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No.474「交通事故による骨折で入院後、患者の左足が壊死し切断。医師に血管損傷の存在を看過した過失があるとした地裁判決」

東京地方裁判所平成4年7月31日判決 判例タイムズ804号164頁

(争点)

  1. 左足壊死の原因
  2. 医師の過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

昭和55年3月6日、◇(事故当時16歳の男子高校生)は、無免許でオートバイを運転中にマンホールの上で転倒(以下、「本件事故」という。)し、左下腿末梢側1/5(足関節のすぐ上の部分)完全骨折等の傷害を負い、△医師が経営していた外科病院である△医院(以下「△医院」という。)に運び込まれ、そのまま入院となった。

△医師は、◇の左下腿及び左膝関節部にギブスシーネをあて、その上から包帯を巻いてベッドに横臥させた。その際、◇の左下腿全面に腫脹が強く認められた。

同月7日、△医師は、◇の骨折部位を切開し、骨折部を整復してプレートを挿入する手術(以下、「本件手術」という。)を行った上、◇の左下腿及び左膝関節部にギブスシーネをあてた。その際、△医師は、◇に対し、単なる骨折であり心配はいらない旨説明した。

同月8日、◇の左足踵部の疼痛が増悪し、この患部に水泡が発生したが、△医師は、これに対し、包帯を緩めたのみで格別の治療行為は行わなかった。

同月10日、◇の左足部分の腫脹が次第に増強していった。

同月11日、◇の左足部分がゴムまり状に膨張したため、K医師が◇の左足腫脹部前面の皮膚を長さ約10センチメートルにわたって減脹切開した。

△医師は、◇の左足の腫脹を血栓の形成によるものと判断して、血液循環をよくする低分子デキストランの点滴及び血栓除去の作用を持つウロナーゼの投与を開始した。

同月13日から15日にかけて、◇は、左足の激痛を訴えた。その間、◇の左足指が第一指から第五指の順で次第に萎縮していった。

同月16日、△医師は、◇に対し、血栓のため左足指先に血液が通わず、急性の壊死状態となったため、足指の末節骨先を切断する外ない旨説明した。

同月18日から19日にかけて、左足部の腫脹は引き始めたが、かぶれていた左足背部の皮膚が剥がれ出し、剥がれた後の肉色は黒ずんでいた。

同月20日、K医師から◇に対し、K医師の勤務するT病院へ転送して左足部を切断する旨の話があった。

同月22日、◇の左足趾部は完全に壊死状態となり、◇の父母らはK医師の了承を得て、◇を都立M病院(以下、「M病院」という。)に転院させることとした。

同月24日、◇はM病院に転院して検査を受けたところ、左足膝下15センチメートルの部位で切断するほかないとの診断であったため、同月26日、◇は、M病院において左足を切断する手術(以下、「左足切断手術」という。)を受けた。

◇は同年6月14日にM病院を退院し、以後、通院を継続して、同年8月19日に義足を装着した。

そこで、◇は、△医師(訴訟継続中に死亡し、相続人らが訴訟を承継した)に対し、療法選択上の過失、本件手術施行上の過失、経過観察上の過失があった等として、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
8271万1010円
(内訳:逸失利益6221万1010円+後遺症慰謝料1300万円+弁護士費用750万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
3712万5905円
(内訳:逸失利益3932万2723円+後遺症慰謝料900万円から過失相殺3割減額後3382万5906円+弁護士費用330万円。被告の相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

1 左足壊死の原因

この点について、裁判所は、まず、鑑定結果等からの認定事実に診療経過を合わせて考えれば、◇の左足が壊死するに至った直接の原因は、前脛骨動脈、後脛骨動脈の損傷及び腓骨動脈の圧迫によって足趾部への血流がなくなったことにあり、中でも前脛骨動脈及び後脛骨動脈の損傷が主たる原因であると考えられるところ、この両動脈の損傷がいつ生じたかについては、他に原因となり得る事実の存在が認められない以上、本件事故の際か又は本件手術の際に生じたかのいずれかであると解するほかないと判示しました。

そして、鑑定によれば、一般に、交通事故による外傷の場合には血管損傷が起きている可能性が高く、上記両動脈の損傷が本件事故の際に起きたと考えて特に不合理な点はないことが認められる一方、本件手術の際に△医師が上記両動脈を誤って損傷したことを窺わせる具体的な事情は存在していないのであるから、結局、本件では、上記両動脈の損傷は、本件事故の際に生じたものと推認するのが妥当であると判断しました。更に、それと同時に、◇の左足に腫脹が現れた時期及びその後壊死に至るまでの期間に鑑みれば、本件事故の際に両動脈の損傷が生じた時点では、上記両動脈の損傷は全面的なものではなく部分的なものであって、その後、損傷部位から徐々に血管外に出血が続くと共に、◇が左下肢を動かすことによって上記血管損傷の程度が進行し、解剖時にみられたような全面的損傷に移行したものと推認されると判示しました。

2 医師の過失の有無

この点について、裁判所は、鑑定によれば、一般に、交通事故等による骨折等の外傷の場合には、血管に損傷が存在する可能性に注意して治療を行う場合があり、このことは昭和55年当時においても医師の間で広く認識されていたこと、特に減脹切開を必要とするほど腫脹が強く出ている場合には血管損傷が存在している可能性が極めて高いこと及び血流の有無は足背部に手をあてること等により容易に認識し得ることの各事実が認められ、これらの事実に診療経過並びに血管損傷及び足部組織壊死についての一般的知見(前脛骨動脈及び後脛骨動脈は下腿部を流れる主要な動脈であること・一般に血管が全面的に損傷されて全く血流がなくなった場合には、筋肉組織は12時間から24時間程度で壊死にいたる可能性が高いこと)を合わせれば、本件において、◇の左足の治療にあたった△医師としては、常に左足部の腫脹の状況及び血流の有無・強弱に注意を払った上、遅くとも左足に腫脹が強く認められた同年3月10日の時点では血管損傷が存在する可能性を疑い、直ちに自ら動脈撮影の上血管縫合等の血管外科の措置を採るか、又は、そのような設備・技術を有する血管外科の専門医のところに転院させるべき注意義務を負っていたものということができると判示しました。

しかるに、診療経過によれば、△医師は、同月10日以前において◇の左足の血流の有無・強弱に注意を払うことを怠り、また、同月11日に減脹切開を行った際にも、血管損傷の可能性を考慮することなく、循環障害の原因をもっぱら血栓によるものと軽信して、動脈撮影及び適切な血管外科の措置をとる機会を逸したものと推認され、その結果、上記のように血管損傷の進行によって血流が阻害され、◇の左足が壊死するに至ったのであるから、△医師の上記行為には過失があるものといわざるを得ないと判示しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年3月10日
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