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No.481「腰椎穿刺による髄液ドレナージ施行後、患者が大後頭孔ヘルニアを惹起して死亡。医師の損害賠償責任を認めた地裁判決」

横浜地方裁判所 平成11年7月30日判決 判例タイムズ1051号293頁

(争点)

  1. 患者の死因
  2. 腰痛穿刺による髄液持続ドレナージを施行した過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡当時大学3年生の21歳男性)は、平成7年1月25日、△医師が開設する△病院に外来し、発熱、頭痛を訴えて診察を受け、△医師は急性上気道炎及び頭痛と診断し、鎮痛解熱剤を処方し、経過観察としていた。

同年1月29日、Aは市立病院で診察を受け、インフルエンザと診断され、解熱鎮痛剤を処方された。

Aは、同年2月2日、救急車で△病院に搬入され、発熱等による脱力感を訴えたので、△医師は同人を入院させることにし、補液を指示し、抗生物質と鎮痛解熱剤を投与した。△医師はAに頭部CT検査を実施したが、脳室の拡大等の異常は認められず、髄膜刺激徴候も認められなかった。

Aは、同年2月6日午前9時ころ△医師に無断で外出したことがあるが、発熱は同年2月6日に至るも治まらず(頭痛も軽度ながら継続していた。)、△医師はAに対し、再度頭部CT検査を行い、それに加えて腰椎穿刺による髄液検査を実施した。頭部CT検査において明確な異常は認められなかったが、上記髄液検査の結果は、髄液圧が450ミリメートル水柱と亢進し、髄液細胞数が1055/3と増多であって(単核球と多核球の比が9対1と単核球優位)、糖減少等が認められた。

△医師は、同年2月7日、△に対し、再度腰椎穿刺による髄液検査を実施した。この髄液検査の結果は、髄液圧が245ミリメートル水柱と亢進し、髄液細胞数が530/3と多く(単核球と多核球の比が1.9対1と単核球優位)、糖減少等が認められた。そして、髄液につき結核菌の塗沫検査を実施したが、陰性の結果が得られた。△医師は、Aの疾患がいかなるものか確定診断できないと判断し、化膿性髄膜炎、結核性髄膜炎、ウイルス性髄膜炎、インフルエンザ等その他感染症を念頭におき、経過観察とした。

Aの発熱が同年2月11日に至るも継続していた(頭痛も軽度ながら継続していた。)ため、△医師は、抗生物質であるケイテンの投与を開始した。

同年2月12日ころからAの頭痛や吐き気などの訴えはなくなったものの、Aにおいて、倦怠感が強くなり、同年2月13日には傾眠がちで、排尿時、歩行時のふらつき、見当識障害が認められた。そして、△医師は、同日γーグロブリンの投与を開始し、同年2月14日、Aに対し第3回目の髄液検査を実施した。この髄液検査の結果は髄液圧が475ミリメートル水柱と亢進し、髄液細胞数が増多し、単核球優位はなく、蛋白増多、糖量増多が認められた。これに対し、△医師は、頭蓋内圧降下剤であるグリセオールを増量して投与した。

△医師は、同年2月15日朝、Aに対し、頭部CT検査を実施したが、側脳室、第三脳室、第四脳室の顕著な拡大が認められた。

Aは、同日午後5時30分ころ、全身けいれん、意識消失、呼吸不全を起こした。△医師は、全身冷却、人工呼吸(気管内挿管)等の救急措置及び抗けいれん剤であるセルシンの投与を行い、従前より使用していた頭蓋内圧降下剤であるグリセオールに加え、頭蓋内圧降下剤(デカドロン、ソルコーテフ)、抗ウイルス剤(アラセナA)の使用を開始した。Aは、同日午後11時50分ころ、けいれん発作を起こした。

同年2月16日朝方、Aに自発呼吸が認められ、けいれんも収まり、意識も回復した。△医師は、同日午前10時20分ころ、Aの気管内挿管を抜管した。この時点のAの意識状態は傾眠状態で簡単な指示には従う程度であった。△医師は、頭蓋内圧亢進の治療目的で髄液を排除するため、髄液の排出の速さを2時間当たり40ミリリットル以内、1日200ミリリットル以内とすると判断した上で、排出口を5センチの高さとして同日午後零時ころから腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを始めた。

そして△医師は、Aに対し第4回目の髄液検査を実施したが、この髄液検査の結果として髄液細胞数が増多し、単核球優位はなく、蛋白増多、糖量減少との検査所見が認められた。これに対し、△医師は、頭蓋内圧降下剤であるマンニゲンを点滴静注し、同日午後3時50分ころ抗細菌剤であるアミカマイシンを髄腔内に投与した。

△医師は、上記髄液持続ドレナージにより同日午後零時ころから同年2月17日午前2時ころまでに髄液170ミリリットル、同日午前2時ころから同日午前6時30分ころまでに髄液50ミリリットルを排出させ、排出口の高さを同年2月16日午後8時ころ9センチに固定し、同年2月17日午前4時ころ9センチから11センチに2センチ高くした。

同年2月17日午前6時30分ころ、Aの呼吸状態、全身状態が急激に悪化した。そこで、△医師は、同日午前6時35分、Aに対し気管内挿管し、心臓マッサージを行った。なお、△医師は、同年2月18日午前8時ころまでAに対し腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを継続したが、同年2月17日午前6時35分ころから同日午後零時まで髄液の排出はなかった。△医師は、同年2月17日、Aに対し第5回目の髄液検査を実施したが、この髄液検査の結果は、髄液細胞数は減少して、単核球優位はなく、蛋白増多、糖量増多が認められた。これに対し、△医師はγ―グロブリン、抗ウイルス剤、抗生物質の投与を継続した上、抗結核剤であるINAH等の投与を開始した。

Aは、同年2月18日以降、その発熱は治まり始めたが、血圧は低下し、昏睡状態となって、中枢性尿崩症を併発し、結局、脳死状態となり、同年2月24日、T大学病院に転院し、同年2月28日午後11時30分ころ死亡した。

T大学病院で行われた病理解剖の結果、Aにヒト型結核菌が検出され、特に前頭葉、頭蓋底に認められた(Aは結核性髄膜炎に罹患していた)が、Aの脳は解剖時に既に融解していたため、解剖所見によっても、Aの水頭症が交通性水頭症だったのか、非交通性水頭症であったのか、大後頭孔ヘルニアが生じていたのかは、いずれも明らかとされなかった。

そこでAの両親である◇らは、△医師に対し、Aの死亡は△医師の診療上の過失に起因するものであるとして、損害賠償を求めた。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
両親合計1億6014万0182円
(内訳:逸失利益7987万4368円+入院慰謝料300万円+死亡慰謝料3000万円+両親固有の慰謝料2名合計3000万円+葬儀費用150万円+弁護士費用1576万5816円。相続人複数につき端数不一致)
(裁判所の認容額):
両親合計6247万円
(内訳:逸失利益3667万円+死亡慰謝料1800万円+葬儀費用80万円+両親固有の慰謝料2名合計200万円+弁護士費用500万円)

(裁判所の判断)

1 患者の死因

この点につき、裁判所は、患者が脳浮腫を起こしているなど頭蓋内圧が亢進している場合には大後頭孔ヘルニアを起こしやすいところ、Aは脳浮腫を起こし、頭蓋内圧が亢進している。そして、腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを行っている際に髄液の排出が突然止まったときには大後頭孔ヘルニアを起こしている蓋然性が高いところ、平成7年2月16日午後零時ころから始めた腰椎穿刺による髄液持続ドレナージにより同年2月17日午前2時までに髄液170ミリリットル、同日午前2時から同日午前6時30分ころまでに髄液50ミリリットルを排出させていたのに、呼吸状態、全身状態が急激に大きく悪化した同日午前6時30分ころから同日午後零時まで髄液の排出がない。また、原資料である頭部CT写真が証拠として提出されていないものの、死亡診断書の「初診時の症状」欄に頭部CT上脳ヘルニアの状態であった旨の記載がある。そして、同年2月17日には抗結核剤の投与が既に開始され、Aの発熱は治まり始めており、結核性髄膜炎については何らかの治療効果が現れているのに、Aの症状はほとんど改善していない。従って、他にAの呼吸状態・全身状態が急激に悪化する原因が認められない限り、同日午前6時30分ころのAの全身状態の急激な悪化は大後頭孔ヘルニアにより生じたものと認めるのが相当であると判示しました。

2 腰痛穿刺による髄液持続ドレナージを施行した過失の有無

この点につき、裁判所は、△医師においては、同年2月16日午後零時の時点で、Aの頭蓋内圧の亢進は非交通性水頭症が原因である可能性があると診断するべきであったと認定しました。

そして、仮にAが非交通性水頭症であるとすると、腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを行えば後頭蓋窩の圧が急に下降し、大後頭孔ヘルニア等を起こすといった結果が生じるおそれがあり、仮に大後頭孔ヘルニアが生じてこれが進行した場合には脳の損傷が不可逆的となっているため、救命は困難な上、たとえ救命できても神経脱落症状を遺すことになり、この結果が極めて重大なものであることに照らし、Aに対する腰椎穿刺による髄液持続ドレナージがその生命に対する高度の危険を伴う治療方法であることは明らかであると判示しました。

したがって、△医師は、このような高度な危険性を有する治療方法を選択するに当たり、この治療法の危険性を考慮して、他にこの治療方法の危険性よりも低い危険性を伴う治療方法を選択できるかを判断し、他の治療方法がない場合に限り腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを選択するべきであると判断しました。

そして、本件の髄液持続ドレナージの実施の時点で非交通性水頭症である可能性を否定できなかった以上、△医師が実際に行った18時間で200ミリリットル以上の髄液を排出させるような態様の腰椎穿刺による髄液持続ドレナージの危険性は、髄液排出の他の治療方法である脳室ドレナージの危険性よりも明らかに高いものであったというべきであると判示しました。

したがって、本件においては△医師が行った態様の腰椎穿刺による髄液持続ドレナージよりも明らかに危険性の低い治療方法である脳室ドレナージを選択することが可能であったのであるから、△医師はこの判断を誤り脳室ドレナージよりも髄液持続ドレナージの方が危険性が低いと判断してAに対する治療として前記態様の腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを選択している以上、同年2月16日の時点でAに対する治療として△医師には過失があったと認定しました。

以上によれば、△医師は、Aの水頭症が非交通性水頭症である可能性も否定できなかったにもかかわらず、安易に交通性水頭症であると断定し、非交通性水頭症であれば大後頭孔ヘルニアを惹起する危険性のある腰椎穿刺による髄液持続ドレナージを施行し、その結果、Aに大後頭孔ヘルニアを惹起させてAに呼吸困難を生じさせ、結局、そのまま死亡させたことになるから、△医師には不法行為としてAに死亡による損害を賠償する責任があると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年6月 9日
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