医療判決紹介:最新記事

No.442「酸性鎮痛剤(ボルタレン)によるアナフィラキシーショックにより、入院患者が死亡。アスピリン喘息の疑いのある患者に対して安易に酸性解熱鎮痛剤を投与した医師の過失を認めた高裁判決」

広島高等裁判所平成4年3月26日判決 判例タイムズ786号221頁

(争点)

ボルタレン使用についての注意義務違反の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和15年生。死亡当時42歳の女性)は、昭和54年春ころより痰を伴う咳が出現し、特に呼吸困難を伴うようになったため、同年12月10日、R病院に1ヶ月ほど入院し、喘息と診断された。

昭和56年夏ころより、Aに安静時呼吸困難及び喘鳴が出現し、8月には歩行も困難な症状となったため、同年8月11日、再びR病院に入院した。

退院後、1ヶ月後ころより再びAに入院前の症状が出現し、昭和57年2月ころより起坐呼吸が出現し、夜間良眠がほぼ得られなくなり、体動による喘鳴も増強するようになった。

昭和57年6月以降、Aは△学校法人の経営する△医科大学附属病院(以下「△病院」という。)呼吸器内科を外来受診し、ネオフィリン投与等の治療を受けたが症状は軽快しなかった。

昭和57年9月7日、AはR病院耳鼻科を受診し、アレルギー性鼻炎を基盤とした重症の慢性副鼻腔炎があり、鼻茸を併発した状態と診断され、同日、術前検査及び手術の予約がなされた。

昭和57年9月25日、Aは咽喉炎(風邪)で熱が出たため、同月27日R病院耳鼻科を受診し、鎮痛解熱剤であるボルタレン及びペニシリン系抗生物質であるバカシルの処方を受けた。

同日、Aは自宅にて、昼食後、両薬剤を服用して間もなく、呼吸困難、喘鳴を伴う激しいアナフィラキシー様症状を起こし、救急車で運ばれ、R病院内科に緊急入院した。病院診察したB医師は、Aの服用したいずれかの薬剤によるショックであると判断し、ステロイドホルモン剤を投与したところ、症状は軽快した。診察したB医師は、Aの診断病名につき、従前の気管支喘息に、薬物アナフィラキシーを加えてカルテに記載した。また、鎮痛解熱剤一般(ボルタレンは鎮痛解熱剤ではあるがピリン系ではない)およびペニシリン系薬剤のAに対する使用を禁止する趣旨でカルテに「ピリン、ペニシリン禁」と記載した。なお、Aには、この時の発作以前には、薬物による喘息発作の誘発等の既往はなかった。

同年10月15日まで、AはR病院に入院し、入院中の10月1日、同病院内科から耳鼻科に紹介がなされたが、Aは従前予約していた耳鼻科における副鼻腔炎の手術を拒否した。

昭和58年2月3日、AはR病院耳鼻科に再度来院し、手術を希望したが、症状及び所見の軽快が窺われたため、しばらくアレルギー性鼻炎の治療を行うこととなり、薬剤の処方により3月16日受診時にはかなりの改善を示したが、その後同科には来院しなくなった。

昭和58年5月10日、Aは△病院に、基礎疾患の検索(気管支喘息の原因の追求)とコントロール(対症療法)の目的で約一ヶ月の予定で入院した。Aの主治医はN医師となった。入院当日、N医師は問診を行い、Aからピリン系の薬で蕁麻疹が出たことがあるとの回答を引き出した。しかし、昭和57年9月27日のR病院への緊急入院の事実は聞き出せたものの、その入院の原因がボルタレン及びバカシルの服用にあるとの事実は聞き出せなかった。

入院中、Aに鼻茸が確認されたため、鼻閉及びそれに伴う呼吸困難の改善を目的とした鼻茸の切除手術が予定された。

5月25日、F教授は、回診の際、N医師に対し、Aが鼻茸を合併し、30歳過ぎての発症であること、皮内テストにより特異的アレルギー源は確認されず、どちらかというと非アトピー型らしいと判断したことから、薬剤の既往症を再チェックし、アスピリン喘息を検討することが必要である旨指示した。同日、N医師は再度問診を行ったが、その問診においても、AがR病院に入院した原因がボルタレン及びバカシルの服用にあるとの事実は聞き出せなかった。翌26日のN医師記載のカルテには薬剤による喘息発作の病歴はない旨記載がされた。

アスピリン喘息とは、アスピリンを始めとするすべての酸性解熱鎮痛薬(酸性非ステロイド性抗炎症薬)によって発作が誘発される喘息であり、ボルタレンも、非ステロイド性の鎮痛、抗炎症剤であって、アスピリン喘息又はその既往歴のある患者には投与してはならないとされている。鼻茸、気管支喘息、アスピリン過敏症はアスピリン喘息の三徴候と言われている。

6月2日、Aの鼻茸の手術がされた。Aは病室に帰室後、安静にしていたが、鼻部疼痛を訴えた。そこで、学会で不在であったN医師の代わりに待機していたK医師の指示により、17時にボルタレン2錠が経口投与された。

17時30分、Aに呼吸困難が出現し、喘鳴があり、低調性ラ音が聴取されたため、起坐位にしてK医師が診察し、ユエキンキープ及びネオフィリン点滴が開始された。17時37分頃、サクシゾン(即効性ステロイドホルモン)、ネオフィリン及び5%ブドウ糖の側注が開始された。17時40分、Aに突然チアノーゼが出現し、気道閉塞状態となり、ベッドの上に仰向けで倒れた。そこで、酸素投与を行うための気管内挿管などの救命措置がなされたが、Aは意識を回復しないまま、同年6月12日に死亡した。

そこで、Aの相続人である◇ら(Aの夫および弟)が、Aが死亡したのは△病院医師に問診義務違反がある等として、債務不履行による損害賠償請求をした。

原審(広島地方裁判所平成2年10月9日判決)は、問診義務違反を認めて◇らの請求を認容したため、これを不服として△が控訴した。

(損害賠償請求)

請求額:
6612万円
(内訳:逸失利益2363万円+慰謝料3500万円+葬祭費・仏壇購入費150万円+弁護士費用600万円。相続人が複数いるため、端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
3428万7016円
(内訳:逸失利益2018万7017円+慰謝料1000万円+葬祭費・仏壇購入費100万円+弁護士費用310万円。相続人が複数いるため、端数不一致)
原審認容額:
同額(内訳:同様)

(控訴審裁判所の判断)

ボルタレン使用についての注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、Aにはアスピリン喘息を疑わせる症状があったのであるから、たとえN医師が再度の問診の結果Aがボルタレンなどの鎮痛解熱剤によって喘息の発作ないしはアナフィラキシーショック様ショックを引き起こした事実を聞き出せなかったとしても、それだけではAはアスピリン喘息ではないと確定診断を下すことはできず、負荷試験を実施しない限り、Aがアスピリン喘息であるとの疑いはそのまま残っているものと言わざるを得ないと判示しました。

ところが、K医師は、当日学会に出張して△病院を留守にしていたN医師に代わって病棟に待機していたが、鼻茸の手術を終えたAが鼻部疼痛を訴えるので、同女に鎮痛剤を与えるべく、N医師が記載したカルテ等によって禁忌の薬剤をチェックしたところ、カルテには「ピリン禁」とは記載してあったが、薬による喘息発作の既往歴なしとの記載があったことから、K医師は、N医師による問診の結果Aのアスピリン喘息の疑いは払拭され、したがってボルタレンを含む酸性解熱鎮痛剤に対し禁忌ではないものと即断して、Aにボルタレン2錠の経口投与を指示したことが認められると判示しました。他方、アスピリン喘息患者に用いる鎮痛剤としては、酸性解熱鎮痛剤でない非麻薬系の鎮痛剤があり、やむを得ずボルタレン等の酸性解熱鎮痛剤を用いる場合には、錠剤を砕いて患者の舌の先に少し乗せて暫く様子を見る等して安全を確かめてからこれを使うべきであることが認められると指摘しました。

裁判所は、上記認定の事実によれば、アスピリン喘息の患者にはボルタレンを使用してはならないとされているのに、K医師は、アスピリン喘息とは断定はできないもののその疑いが残っていたAに対し、同女はアスピリン喘息患者ではないと過った判断を下して、ボルタレン2錠をいきなり使用した過失があるといわなければならないとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認めた一審判決が正当であるとして、△の控訴を棄却し、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年11月11日
ページの先頭へ