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No.479「手術後に患者が敗血症(小腸絞扼性イレウスを発症して穿孔し、汎発性化膿性腹膜炎に罹患したことによる)で死亡。医師に、患者の絞扼性イレウスを疑うべきであったのに看過した過失を認めた地裁判決。」

福岡地方裁判所久留米支部 平成27年9月4日判決 第一法規法情報総合データベース

(争点)

  1. 絞扼性イレウスの発症時期
  2. 医師の過失の有無
  3. 医師の過失と患者死亡との間の因果関係の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡時63歳・英語塾経営の女性)は、平成21年4月6日午前9時頃から急に腹部全体の自発痛を自覚し、嘔吐の症状があったため、N内科消化器クリニックを受診し、ペンタジン(鎮痛剤)を点滴されて経過観察を受けたが、腹痛の改善はなく、痛みのために検査も困難であったため、同クリニックの紹介により、午後1時35分頃、△社会医療法人の経営する△病院(地域の中枢を標榜する救急指定病院であり、I地域の中小医療機関から救急患者を積極的に受け入れる「地域医療支援病院」として県知事に承認されている。)救急部を受診し、△病院消化器内科の医長である△医師の診察を受けた。問診の際、Aは△医師に対し、上記症状が急に出現したこと、排便(軟便)はあったこと、頻回の嘔吐があったこと、市販薬を服用したが、全て吐いたこと、とにかく腹部全体が痛いこと、消費期限が1週間過ぎたさつま揚げを食べたこと等を伝えた。また、Aは、過去に子宮筋腫及び内膜症にてS字結腸切除術歴があることも△医師に伝えた。

医師は、午後1時45分頃から47分頃までの間、Aへのレペタン(鎮痛薬)皮下注射等を行うとともに、血液検査、肝脂腎検査、胸腹部X線、上下腹部単純及び造影CT撮影、上下腹部超音波検査、心電図検査を指示した。

血液検査結果は、白血球が14050であり、胸腹部X線検査結果は、「胸部Xp;特記すべき異常所見なし」、「腹部Xp;腸腰筋陰影異常なし、異常ガス像認めず」、「腹部造影CT撮影結果は、「胃壁、小腸壁肥厚あり。少量の腹水あり」であった。

また、超音波検査結果は、SMA(上腸管膜動脈)の分岐部では血流を認めるが、末梢側はガス像にて観察不明瞭であり、腸管に明らかな拡張や壁肥厚は認めず、モリソン窩に腹水を少量認めるというものであった。

医師は、午後3時15分頃、Aに対し、急性胃腸炎と診断した上、症状が強いため、Aを同院に入院させ、保存的治療を開始した。

午後4時頃、Aに強い腹痛、嘔気、嘔吐(唾液様嘔吐や空吐き)がみられ、血圧も来院時より相当低下し、顔面苦痛の表情が強く、ふらついて歩行も困難であった。△医師は、プリンペラン(消化機能改善薬)の静注及びアンヒバ(解熱鎮痛剤)の挿肛を指示した。Aは、午後5時30分頃、午後8時頃、午後9時30分頃、いずれも、吐気や腹痛の継続を訴え、午後9時30分頃、プリンペラン1Aが静注された。

4月7日もAは腹痛を訴えた。△医師は、午前11時7分頃、「#感染性腸炎#麻痺性イレウス」、「データ上はウイルス性感染性腸炎によるサブイレウスの状態。補液量増量も考慮する。吐き気強ければ、胃管挿入」とカルテに記載し、午前11時54分頃に腹部Xp写真撮影を行い、午後0時5分頃には、「腹部Xpにて小腸ガス像あり」、「麻痺性イレウスに矛盾しない」と判断した。

医師(△病院内科の医師)は、4月8日午前2時前後頃、看護師からAの血圧低下に関する連絡を受けた。Aの心拍数は130台であり、△医師は当直医としてAへの心エコー(簡易エコー)を実施した。△医師は、午前2時25分頃、カルテに「イレウスに伴う脱水による所見に矛盾しない」などと記載した。

Aは、午前7時頃、血圧が60/42mmhgと更に低下し、腹痛の増強もあり、倦怠感が著明であった。△医師は、午前7時50分頃、Aへの血液検査及び上下腹部の単純・造影CT撮影を行った。

Aは、血液検査の結果、白血球が290、血小板が38000と著明な低下が認められ、意識朦朧状態で収縮期血圧が60台、心拍数が130台であり、△医師は、その経過から敗血症性ショックと診断した。また、SIRS(全身性炎症症候群)を呈していたため、△医師は、カテコラミンの投与を開始し、PMX(ポリミキシンB固定化ファイバー)の導入や人工呼吸器官理等、集学的治療を開始した。△医師は、午前8時20分に上記CT画像を確認した際には、フリーエアの存在を見落とした。

その後、△医師は、上記CT画像を再度見直し、フリーエアの多発及び骨盤腔内の小腸の造影不良像を認め、小腸絞扼に伴う消化管穿孔、急性汎発性腹膜炎を疑うに至った。

医師は、即座に外科的手術をすれば、Aの状態が急変して死亡に至る可能性が高いと判断し、エンドトキシン吸着療法を先行させることとした。

医師は、午前11時50分頃以降、△医師の指示の下、エンドトキシン吸着療法を行った。

医師(△病院消化器外科医師)は、午後5時50分頃より、Aの小腸切除術(急性汎発性腹膜炎手術)を緊急手術として行った。△医師は、Aの腹腔内に大量の脱水を認め、トライツ靱帯より約1メートル30センチ程度肛門側の小腸に約20センチメートルの絞扼壊死所見を認めたため、同部の部分切除及び腹腔内洗浄を行った。Aは明らかに全身性炎症症候群の状態であり、成人呼吸急迫症候群を合併していた。

4月18日(手術後10日目)早朝より、Aの全身状態の維持が困難となり、◇(Aの夫)の了承の下、持続的血液ろ過透析を離脱し、Aは同日午後0時35分に死亡した。

そこで、◇は、△医師、△医師及び△医師が共謀の上、故意にAを死亡させたと主張して、△、△医師、△医師及び△医師(以下、あわせて△らという)に対して損害賠償を求め、◇以外のAの相続人(Aの相続人の相続人を含む)の一部である参加人2名(Aの姉の子及びAの弟)は、△医師、△医師及び△医師が過失によりAを死亡させたと主張して△らに対して損害賠償を請求した。

法定相続分は◇が4分の3、参加人はそれぞれ10分の1であるが、◇は遺産分割によりAの有する損害賠償請求権を全て取得したと主張し、参加人らは、遺産分割協議当時、本件損害賠償請求権は顕在化していなかったから、法定相続分に基づいて分割されると主張した。なお、◇と参加人ら以外にもAの法定相続人がいるので、4分の3、10分の1、10分の1を合計しても「1」にはならない。

*判決における医学的知見要旨

小腸絞扼性イレウスは、機械的イレウスのうち複雑性イレウスに位置づけられ、小腸が絞扼することによって、通過障害が機械的に生じうるものである。絞扼性イレウスは、血行障害、腸管壊死、穿孔、ショックの不可逆的経過を急激にたどり、時間の経過とともに致死率は高まる。壊死腸管の穿孔後は、体内毒流によるエンドトキシンショックにより急速に予後が悪化する。救命のためには、開腹して腸管壊死部を除去する外科措置が必要かつ唯一の方法であり、発症から約6時間ないし12時間の開腹が予後のために特に重要である。

小腸絞扼性イレウスの初期の特徴的症状として、腹部の急激かつ持続的な激痛、嘔吐、排便や排ガスの停止が挙げられる。また、絞扼性イレウスの多くは、既往の炎症や開腹手術によって生じた腹腔内の索状物等により腸管及び腸間膜が絞扼されて生じ、既往開腹手術歴のある患者に顕著に起こる。

上記特徴的症状や既往開腹手術歴を早期に把握することが早期診断の上で重要であり、これらがあれば小腸絞扼性イレウスを疑うべきである。

(損害賠償請求)

患者遺族のうち、◇の請求額:6880万1932円
(内訳:逸失利益2134万6781円+葬儀費用100万円+休業損害8万8539円+治療費11万1891円+Aの慰謝料3500万円+原告固有の慰謝料500万円+弁護士費用625万4721円)

患者遺族のうち参加人2名の請求額:参加人2名合計1156万0386円
(内訳:逸失利益2134万6781円+葬儀費用100万円+休業損害8万8539円+治療費11万1891円+慰謝料3000万円の合計額の10分の2+弁護士費用2名合計105万0944円。相続人複数につき端数不一致)

(裁判所の認容額)

が連帯して◇に払う金額:3603万0113円
(内訳:逸失利益1822万7642円+治療費11万1891円+死亡慰謝料2400万円の合計4233万9533円(Aの損害)の4分の3相当額+葬儀費用100万円+弁護士費用327万5464円)

が連帯して参加人2名に払う金額:(2名合計)931万4696円
(内訳:上記Aの損害合計額(4233万9533万円)の10分の2相当額+弁護士費用84万6790円)

が△と連帯して原告に払う金額:375万
(内訳:Aが死亡日においてなお生存していた相当程度の可能性を侵害したこと対する慰謝料500万円の4分の3相当額)

が△と連帯して参加人2名に払う金額:(2名合計)100万円
(内訳:Aが死亡日においてなお生存していた相当程度の可能性を侵害したこと対する慰謝料500万円の10分の2相当額)

(裁判所の判断)

1 絞扼性イレウスの発症時期

この点につき、裁判所は、△医師作成の死亡診断書に、死亡の約13日前(4月6日頃)に小腸絞扼性イレウスを発症し、死亡の約12日前(同月7日頃)に穿孔、汎発性化膿性腹膜炎に罹り、これにより同月8日早朝頃に敗血症となったと記載されていることからすると、同医師は小腸絞扼性イレウスの発症時期を、4月6日頃と考えていたといえる旨指摘しました。

そして、小腸絞扼性イレウスの初期の特徴的症状とAの4月6日の症状や同日午後1時47分頃に実施された諸検査の結果(白血球は14050と多く、腹部造影CT撮影では胃壁、小腸壁の肥厚が認められ、少量の腹水あり、超音波検査では、SMAの分岐部では血流があるが、末梢側はガス像にて観察不明瞭)からすれば、諸検査の行われた午後1時47分頃までには絞扼性イレウスに罹患していたと認定しました。

2 医師の過失の有無
(1)

この点につき、裁判所は、問診や腹部造影CT画像等の検査結果を通じて、Aには絞扼性イレウスに特徴的か、これに沿う症状が複数認められたこと、絞扼性イレウスは既往開腹手術歴のある患者に顕著に起こるところ、△医師は、Aが子宮筋腫、内膜症にてS状結腸切除の手術歴を有することも認識していたこと等に照らすと、当時、消化器内科医長医師であった△医師は、遅くとも4月6日午後2時4分頃までにはAが絞扼性イレウスである疑いが強いことを認識し得、これを疑うべき注意義務があったというべきであるが、これを看過した過失があると判断しました。

(2)

更に、裁判所は△医師は、4月8日午前2時前後頃、看護師よりAの血圧低下に関する連絡を受け、当直医としてその診療に当たり、Aへの心エコー(簡易エコー)を 実施するなどしたものであるが、同時点におけるAの所見の他、同時点頃までのカルテの記載内容や実施済みの諸検査結果等の従前の診療経過からうかがわれるAの症状や既往、△医師の△病院消化器内科医師という属性に鑑みると、△医師は、Aが絞扼性イレウスを発症していることを積極的に疑うべきであったと認められると判示しました。しかるに、絞扼性イレウスの可能性を疑ったり、その疑いに基づいて主治医である△医師ら他の医師に相談し、あるいは開腹手術のための手配を行うなどの必要な措置を講じたりすることなく、単に「イレウスに伴う脱水による所見に矛盾しない」として午前7時50分頃に△医師が来棟するまで漫然と経過観察を続けたものであるから、△医師にも絞扼性イレウスへの移行を念頭においたAの経過観察を怠り、漫然と放置した過失を認定しました。

なお、◇は、医師らが共謀して、故意にAを放置して死に至らしめた等の主張もしましたが、裁判所は故意や共謀を認めませんでした。

3 医師の過失と患者死亡との間の因果関係の有無
(1)△医師について

裁判所は、Aは4月6日午前9時頃から腹部全体の自発痛を自覚し、嘔吐の症状があったこと、絞扼性イレウスからの救命のためには、発症から約6時間ないし12時間の開腹が予後のために特に重要であること、絞扼性イレウスで入院加療した患者の死亡率は7.4パーセントであることからすると、同日午後2時4分頃、△医師が、Aが絞扼性イレウスである疑いが強いことを認識し、速やかに開腹して腸管壊死部を除去する外科措置を講じていれば、Aを救命することができた高度の蓋然性があるということができ、△医師の過失とAの死亡との因果関係を認めました。

(2)△医師について

裁判所は、△医師が当直医としてAの診察に当たった4月8日午前2時前後頃の時点では、Aの絞扼性イレウスの発症からは既に少なくとも36時間以上が経過していたことに加え、死亡診断書上は、同月7日頃には、Aが穿孔し、汎発性化膿性腹膜炎に罹り、これにより同月8日早朝頃に敗血症となった旨記載されていることにも照らすと、4月8日午前2時前後頃の時点では、Aの救命は既に手遅れであった可能性が否定し難いとして、△医師の過失がなければAを救命することができたといえるほどの高度の蓋然性は認められないと判示して、△医師の過失とAの死亡との因果関係は否定しました。

ただし、同月8日午前2時前後頃に、△医師が、Aが絞扼性イレウスを発症していることを疑い、その疑いに基づいて主治医である△医師ら他の医師に相談し、あるいは開腹手術のための手配を行うなどの必要な措置を講じ、速やかに開腹して腸管壊死部を除去する外科措置が講じられていれば、少なくとも本件のような経過をたどって症状が急激に悪化することはなく、Aがその死亡日である4月18日の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められるというべきであるから、△医師は、その相当程度の可能性を侵害したことに対する慰謝料を支払うべきであると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年5月10日
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