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No.451「レントゲン検査の写真から医師が右大腿骨頸部骨折を読影できず、骨接合術が行われなかった。その後患者は人工股関節置換手術に至る。医師に骨折を発見しなかった過失を認め、一定の範囲で損害賠償を命じた地裁判決」

東京地方裁判所令和2年3月26日判決 医療判例解説93号103頁 

(争点)

初診時に右大腿骨頸部骨折を発見しなかった医師の過失と相当因果関係のある損害

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

平成27年12月20日、◇(診察当時51歳の女性)は、犬の散歩中に転倒し、右大腿骨頸部を骨折し、右股関節に痛みを感じるようになった。◇は、痛み止めを飲んだものの改善しないことから、翌21日、かかりつけの△クリニック(整形外科医である△医師が開設しているクリニック。平成25年に交通事故に遭った◇は、平成26年から△クリニックでトリガーポイント注射等の治療を受けていた)を受診し、負傷の経緯を説明し、右股関節の痛みを訴えた。

△医師は、レントゲン検査を行った上で、右股関節捻挫と診断した。

しかし、実際には◇には右大腿骨頸部骨折(非転位型)が生じており、同骨折は上記レントゲン検査の写真から読影することができるものであった。△医師は、過失により上記骨折を発見し得なかった(以下、この過失を「本件過失」という)。この日の受診に際し、◇が作成した問診票には、△クリニックの看護師により、「X―Pとらなくて良いような と本人」と記載されていた。

仮に本件過失がなく、△医師が同日の診察時に上記骨折を診断していれば、骨接合術により骨融合を図ることが可能であった。

また、この日、◇は、△クリニックでトリガーポイント注射を受けたり、△医師の紹介によりQクリニックを受診して頸椎症性神経根症に対する薬物療法及び神経ブロックの説明を聞いた。

◇は、同月25日に△クリニックを受診し、トリガーポイント注射等の治療を受けた。△クリニックのこの日のカルテには右股関節に関する記載はない。また、◇はこの日の診療後後、実家に帰省した。

◇は、右股関節の痛みを感じながらも、仕事の多忙さもあり、湿布や痛み止めの服用をしながら医療機関を受診しないでいたが、平成28年1月4日、△クリニックを受診し、右股関節の強い痛みを訴えた。△医師は、改めてレントゲン検査を行い、右大腿骨頸部に転位のある骨折を認め、手術適応と判断して、V病院を紹介した。

◇は、その日のうちにV病院を受診し、手術適応と判断され、入院した。

同月5日、◇は、右股関節につき人工関節置換手術(以下、「本件手術」という)を受け、同月31日に同病院を退院した。本件手術後、◇は、リハビリテーションを開始したが、右下肢の筋力低下は改善せず、平成28年3月4日作成のリハビリテーション総合実施計画書では、「右下肢の廃用」という記載がされ、短期目標として「杖歩行へ」と記載された。

そして、同年5月17日時点では、大殿筋、中殿筋および腸腰筋の徒手筋力検査結果はいずれも2~3であり、歩行については、右下肢への荷重は困難で、デュシャンヌ歩行(いわゆるびっこ)で、片松葉杖を使用していた。

◇は、リハビリテーションを終えた平成28年5月17日の時点で症状が固定した。

そこで、◇は△が本件過失により上記骨折を見落としたため、本件手術を受けざるを得ない状態となり後遺障害が残ったなどと主張して、△に対し、不法行為ないし債務不履行に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
7049万9388円
(内訳:本件手術費用56万2552円+将来の人工股関節置換手術費用163万4842円+リハビリテーション費用4万1850円+過去および将来の検診費用6万7141円+過去および将来の杖の購入費用9万6675円+車両購入費および駐車場費用303万8480円+後遺障害慰謝料800万円+誤診に係る慰謝料500万円+逸失利益4564万8813円+弁護士費用640万9035円)

(裁判所の認容額)

認容額:
1869万2515円
(内訳:手術費用5万6640円+将来の手術費用53万0870円+過去および将来の検診費用6万7205円+後遺障害慰謝料550万円+逸失利益1083万7800円+弁護士費用170万円)

(裁判所の判断) 

初診時に右大腿骨頸部骨折を発見しなかった医師の過失と相当因果関係のある損害

この点につき、裁判所は、仮に本件過失がなく、平成27年12月21日に◇の大腿骨頸部骨折が診断されていたとしても、これに対する骨接合術及びそのための入院は必要であったと判示しました。

その上で、患者が主張し、裁判所が損害と認めなかった主な項目・内容についての裁判所の判断は以下のとおりです。

(1)本件手術(人工股関節置換手術)費用

人工股関節置換手術の費用と骨接合術の費用との差額(自己負担分)5万6640円が、本件過失と相当因果関係のある本件手術費用と認めるが相当であると判示しました。

(2)リハビリテーション費用

仮に本件過失がなく、平成27年12月21日に◇の大腿骨頸部骨折が診断され、骨接合術を受けた場合であっても、◇のリハビリテーション期間が実際の期間よりも短かったと認めるに足りる証拠はないから、◇のリハビリテーション費用は本件過失と相当因果関係のある損害と認めることはできないと判示しました。

(3)杖の購入費用・車両購入費及び駐車場費用

仮に本件過失がなく、人工股関節手術ではなく骨接合術を受けていれば歩行補助用の杖を使用せずに歩行できるまでに歩行能力が回復したとまで認めることはできないとして、本件過失との相当因果関係を否定しました。 

(4)誤診に関する慰謝料

この点につき、裁判所は、◇が、平成27年12月20日受傷当日に医療機関を受診せず、翌21日も、△クリニックでトリガーポイント注射を受けたり、Qクリニックを受診し、同月25日に△クリニックを受診した後は実家に帰省していたことや、B医師の意見書に大腿骨頸部骨折は大腿骨転子部骨折と比べて痛みは軽度であるといった記載があることを考慮すれば、同月21日及び25日の受診時において◇は右股関節の痛みをそれほど訴えていなかったと推認されること、21日の問診票及び25日のカルテの記載からも、両日の診察に際し、◇が右下肢の強い痛みを訴えたという事情は認められないことを指摘しました。

もとより、◇が本件過失まで約1年10ヶ月にわたり、△医師をかかりつけ医として信頼して受診を繰り返していたものといえ、本件過失が判明した際の△医師に対する失望感が深いものであったことは理解し得るとしつつ、裁判所は、しかし、◇の右大腿骨頸部骨折自体には△医師に何らの責任もなく、本件過失がなくても、◇は骨接合術という手術を受ける必要があったものであると判示しました。そして、本件過失がなく骨接合術を受けていれば、現在術前と同程度の歩行能力を回復していたと認定することまではできないものであると判示しました。

裁判所は、これらの事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料の他に、誤診に係る慰謝料を認めることはできないと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、この判決は控訴されましたが、控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。

カテゴリ: 2022年3月 9日
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