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No.45「妊娠中毒症に罹患していた妊婦が陣痛促進剤の投与などから、出産過程で脳出血を発症し、左半身麻痺などの後遺症。医師らの責任を認める高裁判決」

東京高等裁判所 平成13年1月31日判決(判例タイムズ1071号221頁)

(争点)

  1. 脳出血の発症時期及び原因
  2. 脳出血の予見可能性
  3. 血圧監視義務違反及び母体監視義務違反
  4. 因果関係

(事案)

患者Xは、昭和38年6月30日生まれ(出産当時28歳)の女性で、平成3年3月に妊娠し、平成4年1月1日を分娩予定日とする初産婦であった。Xは、平成3年7月6日、妊娠14週目の段階で、他の病院からの紹介により、Y法人が経営するS病院を初めて受診し、その後、定期的に通院して受診していた。

Xは、平成3年12月31日早朝、自宅で陣痛の発作を起こし、午前7時25分ころ、妊娠39週3日でS病院に入院した。

平成4年1月1日の午前8時30分ころ、Xの担当医師であるS病院のB医師は、Xの分娩進行が遷延する傾向を認め、Xの分娩を促進するため、陣痛促進剤オキシトシンを含有する注射液アトニン�O(アトニン)を投与することを決定し、X及びXの夫X2にその旨を告げ午前8時50ころ、D助産師に指示して、アトニン投与を開始した。

Xは、いきみを開始して暫くした午前11時50分ころ、D助産師の問いかけに対する応答が緩慢になり、意識レベルが低下した状態になり、正午ころには、D助産師に対して視線を合わせず、左上下肢に力が入らず、動かない状態となった。

C医師は、午後0時15分ころ分娩室を訪れたが、Xの意識レベルの低下を認め、子癇発作の切迫した状態であると判断して、午後0時28分持続点滴の方法により、血圧降下剤アプレゾリン1Aを投与することを決定し、D助産師に対しその旨指示した。

Xは、午後0時48分に子X3を出産した。Xは分娩後半分開眼したまま、いびきをかいて眠っており、問いかけに対しても、ただ首を振るのみの状態であった。午後2時45分ころには、助産師の問いかけに対する反応は少しずつはっきりしたが、右口角がゆるみがちとなり、左半身が随意で動かない状態となっていた。ただし、痛みに対する反応はあった。

その後Xは大学病院に転送され、平成4年6月に症状が固定したが、脳血管障害の後遺症として、左不全片麻痺、左半身感覚障害、左同名半盲(注1)、左半側空間失認、左足関節尖足変形、左難聴などの機能障害が残った。

(注1)【半盲】ハンモウ hemianopsia
《片側視野欠損、半側視野欠損;hemianopia》

視交叉部およびそれよりも上位の視路の障害によって、固視点を通る垂直線を境に半側の視野が欠損する状態をいう。両眼で同じ側の視野が欠損する場合を同名半盲homonymous hemianopsiaといい、右側半盲と左側半盲がある。

出典:CD-ROM最新医学大辞典スタンダード版(医歯薬出版株式会社)

(損害賠償請求額)

合計9162万3394円
(内訳)

患者X分 8862万3394円(入院費・入院諸雑費、交通費等162万3394円+治療費6万4861円+通院交通費26万3562円+装具購入費74万5719円+休業損害124万2872円+後遺症による逸失利益4765万2705円+入通院慰謝料400万円+後遺症慰謝料1850万円+弁護士実費462万6429円+弁護士報酬1000万ただし合計金額は一致しません)

患者夫X2の慰謝料200万円

患者子X3の慰謝料100万円

(判決による請求認容額)

●一審での認容額 0円
●控訴審での認容額 合計8353万9814円
(内訳)

患者X分 8103万9814円(入院費・入院諸雑費及び通院交通費136万0374円+通院治療費6万2792円+通院交通費25万5158円+装具購入費72万7909円+休業損害及び後遺症による逸失利益5263万3581円+入通院慰謝料200万円+後遺症慰謝料1700万円+弁護士費用700万円)

患者夫X2の慰謝料150万円

患者子X3の慰謝料100万円

(裁判所の判断)

脳出血の発症時期及び原因

裁判所は、突然の意識レベルの低下及び左半身の麻痺は、脳出血の典型的な症状であり、午前11時50分ころ、及び午後0時ころのXの左上下肢が動かない症状は、脳出血による麻痺症状の進行したものであると判断しました。そして、Xの脳出血は、1月1日午前11時50分ころから午後0時ころにかけて発症したものと推認されると判示しました。

また、脳出血の発症原因については、裁判所は、Xが軽度の妊娠中毒症に羅患していたところ、陣痛促進剤であるアトニンの投与及びその増量並びに出産の接近に伴って血圧が上昇し、脳出血に至ったと認定しました。

脳出血の予見可能性

裁判所は、昭和63年当時、妊産婦の死亡率は0.0096パ�セントで、約1万人に1人の割合であったが、平成3年、4年当時、脳出血は、その死亡原因の第2位であり、脳出血とくも膜下出血を合わせたものは、妊産婦死亡原因の13.7パ�セントを占めていることが認められ、この事実からすれば、必ずしも、脳出血が希有の事柄であるとはいえないと判示しました。

その上で、Xが妊娠中毒軽症であったこと、軟産道強靱(注2)であったことに加え、アトニンそのものの血圧上昇作用も否定できず、陣痛誘発により母体に大きな負担のかかることに伴い血圧の上昇も予想され、血圧上昇による脳出血の危険性は一層強まることになるのであるから、脳出血の発症は予見可能であったと認定しました。

(注2)【軟産道強靱】 ナンサンドウキヨウジン rigidity of soft birth canal

軟産道とは、内外2管より成立し、内管は子宮下部から腟に終る部位であり、外管はこれを取巻く骨盤底の筋群である。この伸展性が悪いと異常分娩になりやすい。原因として、男性型発育を示したり、肥満などの体形・体質によるもの、高年初産婦などの年齢によるもの、子宮頸部の瘢痕形成、子宮腟部浮腫、子宮頸部腫瘍などの産道の器質的変化によるものなどがある。処置としてDHAS、E3、鎮痙剤などの薬物や、ラミナリア、メトロイリーゼによる器械的頸管開大などが有効な場合がある。

出典:CD-ROM最新医学大辞典スタンダード版(医歯薬出版株式会社)

血圧監視義務違反及び母体監視義務違反

裁判所は、Xは血圧上昇傾向、浮腫及び体重増加などから、平成3年11月15日から同年12月28日の間には妊娠中毒症軽症を疑って然るべき状態にあったものであり、アトニンの投与により血圧上昇の可能性もあったことからすれば、S病院の担当医師及び助産師には、Xに対しアトニンを投与して陣痛を促進するに際しては、母体の状態を十分に監視しつつ、少なくとも1時間に1回程度は血圧を測定するなどして、血圧監視を行うべき注意義務があったとして、C医師らに、Xの血圧監視義務を怠った過失を認定しました。

また、本件で行われていた、分娩監視装置による陣痛及び胎児の心拍数の観察だけでは、全身状態の観察をすることは不十分であり、医師及び助産師には、母胎監視義務違反も認められると判示しました。

因果関係

Xは、午前11時20分に自力歩行で分娩室に移動した後、激しい陣痛が起こるようになり、午前11時40分ころにアトニンが増量され、午前11時50分にいきみを開始した後、意識レベル低下などにより、脳出血が発症したものと認められるとした上で、この間、血圧が計測されていれば、血圧の上昇傾向を発見して、脳出血の危険を予知することができ、アトニンの投与中止又は速度の低下、さらには降圧剤の投与などを含めた適切な処置を施すことにより、脳出血を防止することができたものと推認されると判示しました。

そして、Xの脳出血は、血圧監視を怠らなければ防げたものと認められ、医師らの注意義務違反の行為とXの脳出血(後遺障害)との間には相当因果関係があると認定しました。

カテゴリ: 2005年4月25日
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