福島地方裁判所白河支部平成15年6月3日判決 判例時報1838号116頁
(争点)
- 債務不履行責任の有無
- 民法717条の責任の有無
*以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
◇(当時95歳の女性)は、社会福祉法人△との間で、平成12年10月27日ころ、◇が△の設置経営する介護老人施設(以下、「△施設」という。)に入所するための契約を締結し、△施設に入所した。入所当時の介護保険等級上の要介護認定は3で、入所後の同年12月29日の調査において要介護2とされた。
△施設は、リハビリや介護サービスの提供を通じて老人が在宅に復帰出来るように支援することを目的とする介護老人保健施設で、その入所定員は100名であり、在宅介護支援センターが併設されていた。
△施設の介護マニュアルによると、△施設では、ポータブルトイレの清掃は、朝5時と夕方4時の定時に1日2回行う事とされ、その内容は、「16:00 ポータブルトイレ・バルーン・尿器清掃。ポーターはトイレ用洗剤で洗い消臭液を入れる。ポーター周りは清拭で拭く。バルーンの尿量チェックはパックで計る。」と具体的に定められていた。
△施設の2階には、201号室から222号室までの18室や、トイレがあった。そして、ナースセンター裏のトイレ内には汚物処理場(以下、「本件処理場」という。)が併設されているところ、そこでは排泄物を流すだけでなく、その容器を洗うこともできた。ただし、222号室と221号室との間にもトイレがあり、ここにもポータブルトイレの排泄物を捨てたりしていたが、ここには容器を洗う場所はなかった。
◇への援助の方針は、「定期的な健康チェックを行い、転倒など事故に注意しながら在宅復帰へ向けてADLの維持・向上を図る。」というものであり、ケアプラン表には、「以前骨粗鬆症あり、下半身の強化に努め転倒にも注意が必要である。」と記載されていた。
本件施設作成のケアチェック表の「排泄に関するケア」欄には、「日中はトイレ使用しているが夜間ポータブルトイレ使用」と記載されている。◇は、昼は主として上記222号室と221号室との間のトイレを使い、夜はポータブルトイレを利用していた。
ポータブルトイレが清掃されていない場合には、◇は、222号室と221号室との間のトイレに自分で排泄物を捨てに行っていた。但し、ここには容器を洗う場所はなかったので、◇は、排泄物の処理と容器の洗浄のために、ときおり、本件処理場を利用していた。
どうにか自分で捨てに行くことができたので、本件施設職員に頼むことは遠慮して、自分で捨てていた状態だった。
△が、事後、◇の居室のポータブルトイレの清掃状況を調査した結果、次のとおり、必ずしもマニュアルに沿って実施されていたわけではなかった。平成12年12月1日から平成13年1月8日までの39日間のうち、外泊期間(述べ15日、25回)を除いた29日間(53回)のうち、ポータブルトイレの尿を清掃したという「処理」が23回、トイレの中を見て空であることを確認したという「確認」が15回、声をかけたが大丈夫といわれたという「声がけ」が2回、処理しなかったのが3回、不明が10回であった。
◇は、平成12年12月31日昼から平成13年1月6日夜まで外泊して自宅に帰っていたところ、同年1月6日夜△施設に戻った。翌1月7日午前5時のポータブルトイレの処理状況は、「不明」であるところ、◇の記憶では、夜ポータブルトイレを利用したのにもかかわらず、捨ててもらえない状態であった。同日午後4時においては、調査表によれば、「確認はせず、声かけし、使用していないとのことで処理しなかった。」とのことだったが、別の調査結果一覧表には「確認」と記載されていた。
1月8日午前5時のポータブルトイレの処理状況は、「処理」、同日午後4時においては、「処理していない」であった。同日午後4時の担当者作成の調査表によれば、「日中トイレにて排泄して尿パを交換した為、ポータブルトイレを使用していないと思い確認せず、処理しませんでした。」との記載になっている。
平成13年1月8日夕刻、◇は、食堂で夕食を済ませ、自室のポータブルトイレの排泄物が清掃されていなかったので、夜間もこれをそのまま使用することを不快に感じ、これを自分で本件処理場に運んで処理しようと考えた。そこで同日午後6時ころ、◇は、ポータブルトイレ排泄物容器を持ち、シルバーカーに掴まりながら、廊下を歩き、同じ2階で1室を隔てたところにあるトイレに赴き(距離にして約15ないし20メートル。)、トイレに排泄物を捨てた後、その容器を洗おうとして、隣の本件処理場に入ろうとしたところ、出入口に存在していた高さ87ミリメートル、幅95ミリメートルのコンクリート製凸状仕切り(以下、「本件仕切り」という。)に足を引っかけて転倒した(以下、「本件事故」という)。
△施設の職員Aは、夕食が終わった他の車椅子の入所者を部屋に誘導して戻ってくる途中で、◇のシルバーカーがトイレの前にあるのを見つけ、トイレの中からうめき声がするので、中をのぞくと◇が倒れているのを発見した。Aは、◇から約1メートル離れた場所に、ポータブルトイレの空の容器があったことに気付いた。◇は、足、腰、頭の痛みを訴えながら、動けなくなっており、「今まで転んだことなんかなかったのに。」と残念そうに、悔しそうに言っていた。
◇は、本件事故により、入院加療68日間、通院加療31日間を要する右大腿骨頸部骨折の傷害を負った。また、本件事故の結果、◇には、創痕、右下肢筋力低下(軽度)の後遺症が残り、一人で歩くことが不自由になった。
本件事故後の平成13年3月7日の調査において、◇は要介護3とされた。
そこで、◇は、△に対して、債務不履行又は民法717条(工作物責任)に基づく損害賠償請求をした。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 1054万7970円
(内訳:治療費16万1570円+入院雑費8万8400円+近親者の入院付添費用40万8000円+将来(退院後)の付添費用675万円+受傷の慰謝料139万円+後遺障害慰謝料135万円+弁護士費用40万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 537万2543円
(内訳:治療費16万1570円+入院雑費8万8400円+入院付添費用27万2000円+将来の付添費用210万0573円+受傷慰謝料100万円+後遺症慰謝料135万円+弁護士費用40万円)
(裁判所の判断)
1 債務不履行責任の有無
この点について、裁判所は、△が、本件契約に基づき、介護ケアサービスの内容として入所者のポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務があったこと、本件事故当日、これがなされなかったこと、そのため◇がこれを自ら捨てようとし、本件処理場に行った結果、本件事故が発生したことが認められるとしました。
居室内に置かれたポータブルトイレの中身が廃棄・清掃されないままであれば、不自由な体であれ、老人がこれをトイレまで運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから、ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められると判示しました。
2 民法717条の責任の有無
この点について、裁判所は、本件施設は、身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設であるから、その特質上、入所者の移動ないし施設利用等に際して、身体上の危険が生じないような建物構造・設備構造が特に求められているというべきであるとしました。
しかるに、現に入所者が出入りすることがある本件処理場の出入口に本件仕切りが存在するところ、その構造は、下肢の機能の低下している要介護老人の出入りに際して転倒等の危険を生じさせる形状の設備であるといわなければならないとしました。
これは民法717条の「土地の工作物の設置または保存の瑕疵」に該当するから、△には、同条による損害賠償責任があると判示しました。
以上より、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。