医療判決紹介:最新記事

No.482「歯列矯正の治療期間に関する歯科医師の説明義務違反を認めて、患者への損害賠償を命じた高裁判決」

東京高等裁判所 令和元年11月13日判決 ウエストロージャパン

(争点)

治療期間に関する説明義務違反の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和43年生まれの女性)は、平成24年頃、顎関節症の治療及び矯正治療を受けたいと考えていた。当時、◇は44歳であり、海外に長期滞在をすることが見込まれる仕事をしていたため、短期治療が可能な矯正治療を探していた。

◇は、医療法人社団である△が開設する△歯科を含め3つの歯科クリニックで初期相談を受けた。本件歯科とは別の歯科クリニックでは、初期相談に加え有料での検査を受け、矯正治療の治療期間はインプラントを利用して1年半から2年で、頻繁に診察に来ることが可能なら長くても1年8ヶ月で、費用は本件歯科の約半分位と言われたが留保した。

◇は、「見えない裏側矯正、最短6か月」「コルチコトミーは一度切った骨は、回復すると以前よりも丈夫になるという性質を利用した矯正治療法です。コルチコトミーだけでは従来の矯正法と治療期間の差がほとんどありませんが、当院では、へミオステオトミーとインプラント矯正を併用するスピードコントロールの矯正治療技術により、成人矯正の期間を約2分の1から4分の1に短縮することを可能にしました。」「短期間で矯正治療が終了します。最短6か月での矯正歯科治療が可能です。」等の記載がある本件歯科のウェブサイトを見て、同年9月29日、本件歯科に対し、短期間での矯正を検討しているところ、前歯2本に差し歯とラミネートべニアを貼っているが矯正が可能か問い合わせのメールをし、同年10月1日に△歯科医師(△の代表者)から可能である旨の返信を受け、本件歯科を受診することとした。

◇は、同年11月6日から同月26日まで、4回、△歯科医師から歯科矯正についてのカウンセリングを受けた。△歯科医師は、X線写真を撮影し、◇を診察した上で、同年同月10日に、抜糸をせず、通常の治療を行うと2年半から3年半かかること、いわゆるスピード矯正といわれるプレートという器具を装着する矯正治療であると6ないし8月、絶対ではないと留保を付けながらも、コルチコトミー(歯の周囲の頬側皮質骨、舌側皮質骨の両方又は一方に、両方の皮質骨を貫通しないよう切り込みを入れる外科処置のテクニック)とアンカーインプラント(顎間固定用インプラント)を使用した歯列矯正治療であれば、治療期間1年を目安としている旨説明した。この説明を受けた◇はプレートを用いる矯正方法には抵抗を示し、コルチコトミーとアンカーインプラントを使用した歯列矯正治療を選択した。

そして、△歯科医師は、同年12月14日に、コルチコトミーとアンカーインプラントを使用した歯列矯正治療について再度説明し、通常の治療を行うと2年半くらいであるが、どのくらい早くなるかは上の歯がどのくらいの期間で矯正できるかによると説明している。

◇は、△との間で、同日、アンカーインプラント埋入手術、コルチコトミー手術及び1年間の矯正治療を受けることに対し、施術料金193万6200円(咬み合わせ安定のためのスプリントの計画・装置準備料が15万5400円、矯正施術料が146万5800円等)、通院1回当たり処置料金1万0500円を支払うことを内容とする歯列矯正治療契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。

◇は、△に対し、本件契約の施術料金として平成24年12月17日、平成25年6月26日、同年12月24日にそれぞれ64万5400円(合計193万6200円)を支払った。

△歯科医師は、平成25年2月12日、◇に対し、歯科矯正を開始し、同月20日、上左8、上右8及び口蓋にそれぞれアンカーインプラントを埋入する手術を行い、同年3月21日、下顎の歯茎にFHO(歯肉を剥離しない(フラップレス)へミオステオトミー(コルチコトミー手術による皮質骨の一部切除・穿孔に加え、その下の海綿骨も切除し(ひびを入れ)歯を動きやすくする術式))及びコルチコトミーの手術を行った。

△歯科医師は、平成26年4月17日、◇に対し、上顎前歯の頬側にFHO及びコルチコトミーの手術を行ったほか、上顎前歯唇側歯肉に4本のアンカーインプラントを埋入する手術を行った。

平成26年2月15日から平成27年2月18日まで、◇の上顎の矯正装置(ブラケット、リンガルボタン)が20回ほど脱離、破損したことがあり、△歯科医師が装着し直すということがあった。

◇は、平成27年3月24日に、△歯科医師から最後の矯正治療を受けた。

◇は、同年3月25日から同年4月15日頃まで、△歯科の紹介で、別の歯科医院において左上6の根管治療を受けた。◇が根管治療を終えて、同年4月24日、△歯科を受診したところ、△歯科医師から、仮歯ではなくメタルのクラウンにするよう指示を受けた。

◇は、なかなか矯正治療が終わらないことや、△歯科の紹介で受診した歯科医院での根管治療のやり直しを指示されたことから、△歯科に対し不信感を募らせ、同日の治療を最後に△歯科を受診しなくなった。

◇は、インプラント埋入部位に痛みがあったため、インプラントの除去を希望し、平成27年8月19日、S大学歯科病院において、上顎のアンカーインプラント4本の抜去手術を受けたが、右上8のインプラントが破折して一部が◇の骨組織内に残留した。

◇は、△に対し、平成27年11月5日、本件契約を解除した。

そして、◇は、主位的に△が歯列矯正治療期間についての説明義務に違反した等と主張して不法行為に基づき損害賠償を請求し、予備的に支払済みの治療費のうち未治療分相当額について△が法律上の原因なくして利得していると主張して不当利得の返還を求めた。

一審(東京地裁平成31年3月14日判決)は、◇の主位的請求を棄却し、予備的請求を一部認容し、その余を棄却したので、これを不服として◇が控訴し、△が附帯控訴した。

(損害賠償請求・不当利得返還請求)

患者の一審での主位的請求(損害賠償)額:568万7404円(内訳不明)

患者の一審での予備的請求(不当利得返還)額:60万6720円(内訳不明)

(一審での裁判所認容額):
予備的請求につき、20万6766円
(支払済みの矯正施術料146万5800円のうち、未治療分である奥歯の移動7%、歯の位置の標準化1%、前歯の移動3%、咬み合わせの緊密化6%、装置除去6%及び保定(安定装置)4%の合計27%である39万5766円からインプラント埋入未払代金債権18万9000円を相殺した残額)
(控訴審での裁判所の認容額):
主位的請求につき、426万4785円
(内訳:本件契約に基づき◇が△に支払った250万3026円+慰謝料100万円+弁護士費用35万円とこれらに対する確定遅延損害金)

(控訴審裁判所の判断)

治療期間に関する説明義務違反の有無
前提事実:◇の歯列矯正治療が、治療開始後2年以上を経過しても完了しなかった。

△は、◇が選択した治療方法を前提としたとしても、◇の治療が1年間で終了する可能性は十分あったと主張し、原審において種々の医学文献等の資料を書証として提出しました。

控訴審裁判所は、これらの文献の中には、コルチコトミーを併用した矯正治療により、1年以内で治療が完了した症例を報告する文献も存在するが、これらは1文献(これは治療が12か月以内で完了した多数の事例を調査分析しているが、同文献が指摘する治療期間は、矯正移動により空隙閉鎖までに要した期間であり、◇の症例の治療期間とはいえないから、これをもって◇の治療期間の目安が1年であることの医学的根拠であるとはいえない。)を除き、そのような症例があることを報告するものに過ぎず、治療期間の目安が1年であるとするものではなく、さらに、報告された症例は、◇の治療と異なり、必ずしも叢生と過蓋咬合を同時に矯正する症例ではないから、これらの文献があることをもって、◇の治療期間の目安が1年であることの医学的根拠が存在するとは認められないと判示しました。

また、控訴審裁判所は、△が控訴審で提出した歯科医師の意見書(◇の治療期間が1年以内になる可能性がある旨の内容)について、同意見書は、同歯科医師の考えを述べるものに過ぎず、実際の症例に基づく根拠を述べるものではないから、◇の治療期間の目安が1年であることの医学的根拠となるものではないと指摘しました。

さらに、△歯科医師は原審における本人尋問において、◇の矯正治療については、期間の目標が立たず、目安がはっきりしなかった旨及び△歯科医師が行った歯列矯正治療のうち1年以内に治療が終わったのはほとんどスピード矯正の場合である旨を供述しており、◇が選択した治療方法はプレートを使用するスピード矯正ではなかったのであるから、△歯科医師は、むしろ、◇の治療期間の目安が1年とはいえないことを認識していたものと認められると判示しました。

以上のとおり、◇がコルチコトミーとアンカーインプラントを使用した歯列矯正治療を受けた場合の治療期間の目安が1年であることについて十分な医学的根拠があったとは認められず、むしろ、△歯科医師は、◇の治療期間の目安ははっきりせず、1年とはいえないことを認識していたことが認められるとしました。

そして、控訴審裁判所は、△歯科医師は、十分な医学的根拠がないことを知りながら、◇に対し、◇の治療期間の目安が1年間であると◇に誤解させる説明を行ったものというべきであり、これは治療契約締結前になすべき治療期間に関する説明義務に違反するものであって、◇に対する不法行為を構成するものというべきであると判示しました。上記説明義務違反は、◇が、治療期間を重視しており、△歯科医師の当初の説明から治療期間の目安が1年であると認識していることを知りながら、△歯科医師が、◇が選択した治療方法によっては治療期間の目安が1年とはいえないことを知りつつ、本件契約を締結させるために、◇の誤った認識を利用したと評価し得るものであって、極めて悪質な営業行為であると指摘しました。

以上から、控訴審裁判所は、主位的請求を棄却した原審の判決を取り消し、上記(控訴審裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認めました。この控訴審判決に対しては上告がなされましたが、最高裁判所で上告が棄却され、控訴審判決が確定しました。

カテゴリ: 2023年7月10日
ページの先頭へ