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No.477「エコーガイド下での経皮的肝生検を受けた患者が、肺の誤穿刺により生じた脳の空気塞栓症を原因として高次脳機能障害、左片麻痺の後遺障害を負う。医師の注意義務違反を認めた地裁判決」

東京地方裁判所 令和2年1月23日判決 医療判例解説86号129頁

(争点)

  1. 肺の誤穿刺の原因
  2. 医師の注意義務違反の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

(本件肝生検時61歳の女性。平成27年6月28日の健康診断時点で身長142.1cm、体重98.9Kg、BMIが48.9の極度の肥満)は、平成27年6月28日、健康診断を受け、脂肪肝高度の指摘を受けたほか、胃体部後壁隆起性所見の指摘を受けた。

そのため、同年9月12日、糖尿病のかかりつけ医であったW内科医院を受診し、上部消化管内視鏡検査を受けたところ、胃体上部の小彎後壁寄りに胃静脈瘤様の血管性隆起様粘膜下腫瘤が確認されたことから、その精査加療の目的で△学校法人が開設、運営する△病院の紹介を受けた。

は、平成27年10月2日、△病院を受診し、同月9日、腹部CT検査を受けたところ、胃の噴門部直下に胃腎シャントを伴う胃静脈瘤が認められるなどし、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)、肝硬変の疑いがあると診断された。そして、同月16日、◇に対する肝硬度検査(以下「本件肝硬度検査」という。)が実施されたが、皮下脂肪層が約4cmに及んでいたため、肝硬度を測定することはできないまま、検査は中止された。

その後、◇は、平成27年11月25日に△病院に入院し、翌26日、上記胃静脈瘤に対するバルーン閉鎖下逆向性静脈瘤塞栓術(BRTO)を受け、同年12月8日、退院した。なお、同月14日に行われた血液検査の結果、肝臓の線維化マーカーとされるヒアルロン酸及びIV型コラーゲンについて、いずれも基準値を超える数値が検出された。

は、平成28年1月12日、肝臓の病態を把握するための肝生検を受ける目的で△病院に入院した。

その上で、1月12日午前11時頃から、◇に対し、△病院総合内科に所属するA医師によるエコーガイド下での経皮的肝生検(本件肝生検)が開始され、5回の穿刺が実施された上で、同日午前11時30分過ぎ頃に終了した。

本件肝生検では、B臨床検査技師が腹部エコーを実施し、C看護師が、A医師の補助をするとともに、本件肝生検の経過を「肝生検・PEIT・RFA施行中観察表」(以下「本件観察表」という。)にまとめた。

なお、本件肝生検において採取された組織の病理組織診断の結果、同組織に肺実質が認められた一方、肝実質は同定されなかった。

本件肝生検が終了したことから、◇の体位を左半身を下にした半側臥位から仰臥位に戻そうとしたところ、「咳が出る。苦しい。」と言って2回程咳をし、急激に意識を喪失した。その原因を検索するために行われた頭部CT検査の結果、右半球に広範な空気塞栓を疑わせる所見が認められた。

A医師は、1月14日、◇(◇の夫)らに対し、◇の急変の原因について、肝臓と肺が近接した場所にあることから、本件肝生検の穿刺により肺に針が刺さって肺胞を傷つけた可能性が考えられ、上記病理組織診断の結果もあり、肺組織損傷による空気塞栓を生じたものとみられる旨説明した。

は、本件肝生検後12月26日まで△病院に入院し、治療及びリハビリを受けた。同日、△病院の医師により、◇につき、右脳梗塞(空気塞栓症)による左片麻痺と感覚障害が残存し、左上肢は一部支持手、左下肢は跛行にて杖歩行の状態で、麻痺症状は固定した旨の診断がされた。

退院後も、◇は、△病院に通院してA医師の診察や検査を受けるほか、リハビリ施設においてリハビリを受けている。介護保険における◇の介護度は要介護2である。◇の状態について、△病院においては、高次脳機能障害を認めているほか、左上肢が痙性麻痺により拘縮して機能が全廃の状況、左下肢の麻痺は軽度で不十分ではあるが自ら動かすことができ、屋内移動はT字杖で歩行自立、屋外移動は車いすを利用し、更衣及び入浴には介助が必要で、家事全般についても介助が必要であるなどと認識している。

そこで、◇ら(◇及び夫と子ら)は、△に対し、◇の後遺障害について、A医師には肝生検における注意義務違反がある旨主張し、◇においては不法行為又は債務不履行に基づき、その余の原告らにおいては不法行為に基づき、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

原告ら合計の請求額:
2億2260万4648円
(内訳:患者◇につき、入院費114万5192円+入院慰謝料413万0533円+入院雑費51万9000円+付添看護費227万5000円+付添交通費10万5700円+休業損害356万6454円+後遺障害慰謝料2800万円+逸失利益3724万1503円+将来医療費301万2333円+将来通院交通費2万7515円+将来リハビリ費753万3459円+将来介護費8022万5336円+将来雑費802万2534円+将来補装具等費用328万2897円+将来家屋改造費225万8636円+将来自動車調達費1396万1506円+医療記録開示費用6万0264円+弁護士費用1953万6786円
夫につき近親者固有の慰謝料500万円+弁護士費用50万円
子2名につき近親者固有の慰謝料各100万円+弁護士費用各10万円)

(裁判所の認容額)

原告ら合計の認容額:
1億3019万0425円
(内訳:患者◇につき、入院費114万5192円+入院慰謝料318万円+入院雑費51万9000円+付添看護費224万9000円+付添交通費10万4492円+休業損害297万5031円+後遺障害慰謝料2200万円+逸失利益2948万0874円+将来医療費274万1554円+将来通院交通費2万7336円+将来リハビリ費690万4888円+将来介護費4275万7560円+将来補装具等費用183万8074円+将来家屋改造費40万7160円+医療記録開示費用6万0264円+弁護士費用1160万円
夫につき慰謝料100万円+弁護士費用10万円、子2名につき慰謝料各50万円+弁護士費用各5万円)

(裁判所の判断)

1 肺の誤穿刺の原因

この点につき、裁判所は、エコーガイド下の肝生検は比較的安全とされており、肺穿刺は一般に肝生検の合併症には挙げられておらず、平成5年発行の文献で肺穿刺の確立を0.0014%とするものがある程度であることのほか、B臨床検査技師は、エコーガイド下の肝生検について、平均的な穿刺回数は2、3回で本件肝生検は通常より1、2回は穿刺回数が多く、時間も少し長めにかかった旨証言していること、5回にわたる本件肝生検において、結局、肝実質は全く採取できなかった上に、肺実質まで穿刺をしていること、そして◇が極度の肥満体型で、本件肝硬度検査は、その皮下脂肪の厚さのために中止されたことなどの事情も考慮すれば、本件肝生検におけるエコー画像では、◇の肝臓そのほかの臓器が十分に描出、確認できる状態ではなく、そのために、肺を誤穿刺することになった認定しました。

2 医師の注意義務違反の有無

この点につき、裁判所は、A医師は、本件肝生検におけるエコー画像では、◇の肝臓その他の臓器を十分に描出、確認できる状態ではなかったにもかかわらず、穿刺を繰り返したものと認定しました。

そして、医学的知見や本件肝生検に至る経緯に照らし、このような状態で本件肝生検をあえて強行したことを正当化する事情を認めることはできないというべきであり、A医師による本件肝生検には、◇の肝臓の位置が適切に確認できないにもかかわらず強行した注意義務違反があったと認められると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年4月 7日
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