医療判決紹介:最新記事

No.454「刑務所に勾留中の者がけいれん発作を起こし死亡。刑務所の法務技官医師に転送義務違反を認めた地裁判決」

高知地方裁判所平成28年2月2日判決 判例時報2302号84頁

(争点)

転送義務違反の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和28年生まれ。起訴されたため平成21年6月23日から△刑務所内の拘置場で勾留されていた)は、平成21年7月8日午前中(以下、同日の出来事については時刻のみで示す。)、△(国)が設置管理する△刑務所内での運動終了後、居室に戻る際、自己の居室を通り過ぎ、自己の居室が分からないと述べるなど特異な動静をした。そこで、刑務所職員は、Aに対し、午後に法務技官医師であり、収容者の健康管理、疾病の診断、治療等を主な任務としていたB医師の診察を受けさせることとした。

Aは午前11時50分頃、昼食をとり、午後1時30分頃に医務課に連れて行かれる際に途中で嘔吐した。Aは刑務所職員に対し、吐いたら楽になったと述べた。

AはそのままB医師の診察を受けた。Aは、不眠を訴えたものの、食事はとれており、便や尿も問題ないと述べた。もっともB医師は、Aが嘔吐したことは知らされていなかった。B医師は、Aに既に睡眠剤を処方していたことから、経過観察をすることとし、午後2時30分頃、退庁した。

刑務所職員は、午後3時27分頃に、Aが居室で手のひらに吐物を出していたのを現認した。体調を確認されたAは、刑務所職員に対し、「大丈夫です。」と答えた。刑務所の保健助手であるCは、Aが嘔吐した旨の連絡を受けたため、午後3時50分頃、Aの居室に赴いたところ、Aは、少し赤みがかった白濁物の吐物を片付けているところで、Cからの問い掛けに対して大丈夫であるなどと返答した。

Aは、午後4時過ぎ、夕食の配膳を受けたが、ほとんどを食べずに残し、食欲がないと述べた。

Aは午後4時23分頃、居室の中で意識を失い、仰向けの状態で倒れ、全身をけいれんさせ、口元から少量の泡状の液体を出していたため、医務課に搬送された。Aは呼びかけに対して反応しなかった。医務課で計測されたAの血圧は126/88、脈拍84、血中飽和酸素濃度93であった。Cは、B医師に電話をかけ、Aの状況を報告したところ、B医師はバイタルサインに問題はなく、経過観察で足りると判断し、Aの意識が戻ればセルシンを投与し、様子を見るよう指示したが、意識が戻らない場合の指示はしなかった。

Aは、横臥させられていたが、午後4時35分頃に意識を回復し、セルシン5mgを1錠投与され、車椅子で居室に戻された。

Cは、午後5時23分頃、処遇部門の職員から、Aが居室でうつ伏せになり口元あたりからよだれのようなものを流しているとの連絡を受けた。そこで、Cは、他の職員とともにAの居室へ行き、Aの上体を起こして仰向けにしたところ、Aは12~15秒程度、上半身を震えさせるように小刻みにけいれんし、Cらの問いかけに応じなかった。もっとも、呼吸や脈拍には異常はなかった。Cらは、数分間、Aの動静を確認した後、Aの居室から退室した。

Cは、午後5時32分頃、処遇部門の職員から、Aが足をピーンと張り、その後上体が小刻みに動いている状態で、約15秒間けいれんしていたとの連絡を受け、午後5時35分頃、他の職員らともにAの居室へ赴いた。CらがAの居室へ到着した際には、Aのけいれんは治まっていたが、Cらの問い掛けにAが応じることはなく、意識がない状態であった。もっともAの呼吸や脈拍に異常はなかった。

Cは、B医師に電話をかけ、Aが短い発作を繰り返しており、職員の問い掛けにも反応しない状態であること、脈拍はとれる状態であり、胸の上下動による呼吸も確認できる状態であることを報告した。B医師は、てんかん発作の場合には、強直性間代性のけいれんが起こると呼吸状態に影響することもあることから、刑務所に登庁することとし、Cに対し、登庁するまでの間、大きなけいれんがあるか、呼吸状態はどうかなどの動静を注意して観察するように指示した。

Aは午後5時49分頃に約1分間、午後6時3分頃に約1分間、午後6時17分頃に約30秒間、午後6時49分頃に約15秒間、午後7時2分頃に約1分30秒間、それぞれけいれんした。この間、Aの意識が回復することはなかった。刑務所職員は、胸部等の動きからAが呼吸していることは確認した。Cは上記のけいれんについては報告を受けておらず、この間、医療的な知識のない刑務所職員がAの動静を観察している状況であった。

B医師は、午後7時20分頃、非常登庁し、午後7時35分頃、Aを診察した際、Aは軽いけいれんを起こしていた。Aのけいれんは、2,30秒程度続き、その後も意識を失ったままであった。B医師は聴診器でAの心音、呼吸音を確認し、触診で脈拍も確認したが、異常所見があるとは認めなかった。B医師は、Aがけいれんを繰り返し起こしていたとの報告を受け、意識がずっとなかったと認識していた。

B医師は、Aの症状は軽いけいれん発作を伴うてんかん様の発作であると判断し、抗てんかん薬であるデパケンを処方し、Aの意識が回復した際には、デパケン3錠を投与すること、けいれんが続くときにはセルシン1アンプルを筋肉注射すること、Aをカメラで観察する設備のある部屋に移してその状態を注意して観察することを指示する半面、血圧や呼吸状態が安定しており、てんかん様の発作の場合、あまりひどいことにならないことがほとんどであり、発作後は意識レベルがしばらく落ちることはあるなどと判断し、医療機関へ搬送するよう指示することはなく、また、Aの意識が回復しない場合にどのようにすべきかを指示することもなかった。

Cらは、B医師の指示に従い、午後7時44分頃、意識が回復していないAを布団ごと別室(カメラで監視可能な拘置場第7室)に移動させ、仰向けの状態にして天井に設置されたカメラからAの状態を観察することとしたが、Aの意識が回復することはなかった。

Aは午後7時50分頃、約40秒間けいれんをした。Cは午後7時57分頃、Aに対してデパケンを投与するために別室に赴いたがAの意識は回復しておらず、誤嚥するおそれがあったことから、デパケンを投与するのをやめた。その際、Aの口の中には何も見当たらなかった。

B医師は午後8時頃、退庁した。

Aはその後も、3回けいれんを起こした。

刑務所職員は、午後8時47分頃、モニターを通してAの様子を確認していたところ、それまで動いていたAの肩、胸、腹が動かなくなった。そこで、刑務所職員は別室に赴き、Aの動静を確認したところ、口元の小さな泡状のものが揺れ、わずかに腹部のあたりが上下する程度の弱い呼吸をしているだけであり、この状態は午後8時50分にも変わりがなく、午後8時51分頃にはその呼吸を確認することができなかったため、非常ベルで通報した。午後8時53分頃、別の刑務所職員が別室に赴いたところ、Aの呼吸、脈拍、心音が確認できず、心肺停止の状態であった。

その後、I病院に救急搬送されたが、平成21年7月9日午前2時16分、Aの死亡が確認された。

D医師はAの死体検案書を作成し、直接死因は低酸素性脳症、その原因を食物の誤嚥による窒息であるとした。他方、E医師は、同月10日、Aの遺体を解剖し、同年9月4日、Aには胃噴門部に裂傷部位が認められることなどから、マロリー・ワイス症候群を発症しており、Aの死因は、急性上部消化管出血によるショックであるとする鑑定書を作成した。

そこで、Aの姉である◇(Aには配偶者及び子はいなかった)はAが死亡したことにつき、転送義務違反、窒息防止義務違反、緊急内視鏡検査等義務違反、バイタルサインのチェック義務違反等を主張して、△に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
2200万円
(内訳:慰謝料2000万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
880万円
(内訳:慰謝料800万円+弁護士費用80万円)

(裁判所の判断) 

転送義務違反の有無

この点について、裁判所は、午後7時35分頃にB医師がAを診察するまでの一連の状況と診察時の状況に加え、けいれん重積(けいれん発作が30分以上続くもの又は発作と発作の間欠期に意識が回復することなく発作を繰り返す状態のことをいう。けいれん重積は、重症かつ緊急性が高い症状であり、脳の酸素欠乏を招きやすく、長引く場合には生命に危険が及ぶこともある)についての医学的知見に照らせば、B医師においては、Aがけいれん重積の状態にあることも念頭に置くべきであり、かつ、Aの診察後、B医師は退庁することが予定されていたと認められること、△刑務所内には、他に医師はおらず、医師がいたとしても、医師の管理の下にAの全身管理をできる態勢にはなかったこと、保健助手も不在になることが想定される状況になったことをも併せ考えると、Aの心音、呼吸音及び脈拍に格別の異常所見を認めなかったとしても、刑務所内での医療的対応は困難な状態にあったと言わざるを得ない以上、B医師には、Aを外部の医療機関に転送するよう指示すべき義務があったというべきであるとしました。

しかるに、認定事実によれば、B医師は、Aの血圧や呼吸状態が安定しており、てんかん様の発作の場合、あまりひどいことにならないことがほとんどであり、発作後は意識レベルがしばらく落ちることはあるので、刑務所内で経過観察を続ければ足りると判断し、意識が回復した際にデパケンを投与することの内容の指示するにとどまり、Aを外部の医療機関に転送するよう指摘することはなかったというのであるから、上記義務に違反したものというべきであるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年5月10日
ページの先頭へ