千葉地方裁判所平成31年1月25日判決 医療判例解説84号32項
(争点)
- 患者の死因
- 手術の危険性について医師に説明義務違反があったか否か
- 医師の説明義務違反と患者の死亡との間の相当因果関係の有無
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
△医療法人社団の開設・運営する医院(入院設備はない。以下、「△医院」という。)の代表者理事長であり、△医院において、診療に従事するB医師は、平成10年4月17日から、A(昭和3年生まれの女性。平成16年の死亡当時76歳)を診察するようになった。
同年同月24日に実施したAの血液検査の結果は、赤血球が165×10の4乗/マイクロリットル(以下、単位は省略する。)、Hb値が6.5(女性の基準値は12から16までとされていた。)、ヘマトクリット値(以下、「Ht値」という。)が19.8パーセント(以下、単位は省略する。女性の基準値は37から47までとされていた。)であり、高度の貧血がみられたことから、B医師は骨髄異形成症候群を疑い、AをN病院内科に紹介した。これを受けたN病院内科のD医師は、B医師に宛てた同年11月6日付けの書面において、「診断:骨髄異形成症候群」と記載した。その後、同じくB医師からAを紹介されたCセンター血液内科のE医師の作成にかかる平成11年9月24日付け「診療情報提供書」には、「傷病名 骨髄異形成症候群疑い」との記載がある。
平成12年8月5日、B医師が、Aについて、血液検査を実施したところ、Hb値が5.9、Ht値が19.5であった。
B医師は、Aに対し、同年9月29日、保存血液400ミリリットルの輸血を、同月30日に保存血液200ミリリットルの輸血をそれぞれ実施した。
同年10月7日、B医師が、Aについて血液検査を実施したところ、その結果は、赤血球数が293、Hb値が9.5、Ht値が30.2、血小板数が6.0であった。
平成13年3月頃、Aには、食欲低下がみられたことから、B医師は、同年4月7日から同年6月20日まで、Aに対し、経鼻経管栄養による栄養管理を実施した。
平成15年11月18日、B医師が、Aについて、血液検査を実施したところ、その結果は、赤血球数が64、Hb値が2.9、Ht値が8.4、血小板数が4.1であった。
B医師は、Aに対し、同月19日、20日及び21日の各日に、それぞれ保存血液400ミリリットルの輸血を実施した。
同年12月4日、B医師が、Aについて、血液検査を実施したところ、その結果は、赤血球数が264、Hb値が8.6、Ht値が26、血小板数が2.0であった。
B医師は、Aに対し、平成16年2月17日に保存血液800ミリリットルの輸血を、同月18日に保存血液800ミリリットルの輸血を、同月25日に保存血液400ミリリットルの輸血をそれぞれ実施した。
同年4月22日、B医師が、Aについて、血液検査を実施したところ、その結果は、赤血球数が276、Hb値が9.1、Ht値が27、血小板数が2.6であった。
同年6月30日、B医師が、Aについて、血液検査を実施したところ、その結果は、赤血球数が50、Hb値が2.2、Ht値が6.7、血小板数が2.1であった。
B医師は、Aに対し、同年7月2日に保存血液800ミリリットルの輸血を、同月3日に保存血液800ミリリットルの輸血を、同月4日に保存血液400ミリリットルの輸血をそれぞれ実施した。
同月7日、B医師は、Aについて、食事がとれないとの訴えがあったことから、上部消化管内視鏡検査を実施した。
同月15日、B医師は、Aの夫であるCから、Aについて、食べ物が飲み込めない、バナナも飲み込めなくなることが時折あるとの相談を受けた。これに対し、B医師は、Aを△医院以外の病院に入院させて中心静脈栄養等の栄養管理をすることや、経鼻経管栄養による栄養管理を再度実施することを提案したが、Cはこれに応じなかった。そこで、B医師は、Aにつき、PEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)を実施した上で経腸栄養による栄養管理を実施することを検討し、Cに対し、その旨説明した。
同月16日、Aは咽喉痛を訴え、A又はCは、B医師に対し、PEGの実施は、耳鼻咽喉科を受診した後にして欲しいと述べた。B医師は、Cに対し、入院して栄養管理を受けるように説得したが、Cは、これを拒否した。そこで、B医師とCとの間で、同月22日にPEGを実施することとして、Aが△医院に行くことが決められた。そして、Aは、同月16日中に、S耳鼻咽喉科を受診した。
同月22日午前、Aが、PEGを受けるために、Aの子である◇に連れられて、△医院を訪れた。同日午後零時頃、B医師は、Aに対し、PEGを行うこととして、催眠鎮静剤であるドルミカムの投与を開始し、その後、動脈血酸素飽和度を測定するために用いられるパルスオキシメータと自動血圧計を装着した。なお、△医院には、生体情報モニタ(血圧、動脈血酸素飽和度、心拍数及び心電図などを連続的に測定し、その結果を表示するモニタを指す。以下、「本件モニタ」という。) が常備されていたが、B医師は、Aに対し、これを装着しなかった。
ところが、B医師が、胃内に送気して、胃内のライトで胃壁と腹壁との間に他臓器がないことを確認しようとしたところ、Aが、ゲップをしないよう注意してもゲップをしてしまい、ライトの照射がうまくいかなかった。そこで、B医師は、PEGにより胃瘻を造設することを断念し、小切開による開腹で胃瘻を造設する本件手術に切り替えることとした。
Bは、◇に対し、PEGではなく小切開による開腹で胃瘻を造設することとすることを説明し、◇はこれに異議を述べなかった。そこで、同日午後零時30分頃、B医師は、Aに対し、鎮痛剤であるペンタジン15ミリグラムを投与して、その後、本件手術を実施した。
本件手術は、腹部から腹腔に至るまでの部分は10センチ以内、胃の部分は、1、2センチ切開するというものであった。
同日午後1時30分頃、本件手術は、終了したが、B医師は、本件手術終了の際に、Aに対し、ドルミカムの拮抗剤として、アネキセート0.5ミリグラムを投与した。
本件手術終了後、同日午後6時頃まで、B医師は、Aを、△医院のベッドに寝かせた状態で経過観察をした。その後、B医師は、Aを帰宅させるため、自らAを抱きかかえて、B医師が所有する乗用車まで運び、その後席に乗せたところ、Aの呼吸が停止していることに気が付いた。
そこで、B医師は、Aを△医院の処置室に運び入れたが、同日午後6時50分、Aの死亡が確認された。
なお、本件手術の終了後、B医師は、◇に対し、一旦帰ってもよいが午後6時前には戻ってくるように言い、◇はこれに応じて△医院を一旦離れ、Aが△医院の処置室の中に再び運び入れられた後に、△医院に戻った。
そこで、◇(CはAの死亡後に死亡したため、Aの相続人は◇のみである)は、Aが開腹による胃瘻造設術を受けた後に死亡したのは、適応義務違反、転医義務違反、説明義務違反、投与量調整義務違反又は蘇生義務違反によるなどと主張して、△に対し、債務不履行による損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 患者遺族の請求額:
- 3575万円
(内訳:葬儀費用150万円+死亡逸失利益700万円+死亡慰謝料2400万円+弁護士費用325万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 33万円
(内訳:慰謝料30万円+弁護士費用3万円)
(裁判所の判断)
1 患者の死因
この点について、裁判所は、Aの死因については、ドルミカム及びペンタジンの併用による副作用が一定程度関与した可能性を完全に否定することはできないものの、これが主たる原因であったとはいえず、Aが高齢であった上に栄養状態が良好ではなく衰弱していたところ、身体的侵襲を伴う本件手術が実施されたことが死亡の主要な原因であったと認定しました。
2 手術の危険性について医師に説明義務違反があったか否か
この点について、裁判所は、B医師は、PEGから本件手術に切り替えるにあたって、◇に対し、PEGから本件手術に切り替えることは説明したものの、本件手術の危険性を含むデメリットについては説明をしていないと判示しました。Aは栄養状態が悪化していたことから、早急に胃瘻を造設する必要があったものの、PEGを実施するのが困難だったと分かった時点で、かかる説明をする時間的余裕さえなかったことを認めるに足りる証拠はなく、そうすると、B医師は、◇に対し、本件手術の危険性を含むデメリットについて説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、説明をしなかったものであり、この点につき説明義務違反が認められると判断しました。
3 医師の説明義務違反と患者の死亡との間の相当因果関係の有無
この点につき、裁判所は、Aは経口摂取が困難で早急に対処する必要があったこと、入院による中心静脈栄養又は経鼻経管栄養を勧められたにもかかわらずCが一貫してこれを拒否していたこと、CはPEGについて説明を受けてその実施に同意し、◇もこれを本件手術に切り替えることについては説明を受けて同意していたこと、本件手術は、腹部から腹腔に至るまでの部分を10センチ以内の大きさで切開するほかは、侵襲の程度としてはPEGとほとんど変わらないものであり、ドルミカムとペンタジンの併用により呼吸停止が起こったとしても、用手的気道確保及びバッグ・マスク法で加圧すれば致命的になることはないとされていることなどからすれば、仮にB医師が本件手術の危険性を含むデメリットについて説明していたとしても、◇が本件手術を実施することに同意しなかった高度の蓋然性は認められないと判示しました。したがって、上記の説明義務違反と死亡結果との間の相当因果関係は認められないと判断しました。
その上で、裁判所は、上記説明義務違反により、Aは、本件手術の危険性を含むデメリットの説明を受けて、どの選択が自己にとって適切かを判断する自己決定権を行使する機会を奪われたと判示しました。そして、入院による中心静脈栄養又は経鼻経管栄養を拒んでいるという状況では、本件手術を受けることがAが適切な栄養管理を受けるための唯一の方法であったこと、本件手術を実施すること自体については説明がなされており、その内容も理解が困難なものではないこと、本件手術の侵襲は大きいものとはいえないこと、他方、結果としてAが死亡するという重大な結果が生じたこと、その他本件の一切の事情を斟酌すると、B医師の説明義務違反によって◇が被った精神的苦痛に対する慰謝料は30万円が相当であると認定しました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。