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No.462「大腸ポリープに対する内視鏡的粘膜切除術を受けた翌日に患者が脳梗塞を発症して死亡。患者が常用していた抗凝固薬の休薬期間について、不適切に長い休薬期間を回答した医師の過失を認めて、慰謝料の支払を命じた地裁判決」

東京地方裁判所令和元年9月12日判決 ウェストロージャパン

(争点)

医師がリバーロキサバンを手術の1週間前から中止すればよいと回答したことについて過失があるか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡当時62歳の男性)は医療法人社団△の開設する病院(以下「△病院」という。)において、平成24年1月7日に非弁膜症性心房細動との診断を受けた。Aは、△病院の循環器科に勤務する△医師の処方により、同年8月から抗凝固薬としてワルファリンカリウムを服用していたが、平成25年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする。)8月17日からは、ワルファリンカリウムに代えて、同じく抗凝固薬であるリバーロキサバンを服用するようにになった。

なお、リバーロキサバンは、平成24年4月に販売が開始された抗凝固薬の新薬であった。

Aは、10月3日、△病院の消化器外科において、注腸造影X線検査を受けたところ、複数の大腸ポリープが見つかった。そのため、同消化器外科のC医師は、これらを摘除するために内視鏡的粘膜切除術(以下、「本件手術」という。)を行うこととした。

そこで、C医師は、リバーロキサバンの処方医である△医師に対し、本件手術に際してリバーロキサバンを2週間程度休薬することが可能か否かなどについて意見を求めた。

医師は、10月9日、リバーロキサバンは「効果の発現、消失は比較的速やかですので、手術1週間前(メーカー的には術前24時間前でよいようですが)から中止して頂き、術後出血がないことを確認したうえの24時間以上経過したところで再開していただければ幸いです。」と書面で回答した。

△病院の総合外科のD医師は、12月14日、Aの主治医として、本件手術を同月25日に実施すること、上記の△医師の回答に従い、本件手術の1週間前である同月18日からリバーロキサバンを休薬することなどを決定し、Aは、同月17日朝の服用を最後に、同月18日から本件手術が行われた同月25日まで、リバーロキサバンの服用を中止した。

D医師は、Aに対し、12月25日午後2時頃から午後3時頃にかけて本件手術を実施して最大8mmのポリープを5個摘除し終了した。

しかし、翌12月26日午前7時頃、Aは看護師の声掛けにも反応せず、尿失禁等のある状態で発見され、同日午前7時32分に実施したMRI検査によって脳梗塞所見が見つかったため、ICUにおいて治療を受けたものの、同日午後7時15分に死亡した。

Aの直接の死因は約19時間前(同日午前零時頃)に発症した脳梗塞であると診断されている。

そこで、Aの相続人である◇らは、Aが死亡したのは、△医師が、本件手術の担当医から、Aが常用していた抗凝固薬の休薬期間についての意見を求められた際、不適切に長い休薬期間を回答し、そのとおりに休薬が実施されたため、血栓が生じて脳梗塞に至ったからであるとして、△及び△医師に対して損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
(妻子4名合計)5698万1012円
(内訳:慰謝料2400万円+逸失利益2230万0920円+葬儀費用150万円+遺族固有の慰謝料4名合計400万円+弁護士費用518万0092円)

(裁判所の認容額)

認容額:
(妻子4名合計)990万円
(内訳:慰謝料900万円+弁護士費用90万円)

(裁判所の判断)

医師がリバーロキサバンを本件手術の1週間前から中止すればよいと回答したことについて過失があるか否か

この点について、裁判所は、平成29年に公表された消化器内視鏡診療ガイドライン追補2017によれば、リバーロキサバンを含めたDOAC(直接経口抗凝固薬)服用者に対して出血高危険度の消化器内視鏡処置を行う場合の休薬期間は、血栓塞栓症の発症リスクを考慮すれば、48時間が限界であり、原則として、前日まで内服を継続し、上記処置当日の朝から休薬すべきであると提言されており、このような現在の医療水準を基準とすれば、リバーロキサバンの休薬期間を本件手術前1週間とした△医師の本件求意見に対する回答が長きに失することは明らかであると判示しました。

もっとも、△医師が、C医師から本件求意見を受けた平成25年10月当時、リバーロキサバンは、平成24年4月18日に販売が開始されたばかりの新薬であり、上記消化器内視鏡診療ガイドライン追補2017のような知見は明らかになっておらず、添付文書上、手術や侵襲的処置を行う場合の休薬期間として24時間以上との記載があるほかは、消化器内視鏡診療ガイドラインに、同じく直接経口抗凝固薬(DOAC)の一つであるダビガトランと同様の適用で上市されたとの記載があるのみで、本件手術のような消化器内視鏡処置を行う場合に、どの程度休薬期間を設ければよいかについて確たる知見やガイドライン等がなかったと認定しました。

しかしながら、当時の状況が上記のとおりであったとしても、平成24年7月に公表された消化器内視鏡診療ガイドラインでは、抗血栓薬の休薬による血栓塞栓症の誘発にも配慮すべきとされ、抗凝固薬であるワルファリンカリウムやダビガトランについては一定の休薬期間の指針が提唱されているのであることを考慮すると、リバーロキサバンについても、医師が無制限に休薬期間を設けることが許容されるわけではなく、本件求意見に対する回答を行った当時の医療水準に照らして、本件手術前1週間という休薬期間が医師に委ねられた合理的な裁量を逸脱すると判断される場合には、同医師において注意義務違反の責を負うべきことは言うまでもないとしました。

そして、△医師が、本件求意見にたいする回答を行った当時、リバーロキサバンの休薬期間を考えるための信頼するに足りる資料としては、上記のとおり製薬会社が作成した添付文書のみが存在するに過ぎなかったのであるから、本件求意見に対する回答に際してもそこに記載された情報を前提として判断するほかになかったというべきところ、その添付文書上、リバーロキサバンの薬効の消失半減期は5~13時間とされており、これに対し、半減期が40時間前後と非常に長く、PT-INR(プロトロンビン時間国際標準比。出血が始まってから肝臓で血液凝固因子であるプロトロンビンが作られるまでの時間を正常値と比較したものであり、値が大きいほど凝固能が低下していることを示す。)を正常値に戻すのにさらに時間を要するワルファリンカリウムに比べれば、リバーロキサバンの効果の発現及び消失は相当に早く、その上で手術や侵襲的処置を行う場合の休薬期間として臨床的に可能であれば24時間以上経過した後に行うことが望ましい旨が記載されていたのであるから、基本的には24時間程度の休薬で足りるはずであるということを前提として、あとは個別の患者ごとに休薬期間の伸長を考慮すべき事情がどの程度あったのかを検討すべきであったといえるとしました。

複数の鑑定人の意見の検討も踏まえ、裁判所は、Aの腎機能低下の程度等を考慮してリバーロキサバンの休薬期間を伸長するとしても、長くとも12月23日の朝からの服薬中止、すなわち、本件手術前78時間程度の休薬にとどめることが相当であったというべきであり、1週間の休薬期間を要するとした△医師の本件求意見に対する回答は、医師に委ねられた合理的な裁量を逸脱するものであって、△医師には上記回答をしたことについて過失があると認定しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認めました。この判決は控訴されましたが、控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。

カテゴリ: 2022年9月 8日
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