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No.486「子宮外妊娠による左卵管破裂を卵巣機能不全等と誤診。誤診がなかった場合よりも過大な手術痕が残ったこと等につき、慰謝料の支払いを命じた地裁判決」

東京地方裁判所平成5年8月30日判決 判例時報1503号108頁

(争点)

医師が、◇の症状を子宮外妊娠と診断せず、骨盤腹膜炎や卵巣機能不全と診断したことに関する過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和39年生まれの女性・未婚)は、腹部痛が激しくなり、平成元年(以下、特に断りのない限り同年のこととする。)7月16日午前3時すぎころ、△医師(△が設置する△病院の産婦人科医)が当直医として勤務していたH病院救急センターにおいて診察を受けた。

◇は、△医師の問診に対して、同月15日に一日中性器出血があったこと、最終の生理が5月8日から14日間あったこと、5月末ころ男性との性交渉があったこと等の事実を告げた。

医師は、◇の腹部痛が内診を実施することができないほど激しかったため、鎮痛剤(ブスコバン)の静脈注射を実施し、◇の腹部痛が治まってから内診を実施したところ、「子宮は前傾前屈で、大きさ及び硬さは正常であり、子宮に触れると非常に強い痛みを訴え、子宮付属器の卵巣、卵管の部分にも強い圧痛があり、子宮膣部には糜燗がなく、膣内には出血の痕跡はなく、膣分泌物は白かったが、子宮口では茶褐色である」との所見を得た。

医師は、◇が若い女性で、生理も遅れていることから、◇が妊娠している可能性があると考え、◇を婦人科外来に連れて行き、超音波(エコー)で◇の下腹部を診察した。その結果、胎嚢(GS)が写っていなかったことから、△医師は、◇には妊娠の所見が認められないと判断し、◇に対して、妊娠ではないだろうと告げた。

なお、H病院では、妊娠反応薬による検査は全て検査科を通じて実施しているが、夜間ということもあって、△医師は、妊娠反応薬による検査を実施しなかった。

医師は、内診の結果に異常がないこと、膣内に出血が見られないこと、超音波に胎嚢が写っていないこと等から、◇の症状が子宮外妊娠による可能性はないと判断し、むしろ◇の腹部痛は月経前の腹痛であるとの疑いを持ち、鎮痛剤2種類(ポンタール、ブスコバン)を2日分出して、「自分は△病院の医者であるから、薬を飲み終わってもまだ腹痛がある場合には、△病院の方に来るように」と告げて、◇を帰宅させた。

◇は、翌17日には、同月15日からの腹部の激しい痛みは多少治まっていたものの、依然として痛みが続いていたので△病院に赴き、△医師の診察を受けた。△医師は、◇に対して、内診を実施したところ、「子宮膣部には糜燗、鬱血がなく、膣分泌物は中等量で白く、子宮体は前傾前屈であり、大きさ及び硬度は正常であるが圧痛があり、子宮付属器には触れることがない」との所見を得た。△医師は、◇の痛みは炎症によるものである可能性があると判断し、骨盤腹膜炎と診断した上で、◇に対して、血液検査と尿一般検査を実施した。△医師は、抗生剤ケフラール、鎮痛消炎剤ポンタール、胃薬ベリチームを5日分処方し、症状が悪化した場合や薬を飲み終わったときに再度来院するよう指示して◇を帰宅させた。

◇は、同月24日午前中に△病院に赴き、△医師に3度目の診察を受けた。△医師は、内診を実施したところ、前回の内診とほぼ同様の所見を得た。また、前回実施した尿検査及び血液検査の結果により◇に炎症所見が見られなかったことから、△医師は◇を卵巣機能不全と診断し、◇には、まだ生理がないということであったので、卵巣の機能を調整して、薬が切れた時点で生理を起こす薬であるプラノバールを10日分処方して、◇を帰宅させた。

◇は、同日、△病院から帰宅した後も軽度の腹部痛を感じていたが、同日午後10時ころ、友人と自宅で会話中、激しい痛みを感じ、ベッドに倒れたため救急車で△病院に運ばれた。◇はショック状態であった。◇を診察した△病院の外科医長M医師は、腹部刺激症が◇の腹部全体に見られたため、緊急手術を要すると判断し、◇に開腹手術の承諾を求めたが、◇は△医師及び△病院の医師に対する不信感から、上記手術の承諾をしなかった。

そこで、M医師は、◇の家族に連絡をとることとし、その間に、◇に対して、血液検査、超音波検査等を実施したところ、超音波検査の結果、腹腔内に大量の出血があるとの所見が得られたが、出血の原因は分からなかった。

そして、最終的に◇の手術承諾が得られたので、M医師の執刀の下で、△医師も立会い、翌25日午前1時から手術を開始した。◇の痛みが上腹部にあったこと等から、中腹部正中切開で開腹したところ、腹部に約2500ミリリットルの血液と約660グラムの凝血があり、腹腔内の所見によると、◇の子宮は手拳大で柔らかく、妊娠子宮の状態であった。M医師は、凝血等を取り除いた後、上腹部から下腹部までを検査したところ、左の卵管が腫大しており、また、卵管の一部に0.5センチ大の穿孔があり、この穿孔から出血をしていることが認められたことから、破裂部を含めた卵管を切除した(子宮外妊娠による左卵管破裂)。M医師は、◇が若い女性であるので、皮膚に傷がつく可能性が比較的少ない5―0ナイロン連続埋没縫合で皮膚を閉じた。また、△医師は、最後に◇の子宮内膜掻把した。◇の症状は左卵管間質部妊娠と診断された。

◇は△病院に8月8日まで入院し、その後、同月18日まで同院に通院した。

そこで、◇は、△医師の誤診により、子宮外妊娠に対する適切な診察・検査を受けられないまま卵管が破裂し出血したため、死亡するかもしれない危険にさらされ、かつ、過大な手術痕が残ったとして、△医師に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、△医師の使用者である△に対しては診療契約上の債務不履行または使用者責任による損害賠償請求権に基づき、△らに対し慰謝料を請求した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
700万円
(内訳:生命の危険にさらされたことの金銭的評価500万円+猛烈な下腹部痛による苦痛の金銭的評価150万円+子宮外妊娠の確定診断のもとに実施される開腹手術に比べて手術痕が大きくなった精神的苦痛の金銭的評価50万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
200万円
(内訳:誤診の結果、長期間激しい下腹部痛に悩まされ、とりわけ、卵管が破裂し、卵管摘出手術が行われるまで下腹部の激痛に苦しみ、死亡する危険さえもあったこと、また、誤診がなく子宮外妊娠であるとの確定診断があった上で開腹手術をする場合には、臍上部まで切開創が伸びることはほとんどないところ、◇の腹部には下腹部から臍上部まで長さ約12、3センチメートル(臍上部は数センチメートル)の手術痕が残ったことを総合し、◇に生じた精神的苦痛に対する慰謝料)

(裁判所の判断)

医師が、◇の症状を子宮外妊娠と診断せず、骨盤腹膜炎や卵巣機能不全と診断したことに関する過失の有無

この点について、裁判所は、◇は、7月16日にH病院で△医師の診察を受けた際、強い下腹部痛を訴え、また、問診に対して、最終の生理が5月8日から2週間でその後生理がないこと、5月末ころ男性との性交渉があったこと、7月15日は一日中性器出血があったことなどを△医師に対して述べており、子宮外妊娠の三徴候(無月経・下腹部痛・不正性器出血)が見られるのであるから、△医師としては、◇の症状が、子宮外妊娠ではないかとの疑いを持ち、子宮外妊娠か否かの診断をつける義務を負っていたものというべきであると判示しました。

そして、鑑定の結果によれば、子宮内に胎嚢(GS)が認められないのに妊娠反応が陽性の場合、子宮外妊娠である可能性が高まるとされていることが認められ、また、△病院で使用されている外来用のhCG検査薬は、M製薬から発売されている新ゴナビスライドであり、検査感度200IU/ℓであるが、子宮外妊娠の場合でも75~85パーセントの事例で陽性になることが認められることから、本件でhCG検査を実施した場合、高い確率で陽性になったものと認められると判示しました。また、△病院には感度5IU/ℓの検査薬(ハイゴナビス)が存在していたと認められるところ、この検査薬によれば、ほぼ100パーセントに近い確率で陽性となったと認められると指摘しました。したがって、7月16日は夜間の診療ということで、△医師が◇に尿中hCG検査を実施しなかったのはやむを得ないとしても、7月17日及び同月24日の時点では、△医師に尿中hCG検査を実施すべき義務があったというべきであるとしました。

裁判所は、以上によれば、△医師が、7月17日の時点でhCG検査を実施しておれば高い確率で陽性反応を得ることができ、この陽性反応が得られた場合、前日実施した超音波検査の結果や不正性器出血、下腹部痛等の症状と合わせて、◇が子宮外妊娠であると強く疑い得たにもかかわらず、△医師は、子宮外妊娠の検査に必要不可欠とされているhCG検査を実施しなかったばかりか、内診に異常がなく、不正性器出血もないと誤診したため、△医師は、◇が子宮外妊娠であるとの疑いを持つことがなく、7月17日の時点では骨盤腹膜炎と、また、同月24日には、卵巣機能不全と誤診したものであると判断しました。

そのため、上記誤診がなければ、子宮外妊娠の疑いをもってなすべき処置、すなわち◇を入院させ、更に入念な検査(内視鏡による検査等)を実施し、診断が確定次第開腹して卵管を摘出することができたにもかかわらず、上記処置を怠ったため、◇の卵管が破裂するに至ったものであると認めることができると判示しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年9月 8日
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