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No.480「国立病院で、患者の血液検査結果を見落として、血友病に気づかず腰椎穿刺した結果、患者の両下肢に弛緩性対麻痺が生じた。病院医師らの過失を認めた地裁判決」

山口地方裁判所下関支部 平成6年1月24日判決 判例タイムズ844号220頁

(争点)

  1. 腰椎穿刺と弛緩性対麻痺との因果関係
  2. 血液検査結果の異常数値を見落として腰椎穿刺を実施した医師の過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(本件当時生後8ヶ月の男児)は、昭和63年2月11日、◇の姉(4歳)が投げた玩具の消防車が顔面にあたったところ、翌12日に前額部が腫脹し、翌13日から眼瞼に斑状出血を生じた。

同年2月15日、◇は前額部の腫脹、眼瞼の斑状出血について、△が経営する国立△病院(以下、△病院という)小児科で、O医師の診察を受けた。O医師は、出血傾向検査をするために◇から採血した後、翌日来院するように指示して◇を帰宅させた。

そして、O医師は、採取した血液を◇病院研究検査科の検査に付した。この検査結果によれば、◇の活性部分トロンボプラスチン時間が通常は40sec以下であるところ、89.5secと異常値を示していた。

翌16日午前、◇は、△病院でO医師の診察を受け、O医師は、◇の母親に対して、同月18日に再受診するよう指示した。

◇は、同月18日午前、△病院でO医師の診察を受けたところ、O医師は、◇の体温が38度3分であったことから、感染症を考えて、抗生物質と解熱剤を投与した。

◇は、同月20日、△病院でK医師の診察を受けたところ、K医師は、◇の症状(発熱と項部強直)から化膿性髄膜炎を疑った。そこで、K医師は、髄液検査をするために腰椎穿刺を実施することにして、◇の母親に対し、家族に血のとまりにくい人がいないかを尋ねたところ、◇の母親は、いない旨答えた。

そして、K医師及びO医師は腰椎穿刺を実施して髄液を採取し、◇は△病院に入院した。

翌21日朝、◇に、両下肢の弛緩性対麻痺(下肢の弛緩性麻痺、下肢の知覚障害、膀胱直腸障害)が生じた(以下、「本件事故」という。)。

◇は、同年3月8日、Y大学医学部付属病院小児科に転入院し、同月10日、◇は血友病A(内因系因子の第8因子が欠乏しているもの)に罹患していることが判明し、同月13日、両下肢の弛緩性麻痺は、脊椎レベル(第12胸椎、第1―5腰椎)で脊椎を取り囲む形で生じた血腫が脊髄神経を圧迫したことに因ることが明らかとなった。

そこで、◇は、△に対し、△が雇用する医師らが、◇が血友病であることに気づかないまま腰椎穿刺を実施して髄液を採取した結果、◇の両下肢に弛緩性対麻痺が生じたとして、債務不履行ないし不法行為に基づき、損害の賠償を求めた。

(損害賠償請求)

請求額:
1億2213万2564円
(内訳:逸失利益3435万7774円+将来の介護費用6177万4790円+慰謝料2000万円+弁護士費用600万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
5669万5294円
 (内訳:逸失利益1717万7749円+将来の介護費用1851万7545円+慰謝料1800万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

1 腰椎穿刺と弛緩性対麻痺との因果関係

この点につき、裁判所は、◇の弛緩性対麻痺の原因は、脊椎周囲の血腫であるところ、上記麻痺は、腰椎穿刺の翌朝から生じており、他に上記血腫の原因は証拠上窺えないことによれば、上記血腫は、腰椎穿刺により髄腔内もしくは髄膜周辺の血管が傷ついて出血し、これが止まらずに血塊を形成したことにより生じたと認定しました。

2 血液検査結果の異常数値を見落として腰椎穿刺を実施した医師の過失の有無

この点につき、裁判所は、昭和63年2月15日の出血傾向検査の結果が翌日には出ており、異常値を示していたこと、この検査の結果票はカルテに挟まれていて、О医師及びK医師は、遅くとも同月18日までにはこの異常数値を確認することが可能であり、それを知れば、同月20日までには、凝固因子のどの因子が欠乏しているかを確認するための検査ができ、腰椎穿刺を実施する際に欠乏している因子を補うことが可能であったこと、出血傾向のある患者に腰椎穿刺をしなければならないときは、凝固因子を入れながら行うのが相当であること、О医師及びK医師は、◇の血液検査結果票中の活性部分トロンボプラスチン時間の異常数値を見落としてそれに続く検査をしないまま、腰椎穿刺を実施したことを認定しました。

そして、上記事実によれば、О医師及びK医師には、◇の血液検査の結果の異常数値を確認し、それに基づく検査を続行すべき注意義務があったというべきであるところ、О医師及びK医師は、軽率にも上記検査結果を見落としてしまい、これがため、以後の検査を実施せず、血友病Aを発見し得ずして、それがため、凝固因子を補充しないまま、腰椎穿刺を実施したのであるから、両名に過失があったことは明らかであると判示しました。

病院側は、過失の存在を争いましたが、裁判所は、医師は初診時の患者の症状から出血傾向の可能性を疑って血液検査に付することとしたのであり、その検査結果は「検査結果票」を見ることによって容易に知り得たのであるから、医師が上記結果の確認義務を負うべきことは明白であり、また、医師が化膿性髄膜炎を疑って、腰椎穿刺による髄液採取を決めたこと自体は相当であるとしても、その前にカルテに挟まれた血液検査結果票によって検査結果内容を確認すべき義務を負うべきことも明らかであると判示して、病院側の主張を採用しませんでした。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年6月 9日
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