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No.455「医師が、高齢の患者についてうつ病として精神科での入院治療を検討すべき注意義務に違反したとして、遺族への慰謝料の支払いを命じた地裁判決」

大阪地方裁判所令和3年2月17日判決 医療判例解説2021年8月(93)号41頁

(争点)

うつ病の診断及び治療等についての医師の注意義務違反の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和8年生まれの女性)は平成26年9月9日頃、S病院において心気症と診断され、軽いうつ状態の所見があった。

Aは、平成22年10月20日に医療法人である△の経営する診療所(以下、「△診療所」という。)において、△の代表理事長を務め、医師である△の診察を受けた。なお、△診療所は内科、放射線科及び心療内科を標榜している。

Aは平成19年頃から、夫である◇からDVを受けることがあり、地域包括支援センターの見守りを受けており、△医師も同センターから報告を受けていた。

医師は、平成27年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする)2月5日に、Aを診察した後、かねてからAを担当していた居宅介護支援事業者に対し、血糖値管理と精神的な不安解消を図るべく、訪問看護の導入を依頼した。これを受けて、Aと訪問看護事業所を設置・運営する株式会社である△間での訪問看護サービス契約が2月17日付けで締結された。

Aは2月19日に△医師の診察を受けた際に、少し物忘れが認められた。△医師は脳循環・代謝改善剤であるニセルゴリン(サアミオン)の処方を開始した。

医師は4月28日、Aを診察した。Aは、△医師に対し、◇からDVを受けている、娘である◇は離れて暮らしているし、息子である◇は何も言わず、事態は変わらない旨を訴えた。△医師は、精神科医の診察を受けてDVや認知症の評価をしてもらうことを勧めたが、Aに拒否された。

一方、△医師は、前同日に、ケアマネージャーに照会し、Aが◇からDVを受けていることは間違いないことを確認した。そして、△医師は、Aに対し、抗うつ剤であるデュロキセチン塩酸塩(サインバルタ)の処方を開始した。

医師は、5月5日付けの訪問看護指示書の傷病欄に、脳梗塞後遺症・血管性認知症・老人性精神病などと記載し、7月31日付けまでの各訪問看護指示書にも同様の記載をした。

医師は、◇に対し、5月頃から8月頃にかけて、Aの精神疾患について、老人性精神病、血管性認知症であるなどと説明した。

ケアマネージャーであるC(以下、「Cケアマネ」という。)は、Aに対するモニタリングの過程で、5月12日頃には家事を出来なくなった旨、同月25日頃には自分のことも出来なくなった旨をそれぞれ認めた。

医師は、6月22日にAを診察し、サインバルタを20mgから40mgに増量したが、7月6日の診察時から1日20mgに減量した。しかし、Aから7月13日の診察の際に、◇がAの薬を隠してしまうなどと聞き、サインバルタの処方量を1日40mgに増量した。

Aは、7月16日に実施された介護認定調査の結果、「毎日の日課を理解」「生年月日をいう」「短期記憶」「今の季節を理解」の各項目の結果について、いずれも「できない」と判定された。

医師は、7月27日にAを診察し、Aから、昼間に寝てしまうので夜は眠れない旨を聞き取り、眠剤であるゾルピデム(マイスリー)10mgの処方を開始した。

は、△医師に宛てて作成・提出した7月分の訪問看護報告書において、Aが同じことを何度も話したり、日付が分からなくなるなどの認知行動が認められる旨、内服薬の残数が合わないことや重複してセットすることがある旨のほか、顔面に外傷を認めることがある旨を指摘した。

医師は、8月11日、Aを診察し、その際、◇がAが動くと怒るので放っておいてもらいたいなどと述べるのを聞き取り、ベンゾジアゼピン系抗不安薬であるブロマゼパム(レキソタン)を処方した。

医師は、9月4日に開かれたサービス担当者会議に出席し、Aは診察の際はしっかりとしているとした上で、Aが家に戻ると何も出来なくなるのは、◇が何かにつけAに文句を言うために身動きが取れていないからであるなどと指摘した。

医師は、9月8日にAを診察し、Aは◇から叩かれることがあるなどと訴えた。

の経営する訪問看護事業所(以下、「△看護ステーション)という。)の代表取締役であり、看護師である△は9月11日午前9時頃、訪問看護のため、Aの自宅を訪れた。Aは、ベッド横の手すりにしがみつき、立てないと訴え、点滴後にトイレに行く際にも歩けないと何度も訴え、手引きの介助によって歩く状況であった。△看護師は△医師に電話で報告した。同日午後5時40分頃、Cケアマネから電話で、夕方ヘルパーがAの自宅を訪問したところ、Aが痛がって動かない旨の報告をうけた△看護師は、CケアマネとともにAの自宅を再訪した。Aは左足の付け根付近の痛みを訴えたが、△看護師が確認したところ、屈伸可、外内転可、立位可であった。もっともAは歩こうとせず、△看護師がトイレ介助を行った。△看護師は、再訪時のAの状況を見て、骨折の可能性については否定し、9月14日に予定されていた精神科を有するN病院への受診を嫌がって抵抗しているのではないかと評価した。

△看護ステーションのD看護師が、9月12日に、Aの自宅を訪れたところ、Aは左足の痛みを訴えた。D看護師が確認すると左下肢に腫脹や外傷等は見当たらなかったが、内出血斑が体のいたる所に認められたので、D看護師は△医師の往診を求めた。

医師の往診の際、Aは、9月11日に◇から突き飛ばされたこと、その前にも叩かれたこと、精神科に連れて行かれるなら自宅で寝ているなどと答えた。△医師はAの坐位及び足挙上がいずれも可能であることを確認した上、骨折を疑わず、経過観察することとし、往診を終えた。

D看護師は9月14日、Aの自宅を訪れた。その際にも、体位交換時に苦痛様表情で左下肢通を訴えた。

医師は同日付で、Aの精神状態について専門医の診断を受けることを目的としてN病院に宛てた診療情報提供書を作成した。△医師は、同書面中傷病名欄に、◇からのDV及びそれに伴う不安感等を挙げ、現症欄に、平成26年8月に◇とトラブルがあったため、これを疑うに至った旨、2月にMRI検査の結果、がんであることを告げられた頃から、抑うつ症状が認められ、SNRI(サインバルタ等のセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を投与している旨などを記載した。

Aは、9月15日、9月16日、9月17日に訪問看護を利用した。また、9月15日には、△看護師の指示で△診療所を訪れ△医師の診察を受け、腰椎及び右股関節のX線単純撮影を行い、そのいずれについても異常を認めず、立位及び足挙上のいずれも可能として経過観察をすることとした。

9月18日、△看護師はAの訪問看護を担当した。Aは、トイレへ促されても右足を引きずり、挙上も困難であったが、立位を保つことができ、便座へ坐位も自力で保持できていた。また、Aは台所まで移動しようとせず、△看護師に抱えられて移動し、食事介助を受けた。

Cケアマネは、Aが足を動かす度に痛みを訴えることから、◇に対し、U外科を受診させるように依頼した。

9月19日、Aは◇に連れられ、U外科を受診したところ、左大腿骨頸部骨折と診断され、T病院に搬送され、左大腿骨転子部骨折と診断され、そのまま入院した。

Aは平成28年2月28日死亡した。

平成28年11月19日以降、◇は、△診療所に複数回電話し、Aに係る診療録の開示を求めたが、△は結果としては応じなかった。

そこで、Aの子2人(◇)は、Aが死亡したのは(1)△看護師および△医師に骨折を見落とした過失ならびに(2)△医師および△がAに対して適切な精神疾患治療を行わなかった過失等を主張して△に対して損害賠償請求をした(甲事件)。

また、Aの夫である◇は、上記(1)及び(2)の過失により、損害を被ったとして、△に対して損害賠償請求をした(乙事件)。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
子2人が原告の甲事件1620万円
(うち、△及び△看護師については275万円の範囲で△及び△医師と連帯)(内訳:死亡慰謝料1250万円+診療録不開示に関する◇固有慰謝料100万円+葬儀費用120万円+弁護士費用150万円)
夫が原告の乙事件1375万円
(うち、△及び△看護師については165万円の範囲で△及び△医師と連帯)(内訳:死亡慰謝料1250万円+弁護士費用125万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
及び△医師に対して連帯で65万円
(内訳:慰謝料60万円+弁護士費用5万円)
及び△看護師に対して 0円

(裁判所の判断)

うつ病の診断及び治療等についての医師の注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、7月頃までの注意義務違反について、下記のように述べました。

裁判所は、中等症以上のうつ病においては、

(1)
自傷他害の危険性が切迫しているが、予防するため注意深く見守ってもらうことを依頼できる家族がいない場合、
(2)
水分や食事をほとんど取れない場合、
(3)
重篤な身体合併症が併存している場合、
(4)
服薬アドヒアランスが不良の場合、
(5)
十分な休養が取れない場合、
(6)
うつ病の症状によって患者の家族や友人との関係に社会的立場が著しく破綻する可能性がある場合等

に、入院治療を考慮しなければならないということできると判示しました。

そして、Aは、5月以降、家事や身の回りのことができなくなっていき、7月頃には、介護認定調査の結果、認知能力に関わる複数の項目について、いずれも「できない」と判定されたほか、服薬も十分にこなすことができなくなっていたことが認められるとしました。また、Aは、かねてから夫及び息子と同居していたが、◇は、自身も介護を要する状況であった上、Aに対して暴力を振るっていたこと、◇は、日中、Aと過ごすことはほとんどない状態であったことが認められるとしました。

そうであれば、Aは、遅くとも、7月頃の時点で服薬を適当に行う能力を欠いていたのであるから、上記(4)に該当することは明らかであるとしました。また、Aは、上記時点で、認知症状が相当程度進行しており、転倒・骨折の危険因子を抱えているのに、それを防ぐための同居の親族による見守りはおよそ期待できない状態にあったものといってよいから、患者本人の自制が及びづらく、周囲の見守りも得られないために、患者本人の生命身体が害されるおそれがあるという意味において上記(1)に準じる状況にもあったといってよいとしました。

裁判所は、したがって、△医師は、7月頃の時点で、Aについてうつ病と診断し精神科での入院治療を検討すべき注意義務を負っていたというべきであるとしました。

医師は、4月28日の診察において、Aから、精神科医への受診の勧めを拒否されたのみならず、◇はもちろんのこと、子である◇や◇から助力を得ることにも後向きな発言に接したものの、診療録中には、△医師において、その後7月頃までの診療期間中に、Aの精神科への入院治療の必要性について検討し、又は検討するべく問診、観察または検査を重ねたことを窺わせる記載は見当たらないと指摘しました。

そこで裁判所は、△医師は、上記注意義務を怠った過失があると判断しました。

しかし、上記注意義務違反とAの死亡との間の相当因果関係は否定しました。

その上で、上記注意義務違反について、7月から9月中旬にかけて、Aが中等症以上のうつ病に罹患していると判断されるべき状況においても、うつ症状への対症療法的な投薬をするにとどまり、うつ病と診断した形跡すらないのであって、このような本件における医療行為の内容及び態様に鑑みれば、上記注意義務違反に係る△医師の医療行為は著しく不適切なものであるというほかないと判断し、Aの診療契約に基づく適切な医療行為を受ける期待権が上記注意義務違反により侵害されたものと認定しました。

以上から、裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年5月10日
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