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No.484「先天性外鼠径ヘルニア根治手術で医師の手術方法選択に関する過失が認められた地裁判例」

東京地方裁判所八王子支部 平成元年11月17日判決 判例タイムズ712号221頁

(争点)

手術方法選択の裁量の範囲を逸脱し、医師として過失があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和53年8月29日生まれの男児)は、昭和53年10月19日から△社会福祉法人の経営する病院(以下「△病院」という。)において先天性左外鼠径ヘルニアの治療を受けていた。

◇は、昭和54年1月11日及び翌12日の両日にわたり嵌頓ヘルニアを起こし、△病院で用手整復を受けたが、同月13日、両親を代理人として△との間で、上記ヘルニアの根治手術(以下、「本件手術」という。)を受ける旨の診療契約を締結した。

昭和54年1月18日午後1時30分ころから約1時間にわたり、◇は△病院に勤務するS医師、M医師からバッシーニ法による先天性左外鼠径ヘルニアの根治手術を受けた。

本件手術はS医師(昭和50年に医師資格を取得し、同53年12月から研修医として△病院に勤務)が執刀し、その処置は、すべて△病院外科部長であるM医師の指導、監督の下にあり、本件手術におけるバッシーニ法(ヘルニア嚢の口の部分を縛ると同時に、鼠径管の後壁周辺部分の筋肉を寄せて後壁を補強し、弛緩した筋肉部分からのヘルニア再発を防止する方式)の採用も、M医師が決定した。

◇は、昭和56年4月22日、J大学医学部付属病院の医師等による診断及び検査では左睾丸の萎縮が顕著で、左陰嚢内及び左鼠径部には睾丸組織自体が残存せず、かつ、左精巣動脈が欠如し、現在の病状も同様であり、またこれが将来改善される見込みもないことが認められ、さらに、◇の上記症状は、本件手術により鼠径管内にある精索(動脈、静脈、輸精管等を含んだ紐状のもので睾丸に連なる)が圧迫され、正常であった◇の左睾丸への血行を阻害した結果生じたものと認められる。

そこで、◇は、△に対し、民法715条の使用者に対する損害賠償請求権に基づき、第2次的には債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づく請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
1368万4044円
(内訳:逸失利益731万3350円+慰謝料500万円+医療費12万6690円+弁護士費用124万4004円)

(裁判所の認容額)

認容額:
482万6690円
(内訳:慰謝料400万円+医療費12万6690円+弁護士費用70万円)

(裁判所の判断)

手術方法選択の裁量の範囲を逸脱し、医師として過失があったか否か

この点について、裁判所は、本件手術当時、小児の先天性外鼠径ヘルニア手術においては、精索圧迫による血行障害、その結果としての睾丸萎縮の危険を伴うバッシーニ法の採用は原則として回避すべきことが一般外科医の認識としても定着しており、本件手術を実質的に執行したM医師(昭和32年に医師免許を取得し、同33年からアメリカ合衆国に5年間留学して一般外科を習得したが、その際、小児の鼠径ヘルニアについては、バッシーニ法を採用しないほうがよいとの考え方を学び、昭和38年頃からは、小児鼠径ヘルニアにつきバッシーニ法に代え、後壁補強を伴わない術式であるボッツ法、ファーガソン法等を多く用いるようになった)も、これを充分認識していたことが明らかであるとしました。

そして、裁判所は、◇の睾丸萎縮症状が、バッシーニ法の採用に伴う危険として広く認識された精索圧迫による血行障害に起因しているとの事実認定を踏まえ、本件手術においてバッシーニ法を採用すべきであったというような特段の事情が認められない限り、M、S両医師は本件医療事故の発生に関して、バッシーニ法という手術方式を採用したこと自体に過失があったというべきであると判示しました。

その上で、裁判所は、本件手術前の◇の症状においては、ヘルニアの根治手術として、原則どおりヘルニア嚢の高位結紮のみに止めるべきで、それ以上に鼠径管後壁を補強すべき特別な理由は見出しがたいから、本件手術において、両医師が後壁補強を内容とするバッシーニ法を採用したことは、手術方法選択の裁量の範囲を逸脱し、医師として過失があったといわざるをえないとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年8月10日
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