奈良地方裁判所平成15年9月26日判決 判例タイムズ1187号288頁
(争点)
平成7年、8年の各健康診断で撮影された胸部エックス線間接撮影写真につき、担当医が肺癌等の異常を疑う所見を見落として精密検査を勧めなかった過失の有無
※以下、原告を◇、被告を△と表記する。
(事案)
A(会社勤務の男性)は、株式会社△が経営管理する△健康管理所△健康管理科(以下、△健康管理科という)で毎年定期健康診断を受けていた。
Aは、平成7年2月20日、△管理科において定期健康診断を受けて、胸部エックス線間接撮影を受けた。第一次判定医であるT医師(△呼吸器科部長)は、エックス線判定メモに「前回と比較」と記載した。第二次判定医であるI医師(△健康管理科医師)は、平成6年2月のAの胸部エックス線写真と比較した結果、陰影の増大がないと判断し、「異常なし」と判定し、その旨の結果報告書が、健康管理医を通じてAに交付された。
Aは、平成8年3月11日、△管理科において定期健康診断を受けて、胸部エックス線間接撮影を受けた。第一次判定者のT医師は、右肺野に硬貨状の陰影を認め、エックス線判定メモに「r.coin lesion(?)、前回と比較」と記載した。
第二次判定医のM医師は、平成7年2月のAの胸部エックス線写真と比較した結果、平成8年の写真の右上肺野に浸潤陰影を認めたが、辺縁が比較的明瞭で正確な意味での浸潤像ではなく、平成7年の陰影と比較しても変化はなく、かつ、陰影が第1肋骨と肋軟骨部に重なる位置に見られるから、肋軟骨部の石灰化による像であろうと判断したが、写真読影の限界(間接撮影は直接撮影と比較して精度が劣ること)もあるので断定を避け、「要経過観察1年後」と診断し、結果報告書に「胸部エックス線写真に僅かな変化があります。念のため1年後に再検査を受けること。」と記載した。
その結果報告書が、健康管理医を通じてAに交付された。
Aは、平成9年1月中旬ころから、肩や背中に痛みを感じたため、個人医院に通院していたところ、同医院の指示により他の病院でCT検査をした結果、さらに大病院で診察を受けるように指示された。
そこで、Aは、平成9年3月10日、△の経営する病院を受診して、診察や精密検査を受けたところ、右上肺野に癌腫瘤が認められて胸壁にも浸潤しており、骨転移も認められるなど、進行性の肺癌により手術は不可能である旨の確定診断がなされ、同病院に入通院し治療を受けたが、平成9年9月19日肺癌による呼吸不全のため死亡した。
そこで、Aの相続人ら(妻子)は、Aが死亡したのは、△管理科の医師が健康診断時の異常所見を見落とした過失が原因である旨主張して、△に対し、債務不履行又は不法行為に基づき損害の賠償を求めた。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 9053万9371円
(内訳:逸失利益5077万5500円+慰謝料2700万円+治療費222万9513円+葬儀費用253万4358円+弁護士費用800万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 5425万5000円
(内訳:逸失利益2675万5000円+慰謝料2000万円+治療費150万円+葬儀費用120万円+弁護士費用480万円)
(裁判所の判断)
平成7年、8年の各健康診断で撮影された胸部エックス線間接撮影写真につき、担当医が肺癌等の異常を疑う所見を見落として精密検査を勧めなかった過失の有無
- 1 平成7年度健診について
裁判所は、Aの平成6年度と平成7年度の各間接撮影写真を比較検討すると、平成7年度の写真には、右鎖骨、右第1肋骨の腹側部分、右第5肋骨の背側部分が重なった部位(以下、「本件問題部位」という)に、左右を比較すると濃度差が存するが、平成6年度の関節撮影写真では同部位の濃度差が存しないと指摘し、このように平成6年2月から平成7年2月までの1年の経過により、胸部エックス線写真に異常所見が出現している(年度が違い、当然撮影条件の異なる写真でも、左右差を検討することで異常陰影を発見することが可能である。)と判示しました。そして、この異常所見は、Aの年齢(癌の好発年齢であること)、肺癌の死者が増加していることを考慮すると、肺癌を鑑別診断の一つとして考えるべきであったということができるとしました。
そうすると、平成7年度の検診において、第一次判定医から前回と比較して陰影の増大がないと判断し異常なしと判定し、Aに胸部エックス線直接撮影等の精密検査を受けることを指示しなかった点において、過失があるといわなければならないとしました。
- 2 平成8年度健診について
裁判所は、平成8年度の間接撮影写真を単独でみた場合でも、本件問題部位の陰影が濃くなっており、その左右差が明らかであり、銭形陰影といっても良い陰影が存在すると指摘しました。そして、平成7年度と平成8年度の間接撮影写真を比較した場合、本件問題部位の陰影の変化が一層明らかであると判示しました。
Aの年齢や陰影からみて、原発性癌、転移性肺腫瘍、結核(腫)、他の肺感染性疾患などが疑われるが、先ず鑑別診断すべきものは、原発性肺癌であり、そのために、第2次判定医としては、直ちに胸部エックス線直接撮影、CT検査等の精密検査を受けることを指示すべきであったということができると判示しました。
しかるに平成8年度検診について、平成8年度の検診の第二次判定医は、「要経過観察1年後」と診断し、結果報告書に「胸部エックス線写真に僅かな変化があります。念のため1年後に再検査を受けること。」と記載して、直ちに精密検査受診の指示をしなかった点において過失があると判断しました。
以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、この判決は控訴されましたが、控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。