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No.456「出産後に母子が死亡したことにつき、医師の診療録等の改ざんを認定し、不法行為責任(説明義務違反)に当たるとして遺族からの慰謝料請求を認めた地裁判決」

甲府地方裁判所平成16年1月20日判決 判例タイムズ1177号218頁

(争点)

  1. 患者の死亡に対する医師の過失の有無
  2. 診療録改ざん行為等に対する慰謝料請求の可否
  3. 医師が出生後死亡した児を死産としたことに対する慰謝料請求の可否

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(当時32歳の主婦)は第三子を妊娠し、B医院において診察を受けていた。Aは卵巣嚢腫の手術を受けた病歴があるが、妊娠の経過において異常はなく、分娩予定日は平成9年4月11日であった。Aは平成9年1月28日、△医師の開業する産婦人科医院(以下「△医院」という。)を紹介された。

Aは△医院に4回通院した。同年3月7日の診察でAが風邪を引いていたため、風邪薬が処方され、同月17日及び24日に貧血の薬が処方された。

同月25日(以下、特段の断りのない限り同日のこととする)午前、Aは、吐き気を覚えるとともに38.5度の発熱があった。午後1時ころ、Aは△医師と電話で話した。Aは熱があり、体がだるいが、頭は痛くない、お腹が少し張るなどと説明した。△医師は様子を見て明日来院するように、ただし何かあったらすぐ連絡するようにと指示した。

午後7時ころ、Aは夫である◇に具合が悪いと伝え、◇は△医院に電話をかけた。電話にでた夜勤担当の看護師であるOは、△医師に確認をし、午後7時10分ころ、△医師はAに対し△医院に来るよう電話で連絡した。Aらは、午後7時30頃到着し、午後8時15分ころ、Aは2階の分娩室に独歩で入室した。

まもなく到着した△医師は、子宮口が全開大であったことなどから、人工破膜を行った。午後8時25分頃、Aは男児を娩出した。男児の1分後のアプガースコアは3点(心拍数1点、反射1点、筋緊張1点)と評価し、直ちに人工呼吸等の蘇生術を行ったが、男児が反応しなかったことから、△医師は男児を死産と扱うことにした。

△医師は、分娩室から出て、◇および同人の姉Sに死産であった旨告げた。Sが、Aの様子を尋ねたところ、△医師は「お母さんを助けなきゃならんじゃんね。」と答えて、分娩室に戻った。

午後8時30分ころ、△医師は、Aから胎盤を娩出させ、これを観察したが、凝血塊が付くなどの異状は見られなかった。ただ、子宮の収縮がやや不良であったため、子宮収縮剤を点滴投与した。△医師はAに子宮頸管からの出血が認められたため、頸管裂傷を縫合し、会陰部も縫合した。クスコを膣内に入れて確認したところ、子宮腔内からの出血が続いていたため、△医師は、弛緩出血があるものと判断し、オキシセルガーゼ等を子宮腔内に挿入した。加えて、△医師は、手を使って圧迫したり、子宮底の輪状マッサージをしたり、アイスノンを子宮底に載せるなどした。

しかし、その後もAには少量の出血の持続が見られたため、△医師はこのまま出血が持続した場合にはDIC(播種性血管内凝固症候群)に以降する可能性があることを想定し、何とかして止血しなければならないと考え、その方法として、Aに対し、子宮を摘出しなければならないかもしれない旨伝えた。

△医師は午後9時30分頃、Aの状態が改善しないため、子宮摘出手術を行うことを考えたものの、麻酔科医に連絡がとれず、△医院で手術を行うことはできないと判断し、I大病院にAを転院させることにした。

午後9時33分、△医師は自ら救急車を要請し、◇にAをI大病院に搬送する旨伝えた。なお、I大病院の診療録には、死産分娩後出血多量の患者を搬送する旨の記載が、救急原票の傷病名欄には「産後出血多量」の記載があった。

午後9時37分、救急車が△医院に到着した際、Aは介助を受けながらも、自力で分娩台からストレッチャーに移動した。△医師及びAの妹夫妻も救急車に同乗した。救急車内でのAは、顔面蒼白で虚な表情であり、心拍は毎分130回と早く、血圧は150/100で心電図では洞性頻脈と判定されたが、意識レベルは良好であり、出血はなかった。

午後10時10分、救急車はI医大に到着し、Aは1階の救急処置室に搬入された。当直医のH医師(死産分娩後出血多量の患者であると聞かされていたのみであった)らが、Aを検査したところ、Aの血圧は120/90、脈拍は122で、手足の先は冷たかった。また、意識は清明ではないもののあり、性器からの出血はそれほど多くなかった。直ちに輸液が開始された。緊急血液検査を行った結果、血色素は6.2g/dl、血小板数は4万1000であった。エコー検査によると、腹腔内出血は認められず、子宮内出血もなかった。尿道バルーンを留置したところ、尿は暗かっ色であり、以後、尿量は次第に減少していった。

午後10時20分ころ、救急処置室での検査がひとまず終わったことと、出血を抑制する必要があるとの判断から、Aは、午後10時25分ころ、救急処置室から3階東病棟の分娩室に移された。△医師はAが3階に移された後に帰院した。

午後10時30分ころ、Aの血圧は96/52、体温は37.7度であり、意識レベルは呼びかけに応じる程度であったため、マスクで酸素を投与した。H医師が、膣内ガーゼを抜去して診察すると、膣内に熱感があり、子宮収縮は不良ではないものの、子宮腔内からの出血があった。双合圧迫や子宮収縮剤の投与も行ったが効果はなかった。また、Aがショック状態にあったため、ソルメドール(副腎皮質ステロイドホルモン)を投与し、午後10時40分ころから輸血を開始した。H医師はAがDICの症状であると判断した。

同日午後10時50分ころ、Aの意識レベルが低下したため、H医師は救急部の医師を呼ぶとともに、直ちに経鼻挿管をした。また、血小板や凍結血漿を大量に投与した。

出血はその後も続き、午後10時50分ころ以後、1時間の出血量は1000グラムに達した。

午後11時15分頃、H医師は、母体からの出血多量でショック状態にあり、手術ということもできない状態であり、O型(+)の血液を提供してくれる人を探すよう、Aの妹夫妻に伝えた。

翌26日午前0時15分ころ、Plt(血小板)輸血と並行しつつ生血の輸血が開始されたが、I大病院のT教授は、出血が多く,ショック状態であること、ガーゼで圧迫して血液を入れていること、油断できない状況であること、出血の原因は早期胎盤剥離かもしれないことを◇、S、Aの妹夫婦に伝えた。

Aの出血はその後も依然として続き、午前2時ころ、さらに呼吸状態が悪化した。

午前3時15分ころ、Aは分娩室を出てICUに向かったが、それまでに輸血された生血は、累計で5200ミリリットルに達していた。午前3時20分頃、Aの心拍が2回停止し、同日4時5分、Aは死亡した。

H医師が作成した死亡診断書には、直接の死因として「播種性血管内凝固症候群」と記載されている。

Aの出産に立ち会ったOは、同月26日午前の日勤の看護師との引継ぎ時までの間に、産科温度表及び看護記録を作成したものの、△医師の処置について一部未記入のままであり、また産科入院時のアナムネに自らはまったく記入していなかった。Oは、日勤の看護師に対し、書き終えられなかった点について、自分の腕にペンで書いたものを見ながら口頭で説明し、記入するよう依頼した。

△医師は、平成9年3月26日午前0時頃、I大病院から帰院し、パルトグラム、新生児及び付属物記録に記入するとともに、死産証書を作成し、同日中に、Aの遺族に交付した。

平成9年4月21日、◇は姪らとともに、△方を訪れ、Aの分娩について△医師から説明を受けた。△医師は一通り事実経過を説明したが、母子の死亡原因についてはまったくわからないなどと述べた。

平成9年7月9日、◇は、△医院に対し、Aの診療側、看護記録、各種検査表その他の診療関係資料を検証することを目的とする証拠保全請求を行い、同年8月1日証拠保全決定がなされた。検証期日は同月4日午後2時とされ、同日午後1時、証拠保全決定が△医師に送達された。この間、Oは平成9年8月2日付けで△医院を退職した。

△医師は、上記決定を受け取った後、Aに関する診療録等を用意して内容を確認したところ、看護師が記載すべき部分に不十分な点があり、自分の行った処置で記入されていないものがあると感じた。△医師は、Aの死亡に関して今後◇らから訴訟を提起されることを想定し、その場合、診療録等の記載が不備であると△医師の立場が不利になると考え、このまま診療録等を検証されてしまえば困ったことになるとの焦燥感から、Aの出産時に立ち会っていたOに対し、加筆を求める必要があると考えたが、同人の退職のいきさつから協力に応じてもらえないものと考えた。

そこで、△医師は、平成元年の△医院の開業当時から△医院に勤め、△医師の治療上の処置を熟知している看護師Pに協力を求めて記録を改ざんしようと考え、Pの自宅に電話をして呼び出し、Pが当日夜勤であったこととして、書き直しをするように求め、同人はこれに応じて書き直した。

△は8月4日午後2時から行われた証拠保全の証拠調期日において、書き直された診療録等を提示し、上記期日の約4日後に、もとの記録をシュレッダーで裁断した。

ら(Aの夫およびその子ら)は、△医師に対し、(1)医師の過失によりAが死亡した(2)新生児死亡であるのに死産と扱ったのは説明義務違反に該当する旨主張して、損害賠償請求訴訟を提起した。

訴訟において、△医師は、分娩時の夜勤看護師はPであったとして、Pに証人として虚偽の証言をさせ、自らも本人尋問において、これを前提とする供述をした。

そして、◇らが、△医師に対し、分娩台帳、看護師の賃金台帳等の文書提出命令を申立てると、△医師はもとの分娩台帳、賃金台帳を廃棄し、改ざん後の分娩台帳を証拠として提出した。

らの訴訟代理人は、看護師がすり替えられているとの疑問をもとに調査を行い、◇は、平成13年10月31日、偽証の疑いで△医師とPを検察庁に告発した。その結果△医師及びPは偽証教唆及び偽証の罪で起訴され、平成14年3月、それぞれ有罪判決を受けた。

そこで、◇らは、診療録等の改ざんや偽証教唆が証明妨害行為に該当し、◇らの主張する事実が真実と認められるべきと主張するとともに、診療録等の改ざんや偽証教唆についての慰謝料も請求した。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
(患者の夫と2人の子合計)1億1635万4600円
(内訳:患者の逸失利益5135万4600円+患者の死亡による遺 族固有の慰謝料3名合計4000万円+診療録等の改ざんや偽証教唆についての患者夫の慰謝料2000万円+新生児死亡を死産と扱われたことによる患者夫の慰謝料500万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
患者の夫につき1700万円
(内訳:診療録等の改ざん等に対する慰謝料1500万円+新生児死亡を死産として扱ったことに対する慰謝料200万円)

(裁判所の判断) 

1 患者の死亡に対する医師の過失の有無

原告は、感謝の症状はDICであったところ、△医師らは、△医院においてDICの兆候となる1598ミリリットルもの大量出血が認められたのであるから、△医師にはDICに対する措置として、早期に大病院に転院させるべき診療契約上の義務があったにもかかわらず、これらを怠った過失がある旨主張しました。

この点につき、裁判所は、

(ア)
I大病院の診療録及び救急原票の記載、
(イ)
看護師Oの証言のうち、Aに関し、少なくとも、他の妊婦と比べ、分娩後に意識がなくなったなどの異常はなかったこと、出血量が相当大量のものではなかったことについては信用することができること、
(ウ)
原告らの推算式の合理性の有無(証拠によれば、△医院を出発した直後のAのショック指数は0.8666で出血量は約866CCであったと推算される)こと

などに、事実経過を併せ考えると、Aの△医院における出血量は、500CCを超えるものであったことが認められるが、原告らの主張する1500CCを超えるものであったとまでは認められないと判断しました。

その上で、裁判所は、△医師にAをより早期に大病院へ転送すべき義務違反があったとは言えないし、仮に△医師に上記義務違反があったとしてもそれらとAの死亡の結果との間に相当因果関係を認めることはできないと判示し、△医師の過失を否定しました。

2 診療録改ざん行為等に対する慰謝料請求の可否

この点について、裁判所は、まず、医師は、診療契約を結んだ患者に対し、診療内容の報告・説明をする義務を負う(民法645条)と判示しました。

そして、患者が診療行為に伴い死亡した場合、説明を求める主体としての患者はすでに亡いが、人の死という重大な結果が発生した以上、患者の遺族がその経緯や原因を知りたいと強く願うのは当然のことである一方、診療の経過を最もよく知っているのは担当医師であるし、また、その専門的な知識をもとに死亡の経緯や原因について適切な説明をすることができるのも担当医師しかいないとしました。したがって、自己が診療した患者が不幸にして死亡するにいたった場合、担当医師は、患者に対して行った診療の内容、死亡の原因、死亡にいたる経緯について、その専門的な知識をもとに、説明を求める患者の遺族に対して誠実に説明する法的な義務があるというべきであると判示しました。

△医師は、Aの遺族である◇から説明を求められたにもかかわらず、上記のとおり、診療録等の改ざんや偽証工作を行い、4年以上にもわたって真実を隠蔽し続け、疑問を抱いた◇らの調査に基づき刑事告発がされた後に初めてその事実を告白するにいたった。△医師は、本件訴訟において有利な結果を得たいという自己本位の考えから、◇に対して負う上記の法的説明義務を故意に踏みにじったのであって、△医師による一連の行為は極めて悪質な不法行為であるといわざるをえないとしました。

死亡した患者の遺族としては、死亡の経緯、死亡原因については、担当医師の説明を信頼するしかないのであるから、この信頼を根底から裏切られた◇が、△の上記不法行為によって被った精神的な衝撃が、どれほど大きなものであるかは、容易に察することができるとしました。しかも△の改ざん工作、偽証工作のために、事案の解明が困難になり、訴訟が著しく長期化することになったばかりか、◇はまた、△の改ざん工作、偽証工作を暴くためにも大きな努力を強いられたのであり、Aの死亡以降、本件訴訟を通じて、◇が負った精神心的負担、さらには社会的・経済的負担は相当大きなものであったといわなければならないと判示し、上記行為によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては1500万円とするのが相当であると判示しました。

3 医師が出生後死亡した児を死産としたことに対する慰謝料請求の可否

この点について、裁判所は、△医師は、Aの娩出した児について、出産証明書および死亡届けを作成する義務があるとともに、児の父親である◇に対し、それらの事実を告げるべき法的義務があったと判示しました。

△医師は、上記義務に反して、児を死産として扱い、◇が、児の出生に関する各種届出や命名を行う機会、死亡届を提出するなどして児を供養する機会を奪ったから、不法行為に基づき、◇が被った精神的苦痛を慰謝する義務を負うところ、◇が、△の行為によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、200万円が相当であるとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認めました。この判決は控訴されましたが、控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。

カテゴリ: 2022年6月10日
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