◇3は、東京都内に在住していたが、里帰り出産を希望して、平成22年(以下、特に断らない限り、月日のみの記載は平成22年のそれを指す。)2月24日(妊娠17週6日)、大阪市内に所在する△医療法人の開設する病院(以下、「△病院」という。)を初めて受診し、分娩予定日を7月29日として入院の予約をした。
◇3は、東京都内の医療機関を受診していたが、5月、切迫早産と診断され、早めの帰省を勧められた。
帰阪した◇3は、5月31日(妊娠31週4日)、△病院を受診し、以後、定期的に診断を受けた。
7月12日(妊娠37週4日)には、分娩監視装置が装着され、リアクティブ(胎児の健康状態は良好)と評価された。
◇3は、7月16日(妊娠38週1日)午後8時45分頃、破水感があったことと、2、3日前から胎動が減少していたと感じたことから、△病院を受診した。
P2医師(△病院の産婦人科専門医で△病院の院長)は、外来で◇3を診察したところ、破水検査は陰性であり、茶色帯下を少量認めた。内診所見は、子宮口開大1指(2cm開大)、中軟、児頭下降度―3であった。
P2医師は、◇3に入院を指示した。
◇3に分娩監視装置が装着され、7月16日午後8時51分から、胎児心拍数モニタリング(母体腹壁に分娩監視装置を装着して胎児の状態を評価する検査)が実施された(以下「1回目の検査」という。)。
1回目の検査のCTG(胎児心拍数陣痛図)の所見は、次のとおりであった。
なお、CTGは、胎児心拍数と、子宮収縮圧を経時的に記録したものであり、胎児心拍数波形の判読は、(1)胎児心拍数基線(ベースライン)の高さ、(2)胎児心拍数基線細変動の有無、(3)胎児心拍数一過性変動の有無・波形の3要素によりなされる。
- (1)胎児心拍数基線(ベースライン)の高さ
正常であった。
- (2)胎児心拍数基線細変動の有無
午後8時55分頃には6bpmの変動が認められたが、午後8時56分頃から午後9時04分頃には基線細変動は減少し、それ以降、ほぼ消失した。
- (3)胎児心拍数一過性頻脈 認められなかった。
遅発一過性徐脈は、少なくとも、午後9時、午後9時6分、午後9時10分、午後9時16分、午後9時24分、午後9時32分、午後9時40分、午後9時48分、午後9時54分、午後10時14分、午後10時24分、午後10時38分に認められた。
P3看護師は、1回目の検査にあたってモニターを確認するなどし、P2医師又は当直医に対し、基線細変動は少なめであり、一過性頻脈は認められないこと、◇3が2、3日前から胎動が少ないと述べていることを伝えた。
P2医師は、7月16日午後9時頃、ナースステーションのモニターを確認し、当直医に引継ぎをすると、それ以降、1回目の検査のモニターを確認するなどせず、同日午後9時31分頃、△病院を退出した。
当直医が◇3を訪れることはなかった。
◇3につき、同日午後10時55分、看護師又は助産師の判断で、分娩監視装置が外され、1回目の検査は終了した。
◇3に、7月17日午前0時04分、分娩監視装置が再び装着された(2回目の検査)。
P4助産師は、ナースステーションのモニター画面で観察するなどし、同日午前2時30分、内診した。内診所見は、子宮口開大3~4cm、児頭下降度―2であり、胎胞が認められた。
◇3につき、同日午前2時40分、膀胱の充満によりトイレに行くため、分娩監視装置が再び外された。
◇3は、7月17日午前7時、5分ごとの陣痛を自覚した。
◇3に、同日午前8時19分、分娩監視装置が装着された。
P1医師(△病院の産科医であり、△病院の理事長)は、同日午前8時35分、◇3を診察した。内診所見は、子宮口開大6cm、展退70%、児頭下降度―1であり、胎胞が認められた。
◇3につき、同日午前10時15分、トイレ歩行のために分娩監視装置が外された。
◇3に、7月17日午前10時26分、分娩監視装置が装着された。
同日午前10時28分、胎児心拍数が低下している旨がP1医師に報告された。
◇3につき、同日午前11時35分、トイレ歩行のために分娩監視装置が外された。
◇3に、7月17日午前11時51分、分娩監視装置が装着された。
P1医師は、同日午後1時、◇3を診察した。内診所見は、子宮口開大6~7cm、展退70%、児頭下降度―1であった。その際、◇3は、自然破水し、緑色の羊水混濁が認められた。
P1医師は、緊急帝王切開の施行を決定した。
◇3は、7月17日午後1時30分、手術室に入室し、同日午後1時47分から手術が開始された。
P1医師が執刀医であり、P2医師が助手を務めた。
◇1(女児)は、7月17日午後1時49分、娩出(体重は3208g)された(本件分娩)。啼泣はなく、1分後アプガースコアは4点(心拍1点、筋緊張1点、反射1点、皮膚色1点、呼吸0点)であり、緊張が強く、口腔内吸引がされた。
生後2分で、反射は乏しいが、心拍数は100回/分以上となり、バッグ・マスクによる人工呼吸が開始された。
5分後、アプガースコアは6点(心拍2点、筋緊張0点、反射1点、皮膚色2点、呼吸1点)であった。
△病院の要請を受け、7月17日午後3時12分、O母子医療センターの医師が△病院に到着し、同日午後3時20分、◇1に気管挿管が行われた。
◇1は、同日午後4時15分、ドクターズカーで搬送され、同日午後4時45分、O母子医療センターのNICUに入室し、重症新生児仮死及び低酸素性虚血性脳症のため人工呼吸器が装着され、治療が施された。
◇1は、脳性麻痺及び体幹機能障害を有しており、平成23年7月19日、身体障害程度等級1級の身体障害者手帳の交付を受けた。
◇1は、上下肢及び体幹機能は全廃で、寝たきりである。口から食事を摂ることができず、日常生活において全介助であり、24時間の付添介護を要する。知的には、親を認識するのも困難な状態である。
なお、本件に関し、平成25年2月28日、産科医療補償制度原因分析委員会による原因分析報告書が出され、同報告書では、CTG所見に関して、以下の見解が示された。
- (1) 1回目の検査について
基線は正常脈であるが、基線細変動は減少~消失で、午後9時以降、頻回に軽度遅発一過性徐脈が認められ、基線細変動減少と判読すればレベル3、基線細変動消失と判読すればレベル5である。基線細変動減少としてもほぼ消失に近い状態であり、また遅発一過性徐脈が頻回に認められていることを踏まえると、胎児は午後9時の時点ですでに胎児機能不全と診断される状態にあり、胎児低酸素・酸血症状態が生じていたものと考えられる。
- (2) 2回目の検査について
基線は正常脈であるが、基線細変動はほぼ消失で、頻回に軽度遅発一過性徐脈が認められ、レベル5であり、胎児は重篤な胎児低酸素・酸血症状態にある。
そこで、◇1およびその両親である◇2、◇3らは、◇1が重症新生児仮死及び低酸素性虚血性脳症による脳性麻痺・体幹機能障害の後遺症を負ったのは、△病院の医師が、分娩監視装置による胎児心拍数モニタリング検査結果に従って、帝王切開の実施を決定して胎児を娩出すべき注意義務を怠った過失によるものであると主張して、不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償の支払いを求めた。
原審(大阪地方裁判所令和2年2月26日判決)は、◇らの請求を一部認容したのに対し、△が敗訴部分を不服として控訴した。
なお、◇1は、控訴審の口頭弁論終結時までに産科医療補償制度による補償金を合計2040万円受領した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 3名合計2億139万4550円
(内訳:介護費1億0785万0930円+逸失利益3523万5026円+後遺障害慰謝料3000万円+弁護士費用1730万8594円+両親の固有の慰謝料2名合計1000万円+両親の弁護士費用2名合計100万円)
(控訴審裁判所の認容額)
- 認容額:
3名合計1億2623万5646円
(内訳:介護費7190万0620円+逸失利益3523万5026円+後遺障害慰謝料2400万円-損益相殺(控訴審の終結時までに受領した産科医療補償制度による補償金2040万円)+弁護士費用1110万円+両親の固有の慰謝料2名合計400万円+両親の弁護士費用2名合計40万円)
- (原審裁判所の認容額):
3名合計 1億2883万5646円
(内訳:介護費7190万0620円+逸失利益3523万5026円+後遺障害慰謝料2400万円-損益相殺(原審終結時までに受領した産科医療補償制度による補償金)1800万円+弁護士費用1130万円+両親の固有の慰謝料2名合計400万円+両親の弁護士費用2名合計40万円)
(控訴審裁判所の判断)
適切な時期に帝王切開の実施を決定しなかった注意義務違反があったか否か
- (1)7月16日午後9時30分頃の時点
この点について、控訴審裁判所は、医師ら専門家による意見を総合すれば、1回目の検査において、基線細変動は消失か、ほぼ消失に近い状態であり、午後9時、9時06分と軽度遅発一過性徐脈が発生し、以後も頻発していたものであって、遅くとも午後9時06分頃には、日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会編集・監修「産婦人科診療ガイドライン産科編2011」(以下、「本件2011年版ガイドライン」という。)に基づくレベル5か、ほぼレベル5に相当する状態だったと認められ、その後も同様の状態が持続していたものと認定しました。
そして、午後9時頃モニターを確認したP2医師において、あるいはモニターを確認したP3看護師から基線細変動減少との報告を受けたP2医師又は当直医において、上記のようなCTG所見に基づき、少なくともレベル3以上の所見があるものとして、以後対応すべきだったといえるとし、本件2011年版ガイドラインに従えば、監視の強化、保存的処置の施行及び原因検索、又は急速遂娩の準備をして、10分ごとに波形分類を見直して対応することとされていたと判示しました。そして、CTG所見を10分ごとに見直すなど継続的な監視をしていれば、CTG所見から、レベル5かほぼレベル5に相当する状態が持続していることを確認することができたというべきであると判示し、そうすると、午後9時30分頃には、早期の経膣分娩が可能な状態になかったことを踏まえて、帝王切開の実施を決定すべきであったと解されると判示しました。
裁判所は、したがって、午後9時30分頃の時点で、△病院医師において、速やかに帝王切開の実施を決定すべき注意義務があったというべきであるとしました。
- (2)7月17日午前2時40分の時点
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裁判所は、ところで、原因分析報告書は、1回目の検査のCTG所見をレベル5と断定していないところ、本件2011年版ガイドラインによれば、レベル3か4の場合の対応として、急速遂娩を実施するか否かはエビデンスが乏しい中での推奨であることを考慮して、幅を持たせることなどが指摘されており、レベル3か4の状態が持続する場合、分娩進行速度や分娩進行度も考慮して、10分から60分ごとを目安に経膣分娩続行の可否を判断し、困難と判断した場合にはなるべく早期に緊急帝王切開を行うものとされていると指摘しました。これらのことも考慮した結果、7月16日午後9時30分の時点で直ちに急速遂娩の実行をする注意義務があったとまではいえないと解する余地があるとしても、次に述べるとおり、7月17日午前2時40分までの時点において、帝王切開の実施を決定すべき注意義務があったと考えると判示しました。
すなわち、2回目の検査のCTG所見において、原因分析報告書は、基線細変動はほぼ消失で、頻回に軽度遅発一過性徐脈が認められ、レベル5の状態にあったと判断しており、◇が提出したM医師の意見書も同様にレベル5と判断するものであり、同時点で、胎児は重症の低酸素・酸血症状態にあったと認められると判示しました。
したがって、2回目の検査時には、△病院医師において、検査開始からレベル5に該当すると判断して、速やかに帝王切開の実施を決定すべき注意義務があったというべきであり、遅くとも、同日午前2時40分までには帝王切開の実施を決定すべき注意義務があったとことは、明らかというべきであるとしました。
裁判所は、上記のとおり、△病院医師は、7月16日午後9時30分(仮にそうでないとしても、遅くとも7月17日午前2時40分)までに帝王切開の実施を決定すべき注意義務があったというべきであるが、同医師であるP1医師において、同日午後1時になって、ようやく帝王切開の実施を決定したのであるから、明らかな注意義務違反があったというべきであるとしました。
そして、上記注意義務が尽くされていれば、◇3の低酸素性虚血性脳症が不可逆的なレベルに達する前に娩出し、適切な治療を行うことによって重篤な脳障害を残すことを避け得た高度の蓋然性があったと認めるのが相当であると判断しました。
以上から、裁判所は、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。