千葉地方裁判所 平成12年9月12日判決(判例時報1746号115頁)
(争点)
- 処方が適切であったか
- 処方と症状との因果関係
- 医師・薬剤師の過失
(事案)
患者A(生後4週間の新生児)は、平成7年10月16日午前11時ないし11時30分ころ、母親に帯同されてY産婦人科健康診断クリニック(Y医師が開設者)に赴き、Y医師の診察を受けた。Y医師は、Aに対し、院外処方せんを交付する方法により、マレイン酸クロルフェニラミンを含有するレクリカシロップ、リン酸ジヒドロコデイン等を成分とするフスコデシロップ等の薬剤を処方した。その際、Y医師は、風邪等に罹患した乳幼児は、ミルクの飲みが悪いので薬剤も必要量を服用しないことが多く、Aがひどい咳をしていたことを理由に能書記載の用量よりも多めに処方をした。
S薬局(Sが管理薬剤師で開設者)のS薬剤師は、処方に従い飲み薬を調剤してAに提供した。
Aの母親は、本件飲み薬を、少なくとも10月16日昼の授乳後に1回、翌17日午前10時過ぎないし11時ころの授乳後に1回、Aに1目盛分ずつ飲ませた。
その後、Aの両親は、Aの呼吸困難、チアノーゼ状態に気づいたため、午後2時ないし2時30分ころ、AをYクリニックに運び込み、Y医師は、Aに対し、酸素吸入の措置を行った。その後、Aの父親は、Y医師の指示により、AをK病院に搬送し、Aは再び酸素吸入等の措置を受けて入院し(以下「本件入院」という。)、10月24日に退院した。
Aは、その後、入通院を繰り返した。その入院日数の合計は本件入院を合わせて219日、実通院日数の合計はのべ59日である。
(損害賠償請求額)
合計575万8388円(内訳:治療費172万5748円+文書料等5万7640円+入通院慰謝料300万円+弁護士費用97万5000円)
(判決による請求認容額)
合計71万4494円(内訳:入院費用7万9824円+治療費1320円+K病院に関する弁護士照会分5000円+K病院の照会回答費用2万8350円+入通院慰謝料40万円+弁護士費用20万円)
(裁判所の判断)
処方が適切であったか
裁判所は、まず、マレイン酸クロルフェニラミンの本件飲み薬中の含有量は、Aにとっては1日量で見ると常用量の3倍ないし3.75倍、1回量で見ると常用量の4倍ないし5倍の処方となり、リン酸ジヒドロコデインの本件飲み薬中の含有量は、Aにとっては、常用量の2.4倍ないし3倍の処方となると認定しました。
そして、Aが10月16日当時生後4週間の新生児であったことに照らすと、本件飲み薬中の本件成分の含有量は常用量を大幅に上回るもので明らかに過剰であり、不適切な処方であったと判示しました。
処方と症状との因果関係
マレイン酸クロルフェニラミンには呼吸困難、チアノーゼという副作用を引き起こす可能性があり、リン酸ジヒドロコデインには呼吸抑制の副作用を引き起こす可能性があること、Aが本件飲み薬を服用して数時間で発症ないし発見されていること、本件処方が本件成分の常用量を大きく上回った過剰なものであったこと等から、原告が本件飲み薬を服用したことによって中枢性呼吸抑制が生じ、呼吸困難、チアノーゼ状態となった可能性が高いと認められると判示しました。
医師・薬剤師の過失
裁判所は、次の理由を挙げて、漫然と常用量を大幅に上回る本件処方・調剤をしたという不法行為によってAに本件症状を生ぜしめたことにつき、Y医師とS薬剤師に過失があったと判断しました。
(1)本件薬剤についてY医師・S薬剤師が能書の記載から認識すべき本件成分の含有量の過剰性や本件成分の相互作用増強防止のための薬剤量減量の必要性に対するY医師・S薬剤師の認識の甘さ
(2)Aが生後4週間の新生児であることに対するY医師・S薬剤師の配慮の欠如
(3)Y医師においては、一般に風邪等に罹患した乳幼児はミルクの飲みが悪いと決めつけて個別的な症状を考慮せずに、患児のミルク摂取量という偶然性にかからせた薬剤処方をしたこと、S薬剤師においては、薬剤の専門家として右の処方に何の疑問も感じずにこれに従い調剤したことにつきそれぞれ落ち度がある。
その上で、S薬剤師がY医師による本件処方に従って本件調剤をしたこと及びY医師は、S薬剤師に対し、体調の悪い乳児はミルクを全部飲まないので通常の服用量よりも多めに処方を行うため、処方どおり薬剤を調剤するよう指示し、S薬剤師はこれを了解していたことから、Y医師の本件処方とS薬剤師の本件調剤との間には客観的な関連共同性のみならず主観的な関連共同性さえ存在するということができるから、両名の行為が共同不法行為を構成することは明らかであると判示しました。そして、本件入院及び本件入院と同一症状・疾病でK病院に3日通院した際の治療費等を両名の過失と相当因果関係にある損害として、Aの損害賠償請求を一部認めました。