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No.457「白内障の手術を受けた後、左眼を失明した患者について、医師のカルテの改ざんおよび説明義務違反を認めた地裁判決」

東京地方裁判所令和3年4月30日判決 判例タイムズ1488号177頁

(争点)

  1. カルテの改ざんおよび虚偽説明の有無
  2. 手術適応の前提となる説明義務違反の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

第1 平成12年2月頃から平成25年の再受診まで

◇(昭和8年生まれの男性)は、平成12年2月頃、運転免許証の更新の際に右眼の視力低下を指摘され眼科を受診したところ、△学校法人の経営する医療センター(以下、「△センター」という。)の紹介を受けた。同年6月27日、◇は、△センターを受診し、その際の◇の視力は、右眼が裸眼視力0.03、矯正視力0.1、左眼が裸眼視力0.04、矯正視力1.5であった。◇を診察したH医師は、右眼後極部黄斑近傍に網膜下出血を伴う漿液性網膜剥離を認め、右眼について、加齢性黄斑変性症と診断した。また◇の左眼にも加齢黄斑変性が認められた。

◇は、その後、平成12年7月14日、同年9月11日、平成14年1月15日、△センター眼科において、右眼加齢黄斑変性に対するレーザー治療を受けた。

平成15年8月9日、△センターのI医師は、◇について右眼加齢黄斑変性、白内障等と診断し、平成16年4月20日には、◇の左眼についても白内障と診断した。◇は、その後△センター眼科を継続的に受診し、加齢黄斑変性及び白内障について診察、治療を受けたが、平成23年9月12日の受診を最後に、一時受診を中断した。この時の◇の矯正視力は、右眼0.08、左眼1.2(矯正視力右0.1、左1.5)であった。

第2 平成25年の再受診から第1回目の手術前後まで

平成25年5月初め頃、◇は左眼が急に見えにくくなり、眼科医院を受診したところ、△センター眼科の受診を勧められ、同月7日に、△センター眼科を受診した。△センターのC医師は、病歴として高血圧があり内服をしていること、胆嚢摘出術を受けたこと、前立腺癌であることを聴取した。同日の◇の視力は右眼が裸眼視力0.03、矯正視力0.05、左眼が裸眼視力0.06、矯正視力0.4であった。C医師は、◇について両眼の加齢黄斑変性症と診断し、左眼に抗VEGF硝子体注射治療を行う方針とした。

C医師は、同年5月21日、6月18日、7月16日の3回にわたって、◇の左眼に、抗VEGF薬であるアイリーアの硝子体注入術を実施した。

同年7月30日の◇の左眼矯正視力は0.4であった。C医師は、△センターのB医師から、同日、◇について、白内障手術はそろそろ実施可能だが、術後網膜色素上皮剥離が出現する可能性があり、そのときはアリーアを1回追加するよう伝えられた。なお、同日のカルテには、B医師による以下の記載がある。「動脈細いので血流悪い。Cat Оpe(白内障手術)の適応はある。」

◇は、同年7月30日頃までに、C医師から、加齢黄斑変性の合併症として白内障が出現しているとして手術を勧められていた。

同年8月27日、◇は、C医師の診察を受けた。同日の◇の矯正視力は、右眼0.05、左眼0.3であった。C医師は、同日、◇の白内障手術についてB医師に上申することとした。

◇は同年9月24日に△センター眼科を受診した。同日より◇の担当医がC医師からB医師に変更になった。同日、◇は白内障手術を希望し、同年11月4日に右眼、同月21日に左眼の白内障手術を受けることとなった。なお、同年9月24日の◇のカルテには「サンドー(裁判所注:散瞳)Ⓡ(裁判所注:右眼)中等度~Ⓛ(裁判所注:左眼)散瞳悪い→チン氏帯弱いと思われる。」「両動脈狭細化あるので血流悪いと思われる。」との記載がなされている。

◇は同年10月18日、白内障手術実施予定の他の患者とともに白内障手術説明用のビデオを視聴し、△センターの看護師から「白内障手術のしおり」「施術に関する説明書」等の書類を受け取った。

同年11月8日のカルテには、B医師による下記の記載がある。「個別に術前説明。チン氏帯断裂→IOL(裁判所注:眼内レンズ)入れられない。出血あれば、Ope2回に分ける。感染、RD(裁判所注:網膜剥離)、出血による失明。後嚢破損について→失明。合併症説明。」

同年11月13日、◇は△センターに入院した。翌11月14日、B医師により、右眼の水晶体再建術(水晶体超音波乳化吸引術(PEA)及び眼内レンズ挿入術(IOL)。以下「本件手術1」という。)が開始された。◇の右眼の散瞳は良好であり、B医師は、眼内レンズを挿入し、手術が終了した。同日のカルテにはB医師による以下の記載がある。「予定通り終了。合併症なし。チン氏帯少し弱め→Ⓛのときも注意!!」「手術後 手術の説明。合併症なく無事終了した。水晶体ささえる袋(チン氏帯)が弱いので手術としては難しかった。左は、もっとOpeが難い(ママ)と思われます。経過良ければ、明日退院とします。#両)典型AMD(裁判所注:加齢黄斑変性)、動脈狭細の為血流悪い #両)Cat チン氏帯悪い→Ope」

同年11月15日、◇は△センターを退院した。同日の、◇のカルテの右眼の裸眼視力は0.06、矯正視力は0.07であった。なお、同日のカルテには以下の記載がある。「ⓇのCat Ope時チン氏帯弱く、Ⓛの時もチン氏帯断裂している可能性あり→その場合には、IOL入れずに、2回目のOpeでIOL縫着すると説明。」

第3 第2回目手術前後の事実経過

同年11月20日、◇は△センター眼科に入院した。同日の◇の視力は右眼が裸眼視力0.06、矯正視力0.08、左眼が矯正視力0.3であり、眼圧はNCTで両眼とも12mmHgであった。同日のカルテにはB医師による以下の記載がある。

「術前説明。Ⓡ経過良好だが、チン氏帯弱いのでⓁもOpe難しいと説明。前回同様、術後感染、術後網膜剥離、出血による失明について説明。血圧高いと力が入り、Ope中に出血する。Ope後の出血にも注意(AMDもある)。チン氏帯断裂あれば、眼内レンズは入れない。2回目の手術で硝子体をとって、眼内レンズは縫着する方が良いので、Opeは2回に分けると説明。黄斑変性は白内障Ope後再発する可能性あり、再発したら抗VEGF硝子体注射追加。」

翌21日、B医師による、左眼水晶体超音波乳化吸引術(以下、本件手術2という。)が行われた。左眼の散瞳は良好であった。術中、チン氏帯が半周断裂し、水晶体の核小片が落下したため、核小体を吸引し、A―Vit(前部硝子体切除術)を施行した。硝子体出血もみられ、◇は術中、前房出血を来し、B医師は、IOLを挿入せず、手術を終了した。

同日のカルテには以下の記載がある。「Ope もともとチン氏帯断裂しており、IOL入れられず中断。手術による合併症㊀(裁判所注:なし)。破嚢なし。」「Ⓛもともとチン氏帯断裂していた。硝子体をA―Vitで処理」「術後、本人と家族に説明。もともと水晶体の袋(チン氏帯)が切れている為、眼内レンズを入れると後ろに落ちるので、今回は入れなかった。予定通りOpeは2回に分けて、次回、硝子体切除と眼内レンズ縫着検討します。血圧高いので、Ope後の出血に気をつけて、あと感染で失明することがあります。」

◇は、同年11月22日に退院予定であったが、同日朝から、頭痛及び嘔気があった。B医師は◇を診察し、退院は同月23日に延期された。なお、同日のカルテにはB医師による以下の記載がある。「再度Opeについて説明した。今後IOLを縫着する追加Opeが必要。できたら年内に検討します。手術による合併はなく、もともと水晶体の袋を支える部分がちぎれていた為、眼内レンズは入れられない。」

◇は同月23日に退院し、同月26日に再診を受ける予定となった。同日の◇のカルテにはB医師による以下の記載がある。「昨日は出血㊀だったが、血圧高く、硝子体出血した可能性あり。」「血圧高く、手術後(裁判所注:この後ろに挿入記号を付して「今日朝」と記載されている。)に出血した可能性ある。」

第4 第3回目手術後の事実経過

◇は、同月26日に、△センターを受診したが、嘔気、全身倦怠感の訴えがあり、詳細な検査を受けることはできなかった。同日の◇の左眼視力は手動弁(眼前の手の動きが判別できる)程度であった。B医師は、◇に対し、眼圧が高すぎるため嘔気等の症状が出ていると思われることを説明した上で前房穿刺(パラセン)を施行した。なお、前房穿刺施行前の◇の左眼眼圧についてはカルテには36mmHgと記載され、看護記録には56mmHgと2カ所に記載されている。

B医師は、◇の嘔気及び体調不良について、△センター内科に診察を依頼した。◇を診察した同科医師は、B医師に対し、脱水のため腎機能障害が出現しているが、そのほかに異常は認められないことを報告するとともに、高眼圧が悪心嘔吐の原因である可能性がないか尋ねる内容の応答をした。

◇は同月12月1日および2日、血圧が200mmHgとなり、△センターに救急搬送された。

同月12月3日、◇はB医師の診察を受けた。同日の左眼視力は、光覚弁(明暗を識別できる)程度であった。◇の左眼眼圧は、NCTで60mmHg超であったが、カルテ上、GATでは20mmHgと記載されている。B医師は、前房穿刺を行い、◇に対する2回目の左眼硝子体手術を同月26日に実施する予定とした。

同月12月6日、12月13日、◇に対して前房穿刺が行われた。

同月26日、B医師は、◇に対し、前房穿刺をし、同日午後2時58分、左眼眼内レンズ挿入術及び硝子体茎離断術(以下、本件手術3という。)が行われた。

しかし、本件手術3後も左眼の視力が改善しなかった。その後も、◇は△センターを何度か受診するが、改善せず、平成26年2月14日、B医師は両眼の加齢黄斑変性及び緑内障並びに左眼の網膜動脈閉塞症により、障害程度等級上、視力3級、視野2級で併せて1級に相当する旨の意見を記載した。

D病院のE医師は、平成29年1月6日、◇について両加齢黄斑変性、左網膜中心動脈閉塞症、左失明と診断し、自覚症状と日常生活に及ぼす影響として、右眼中心暗点と左眼失明により、日常において転倒や転落のリスクが高い、中心視野がないため物を見る事に対する障害が著しいとした。

そこで、◇は、(1)△病院の医師には手術適応の前提として、失明のリスク等を説明すべきであったのにこれを怠った過失、(2)術後、眼圧を適切に管理することを怠った過失があり、その結果、失明等の後遺症を負ったとして、学校法人△に対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
2879万1071円
(内訳:△センター治療費114万3700円+後医治療費・交通費・薬剤代2万+逸失利益654万9516円+傷害慰謝料116万円+後遺症慰謝料830万円+自己決定権侵害による慰謝料100万円+手術適応に関する注意義務違反の慰謝料及び慰謝料増額事由による加算500万円+カルテ改ざん及び顛末報告義務違反による慰謝料300万円+文書料485円+弁護士費用261万7370円)

(裁判所の認容額)

認容額:
963万4721円
(内訳:治療費9万8838円+入通院慰謝料116万円+後遺症慰謝料650万円+カルテの改ざんによる慰謝料100万円+弁護士費用87万5883円)

(裁判所の判断)

1 カルテの改ざんおよび虚偽説明の有無

この点について、裁判所は、医師は、患者に対して適正な医療を提供するため、診療記録を正確な内容に保つべきであり、意図的に診療記録に作成者の事実認識と異なる加除訂正、追記等をすることは、カルテの改ざんに該当し、患者に対する不法行為を構成するというべきであるとしました。

その上で、裁判所は以下の(1)(2)の通り、カルテの改ざんおよび虚偽説明の有無について検討しました。

(1) ◇のチン小帯の脆弱性及び断裂時期について
11月14日、11月15日及び11月20日のカルテの各記載は、手術記録の記載内容と整合せず、いずれも信用性が極めて低く、これらの記載が、他の記載をした後に右上方に挿入されるような形で記載されていたり、検査用紙の上に記載されていたりするという体裁の不自然さも合わせて考慮すると、B医師が右眼のチン小帯の脆弱性及びこれを踏まえた◇らへの説明について、事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ないと判断しました。
本件手術2に関し、11月21日及び11月22日のカルテの各記載は、手術記録の記載内容と整合せず、信用性は極めて低く、これらの記載が、本件手術2の術式予備執刀医等の押印の右上方に11月20日の記載欄にはみ出す形で記載されていたり、カルテの右側に枠囲いで挿入されていたりするという体裁の不自然さも併せて考慮すると、B医師がチン小帯の断裂時期及びこれを踏まえた◇らへの説明について、事実認識と異なる内容を意図的に追記したものと言わざるを得ないと判示しました。
以上によれば、◇の右眼のチン小帯が弱く、その旨説明したとのカルテ記載及び◇の左眼のチン小帯が本件手術2以前に断裂しており、その旨◇とその家族に説明したとのカルテの記載は、いずれもB医師が、事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ず、カルテの改ざんに該当するとしました。
(2) ◇の11月26日の左眼眼圧について

カルテには36mmHgとの記載があり、看護記録には56mmHgの記載が2カ所あると指摘しました。上記カルテ上の「3」の文字は、上からなぞられた形跡があるとし、この点について、B医師は、初めから、「36」と記載していたが、「3」の文字が「5」と誤読させるおそれがあるため、改めてなぞった旨の証言をしました。

しかし、看護記録には56mmHgとの記載が2カ所ある上、眼圧が50mmHg以上に上昇すると、眼痛、頭痛、嘔気、かすみ等の症状が現れるとされているところ、◇は、11月26日の受診時に嘔気及び全身倦怠感を訴え、これに対しB医師は眼圧が高すぎて嘔気等の症状が出ていると思うと説明しており、上記の◇の症状及びB医師の説明は◇の眼圧が56mmHgであることと整合していること、カルテの記載を訂正する場合、訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにもかかわらず、Bは上記のとおり訂正前の記載の上からなぞり、訂正前の記載が判明しないような方法で訂正をしていること、カルテ上の他の記載に照らしても、Bが記載した「3」の文字を「5」と誤解するような記載は認められず、Bの上記証言は不合理であることからすると、B医師は、カルテ上の「56mmHg」との記載を事後的に「36mmHg」と修正したものと評価されてもやむを得ないとすべきであると判示しました。

以上から、裁判所は、B医師は、右眼のチン小帯の脆弱性及び左眼のチン小帯の断裂時期並びに各事項を踏まえた◇らへの説明について、事実認識と異なる内容を意図的に追記し、また、左眼眼圧の数値について事実認識と異なる修正を意図的に加えて、それぞれカルテを改ざんしたものと認められるから、上記各行為について、B医師には不法行為が成立すると判断しました。

2 手術適応の前提となる説明義務違反の有無

◇が説明すべきであったと主張する下記事項(以下、本件説明事項という)についてB医師が説明義務を負っていることは当事者間に争いがないことを前提に説明義務違反の有無を検討しました。

「B医師は、本件手術1ないし3を実施するにあたり、手術適応の条件として、原告に対し、手術を実施しない場合の予後、術中・術後の合併症(眼内レンズ挿入の可否、術中の後嚢破損、眼内組織傷害、術後眼内炎による失明の頻度等)について説明する注意義務を負っていた。

特に、手術に付随する危険性については、失明等の合併症のほか、◇のチン小帯が弱く、これが断裂したり、後嚢が破損したりして、眼内レンズを挿入できずそのため手術が1眼で2回(両眼で4回)に分かれる可能性があり、また、水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であること、出血・硝子体脱出による眼圧上昇等の合併症発症の可能性があり、全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であること、◇の白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったことを説明し、さらに他に選択可能な治療方法の内容及び利害得失については、80歳代の高齢者の場合、術後視力良好例は約41%程度であり、手術を実施せず経過観察とする選択肢があり、その場合も通常の加齢白内障では急激な視力低下、白内障単独での失明は生じないことを説明する注意義務があった。」

この点について、裁判所は、◇および◇の長男はいずれもBから本件説明事項の説明を受けたことはない旨供述ないし証言しているところ、9月24日、10月18日、11月8日、同月14日、同月15日、同月20日及び同月21日のいずれのカルテにおいても、B医師が、◇に対し、水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%あること、全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であること、◇の白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったこと、80歳代の高齢者の場合、術後視力良好例は約41%であり、手術を実施せず経過観察とした場合でも通常の加齢白内障では急激な視力低下、白内障単独での失明は生じないことを説明した旨の記載はなく、他にBの証言を裏付ける的確な証拠はないから、これらの説明を繰り返し行った旨のB医師の証言を採用することはできず、Bは、本件説明事項を説明していないものと言わざるを得ないとしました。

裁判所は、したがって、Bには、説明義務違反が認められるとしました。

更に、裁判所は、B医師が説明義務を果たしていた場合には、◇は、本件手術1・2の実施に同意せず、本件手術2が行われなかった場合には、◇が左眼失明に至ることはなかったと認められるから、B医師の上記説明義務違反と◇の左眼失明の間には相当因果関係が認められると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年6月10日
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