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No.476「胃内視鏡検査の前処置として注射を受けた患者がアナフィラキシーショックで死亡。医師の問診、観察義務違反及び説明義務違反を認めた地裁判決」

福岡地方裁判所小倉支部 平成15年1月9日判決 判例タイムズ1166号198頁

(争点)

胃内視鏡検査における問診、観察義務違反及び説明義務違反の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡当時23歳の会社員女性)は、平成10年1月16日、食後に心窩部痛、腹痛があるとの訴えで、△社会福祉法人が開設する△病院の内科を受診し、内科医長のK医師の診察を受けた。同日、Aの血圧、脈拍、体重、体温が測定され、K医師の問診により、最終月経が1週間前に終了したこと、便通が1、2日に1回であること及び自覚症状(食後の心窩部痛、腹痛があること、吐き気、下痢、咳はいずれもないこと)を聞き、K医師の触診及び観察により、心窩部と下腹部に圧痛が認められ、腹部は平坦で軟らかく、腫瘤が触知されないこと、結膜には貧血や黄疸の異常が認められないこと、頚部にもリンパ節腫脹や甲状腺腫の異常が認められないこと、下肢に浮腫がないこと、を確認した。

K医師は、同日、急性ウイルス性胃腸炎の疑いと診断し、消化管運動改善剤であるドンぺリドン(商品名ナウゼリン)、H2受容体拮抗剤であるシメチジン(商品名タガメット)各4日分(いずれも内服薬)を処方した。

同年1月24日、Aは、前回処方された薬を服用したが症状は変わらない、発熱はない、との訴えで、△病院の内科を受診し、O医師の診察を受け、O医師は、同年1月28日に胃内視鏡検査を行うこととし、ナウゼリン及びタガメット各5日分を処方した。この日、Aは血圧、脈拍、体重が測定され、発熱はないことが確認された。また、血液検査(生化学、免疫血清学、血計)のための採血を受けた。

同年1月28日午前9時30分ころ、Aは△病院の内科に行き、胃内視鏡検査の前処置として、塩酸リドカインを含有する経口表面麻酔剤(商品名キシロカインビスカス)を嚥下し、抗不安剤であるジアゼパム注射液(商品名セルシン注射液)をブドウ糖液で希釈した液体の静脈内注射、及び鎮痙剤である臭化ブチルスコポラミンを含有する注射液(商品名ブスコパン注射液)の静脈内注射を受けたところ、その注射終了直後(内視鏡挿入前)に、頻脈、心室細動、呼吸停止等の症状を呈し、上記各薬剤の投与から約6時間後に死亡した。なお、上記前処置は、いずれもK医師の指示に基づいて看護師が行った。

そこで、Aの遺族である◇ら(Aの両親)が、△に対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

請求額:
8762万1934円
(内訳:逸失利益4766万3335円+死亡慰謝料3000万円+葬祭費等215万8600円+弁護士費用780万円。相続人複数につき、端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
6716万2946円
(内訳:逸失利益3986万2947円+死亡慰謝料2000万円+葬儀関係費用130万円+弁護士費用600万円。相続人複数につき、端数不一致)

(裁判所の判断)

胃内視鏡検査における問診、観察義務違反及び説明義務違反の有無

この点につき、裁判所は、まず、本件ではAの死因が胃内視鏡検査の前投薬であるキシロカイン、ブスコパン及びセルシンのうち1つ又は2つ以上の薬剤によるアナフィラキシーショックであると認められ、それ以上に起因薬剤の特定ができない事案であると判示しました。

次に、Aに対して行われる予定であった内視鏡的検査は、内視鏡による観察や診断のみを目的とした一般胃内視鏡検査であり、治療行為そのものや、内視鏡によるその他の医療行為との比較においては、一般的に、その実施の必要性や緊急性が必ずしも高くなく、そのうえ、本件のような前投薬は、検査そのものではなく、検査を迅速かつ適切に行うための前処置であって、その投与の必要性や緊急性は、より低いと判示しました。

また、胃内視鏡検査は、身体に対する襲撃を伴い、被検者に少なからぬ不安や精神的苦痛を与えるものであるばかりか、極めて低い確率であるが、前投薬によるショック等の重篤な副作用の発生や、内視鏡の挿入による出血、穿孔など、身体及び生命に対する重篤な障害を与える危険性すらあることが知られていると指摘しました。

以上に鑑みれば、医師は、胃内視鏡検査の実施の当否及び同検査を実施する場合の前投薬の適応の有無を判断するについては、必要不可欠な投薬治療や手術等の治療行為そのものを行う場合に比べ、より慎重に検討する必要があるというべきであり、医師は、被検者に対し、問診や観察、より安全な他の検査などを実施し、それらによって得られた情報に基づいて、胃内視鏡検査を実施する必要性・緊急性や前投薬を投与する目的・効果・必要性と、同検査の実施により予測される被検者の肉体的、精神的な苦痛の程度や同検査の実施や前投薬の投与により生じうる危険の内容・頻度などとを具体的に比較衡量し、そのうえで、胃内視鏡検査の実施の当否や各前投薬の適応の有無を判断する必要があるというべきである(問診、観察義務)と判示しました。

また、胃内視鏡検査の実施や前投薬の投与の必要性、緊急性が、治療行為そのものに比較して必ずしも高くないことや、発生する確率が極めて低いとはいえ、同検査の実施及び前投薬の投与により生命、身体に対する重篤な障害を与える危険性があることに鑑みれば、医師は、胃内視鏡検査を実施すべきであると判断した場合であっても、当該被検者に対し、上記のような医師の検討内容等を説明した上で、同検査を受けるか否か、及び、各前投薬の投与を受けるか否かについて、被検者自身に選択させる(同意を得る)必要があるというべきである(説明義務)と判示しました。

そして、裁判所は、K医師は、初診日から胃内視鏡検査を実施するまでの間に、各前投薬の禁忌症及び慎重投与疾患に該当するか否か、特にキシロカイン等の局所麻酔剤やブスコパン等の鎮痙剤に対し過敏症の既往症があるか否か、出血性大腸炎、心疾患、うっ血性心不全、不整脈、脳の気質的障害の罹患の有無のほか、本人や家族がアレルギー(気管支喘息、発疹、鼻炎等)を起こしやすい体質か否か等について、具体的な問診を行わなかったものと認められると指摘しました。また、胃内視鏡検査当日の健康状態については、「まだ治らないそうですね。薬は全部飲んだけど治らないのですね。」などと問いかけ、Aから胃の痛みが続いているとの回答を得たうえで、触診により、心窩部に圧痛があり、へそ周囲や初診時に認められた下腹部の圧痛がないこと、腫瘤を触知しないことを確認し、血液検査の結果を確認したものの、それ以外の当日の体調、すなわち咽頭痛、頭痛、激しい咳嗽、発熱、下痢、便秘、動悸、めまいの有無等について問診を行わなかったと認定しました。

そうすると、本件において、K医師は、胃内視鏡検査の実施の当否や前投薬の適応の有無を判断するために必要となる問診、観察義務を怠り、不十分な問診、観察の結果に基づいて胃内視鏡検査のための前投薬(キシロカイン、ブスコパン、セルシン)を漫然と投与したものであって、前投薬の適否を十分に検討しなかったために前投薬の適応についての判断を誤ったものということができる(なお、咳や便通については、初診日に問診がなされているところであるが、本件の検査は初診日から10日以上経過した後になされているから、検査当日の状況について再度確認すべきであり、発熱についても、変動が激しいものであるから、検査当日の状況を確認すべきであったというべきである。)と判断しました。

さらに、前投薬(キシロカイン、ブスコパン、セルシン)を投与するに際し、上記判示のような説明を何ら行わず、Aから何ら同意を得なかったこと、及びセルシンの投与についてAに選択の機会が与えられず、K医師の判断で投与されたことが認められるから、K医師は、上記説明義務をも怠ったものといわざるを得ないと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後、控訴されましたが、控訴後和解が成立し、訴訟は終了しました。

カテゴリ: 2023年4月 7日
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