前橋地方裁判所平成4年12月15日判決 判例タイムズ809号189頁
(争点)
風疹罹患の看過に関する医師の過失の有無
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
◇1は、昭和63年7月21日、地方自治法に基づく一部事務組合である△1の開設する総合病院(以下、「△病院」という。)を受診し、まず皮膚科にて担当の△2医師の指示により風疹抗体検査を受け、次に産婦人科にて妊娠の確認検査を受けた。
◇1には、5日前より顔面にはじまる全身の発疹があり、体温は7月17日38.7℃、受診当日は36.8℃で、顔面、軀幹、四肢の発疹は暗淡紫褐色、手背のみ鮮紅色、風疹抗体価は58年3月時の16倍で、最終月経6月14日その後無月経、顎下リンパ節を押すと少し痛がる、といった症状であった。△2医師は、全身の発疹、発熱よりウィルス性の感染症(特に風疹、麻疹)を疑い、抗体価を調べ、溶連菌感染症に関する検査をするとの診断をし、処置としては、非ステロイド性の消炎剤の軟膏を投与した。
翌22日、◇1は、電話にて△病院産婦人科より妊娠している旨の検査結果通知を受けた。
同月28日、◇1は、再度△病院を受診した。症状としては、発疹については殆ど消えていたが、治った後の点状色素沈着が残っていた。検査結果として、風疹抗体価は64倍、麻疹抗体価は4倍未満、ASLO値は160T・U、ASK値は640倍であった。
平成元年3月27日、◇1は長女Aを出生したが、Aは先天性風疹症候群に罹患しており、これを原因として聴覚・視覚及び心臓にそれぞれ感音性難聴・先天性白内障及び心室中隔欠損症の障害を負っていた。
そこで、Aの両親ら(◇1および◇2)は、Aが先天性風疹症候群による障害を負ったのは、△病院の医師が妊娠していることの診断はしたが、風疹罹患の事実を看過したためであるとして、△1および△2医師に対して損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 3410万円
(内訳:慰謝料2000万円+特殊教育費用1000万円+眼鏡・補聴器費用100万円+弁護士費用310万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 330万円
(内訳:慰謝料300万円+弁護士費用30万円)
(裁判所の判断)
風疹罹患の看過に関する医師の過失の有無
◇側は、△2医師は、ただ一度の採血による抗体価の測定結果に依拠して、採血後わずか1週間で風疹ではなくウィルス性皮膚炎と安易に診断をしたと主張しました。
これに対し、△側は、昭和63年7月28日、△2医師は◇1を診察した際に、風疹、麻疹の確定診断のためには回復期の採血検査が必要なので、更に一週間後に来院するよう説明のうえ指示したが、◇1は来院しなかった。従って、△2医師は風疹か否かの診断を下していないと反論しました。
この点について、裁判所は、まず、7月28日に風疹抗体価の結果が64倍であることが判明し、その時点で◇1の風疹罹患の可能性は、確定的に診断することは不可能であったが、しかし、その他発疹が出ていたこと、リンパ節が顎の下に一つあったこと及び受診4日前の7月17日の体温が38.7℃であったこと等の症状は、風疹の臨床的な診断法としての三大症状としての発疹、中程度の発熱、リンパ節の腫脹を備えていることを加味すると、その可能性は相当高く、当時の医学的水準の常識からいって、更に2週間から4週間ほどの間隔をおいて、抗体価の検査をしたうえで確定的診断をすべき状況にあったと認められると判示しました。
次に、裁判所は、△2医師は尋問において、再検査(ペア検査)の必要を認めたので採血を指示したはずであるが、現実にしたか否かは記憶がないという趣旨の供述をしていること、その日のカルテには、△2医師がこの指示をした趣旨の記載はないこと、これに対して◇1は尋問において、28日に△2医師より、風疹抗体価が64倍であるとの説明を受け、風疹ではなくウィルス性発疹であるとの診断を受け、再検査の指示は受けていないという趣旨の供述をしていると指摘しました。
その上で、裁判所は、◇1は、妊娠初期における風疹罹患が異常児出生の危険を持つとの知識を有していたため、わざわざその診断を求めて△病院に行ったのであり、同人は風疹の罹患の有無に強い関心があったわけで、その点についての△2医師の説明や指示を誤解したり、聞き逃したりすることは考えられない上に、28日に採血をしたとの事実を認める証拠はないし、◇1の記憶は詳細且つ鮮明であって、十分信用に値するとして、△2医師は、28日に、風疹罹患の可能性を否定する診断をして、再検査の指示はしていなかったと認定しました。
裁判所は、△2医師には、専門家として、その時期の医学的な水準に依拠した方法により、適切な検査方法を選択し、その結果を的確に評価し、それに基づいた診断をなすべき注意義務が課せられていると判示し、そうとすれば、△2医師は、◇1に対して、風疹抗体価の再検査の指示を出すべきであったが、これをなさずに、風疹罹患の可能性を否定するという、当時の医学的常識に反した診断をした点で過失があったと言わざるを得ないと判断しました。
以上から裁判所は、上記認容額の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。