今回は、肺癌治療について病院側の過失が認められた裁判例を2件ご紹介します。
No.472の事案では、放射線治療による放射線脊髄症発症について病院側の過失が認められました。
その上で、損害について、裁判所は、放射線治療による癌の完治率は2割程度であり、適切な照射方法を採用した場合に、癌の再発の可能性がないとはいえないこと、たとえ、脊髄への耐容線量を超えた時点で斜方向からの照射方法を行い、かつ、照射量を肺の耐容線量以下に抑えたとしても、放射性肺炎等の障害が発症する可能性も残されていること等から、Aが完治して通常の生活を営むことができることを前提に損害額を算定するのは、かえって公平を失するものと考えられるとして、慰謝料、逸失利益、介護費用及び雑費の損害については、合計額の7割に相当する額をもって、本件放射線治療と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であると判断しました。
No.473の事案では、患者の予後も争点となりました。
裁判所は、患者の左肺がⅢA期の非小細胞肺癌(扁平上皮癌)であり、右肺の呼吸機能が不十分であり、外科的治療の適応がなかったものであるが、証拠によれば、ⅢA期の非小細胞肺癌の非切除例について、中間生存期間を12か月から16か月とする報告例があること、放射線療法・化学療法を併用した場合の中間生存期間を16.5か月とする報告例があること、Ⅲ期の非小細胞肺癌の非切除例について、中間生存期間を10か月とする報告例や8.5か月とする報告例などがあることが認められると判示しました。
遺族側は、本件手術を行わなければ、相当期間普通の日常生活を送ることができたはずであったし、放射線療法や化学療法など適切な延命治療が施されていたならば、なお長期間生存した可能性が高かったと主張しました。
しかし、裁判所は、患者の右肺の呼吸機能が不十分であったこと、放射線療法等の施行については有意差を認めないといった文献もあること、放射線療法等の延命治療による延命効果は、必ずしも確立されたものであるということはできないことが認められ、また、本件手術前、患者が普段と変わらぬ生活を送り体調に異変もなく普通に仕事をしていたという状態であったからといって、直ちに、中間生存期間を越えて相当の長期間にわたり生存し得たと推測することはできず、他に、患者が中間生存期間を越えて相当の長期間にわたり生存し得た蓋然性を認めるに足りる証拠はないと指摘して、患者の生存期間(本件手術を実施しなかった場合の中間生存期間)は、8.5か月ないし16.5か月程度であると認めるほかないと判断しました。
両事案とも実務の参考になるかと存じます。