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No.439「重度新生児仮死の状態で出生し、重度の脳障害を負ったことにつき、当直医師・助産師に分娩監視義務違反および当直医師に帝王切開手術を施行しなかった過失を認めた地裁判決」

東京地方裁判所平成16年3月12日判決 判例タイムズ1212号245頁

(争点)

  1. 分娩監視義務違反の有無
  2. 分娩方法及び時期の選択における過失の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

は平成6年9月に懐胎し、同月22日、A大学医学部附属病院を受診し、同病院医師から、分娩予定日が平成7年5月25日である旨診断された。

は、里帰り出産を予定していたことから、平成7年2月13日、実家に近い△学校法人の開設する病院(以下、「△医院」という。)を受診し、出産のための診療契約を締結した。

は、妊娠37週目の平成7年5月6日午後5時30分ころ、前期破水を生じ、同日午後7時ころに△病院に入院した。

平成7年5月7日(以下、特段の断りのない限り同日のこととする)、午前9時ころ、◇は、陣痛室に移され、分娩監視装置を装着され、以後分娩に至るまで午後8時前後の一時期を除き、陣痛及び胎児心拍をモニターされることになった。このモニターはナースステーション及び医師勤務室においてリアルタイムで表示されるようになっていた。

午前10時30分ころ、△医師は◇に対し、

(1)
陣痛が弱く、このままではすぐには分娩にならないこと、
(2)
破水して胎児と外界と交通ができてしまっていること、
(3)
このまま生まれないでいると、子宮の中で胎児の感染の可能性が出てくること、
(4)
実際にも午前7時の採血の結果で炎症所見が見られることを説明した上で、
(5)
陣痛促進剤を用いて、できる限り早く分娩できるようにすることと、子宮口が未熟のため、胎児が出やすくなるよう子宮口を軟らかくする薬を使用すること

を説明した。しかし、△医師は、これから使用する薬剤がどのようなものであるか、また、どのような危険性があるかについての説明までは行わなかった。

午前11時30分ころから、△医師は◇に対して陣痛促進剤であるオキシトシンの点滴投与を開始し、オキシトシンの点滴投与は、出産以後に至るまで継続された。

午後3時ころ、◇の陣痛は間欠1ないし2分、発作30ないし40秒であった。このころから、◇は、激しい陣痛を感じるようになった。◇を助産師が内診したところ、子宮口2ないし3センチメートル開大、児頭先進部マイナス3であった。

医師は、午後1時までの勤務であったが、それ以降も勤務を継続していた。しかし、◇が分娩になる様子ではなかったことから、午後4時ころ、帰宅することとし、◇のところに行って、あとは当直医に任せる旨告げた。なお、午後4時に至るまで、午後3時20分ころと同59分ころに軽度変動一過性徐脈が発生したほかは、分娩経過について異常は見られなかった。

午後4時42分から同43分ころ、軽度変動一過性徐脈が発生し、午後6時10分以降に数回にわたり120bpmまで下降する変動一過性徐脈が発生した。

午後6時34分から同35分まで1分間、80bpmに達する変動一過性徐脈が発生した。

午後7時ころ、◇は、絶え間ない陣痛が続き、呼吸すら困難な状態になった。そしてそのような状態は出産まで続いた。

午後7時38分に90bpmまで下降する変動一過性徐脈が2分間発生した。その後は同56分まで、90bpm程度まで下がる変動一過性徐脈が頻繁に反復出現しており、基線細変動も減少の傾向が見られた。

午後8時少し前に、◇は、いきみたい感じを訴えたため、助産師の内診を受け、午後8時前後に分娩室に移動した。内診の結果は子宮口8ないし9センチメートル開大、児頭先進部マイナス1であった。◇は、陣痛室を出てすぐに倒れてしまい、助産師に抱きかかえられながら、分娩室に入った。

この間、午後7時57分ころから午後8時7分ころまで◇から分娩監視装置が外されており、陣痛及び胎児心音の記録がない。

午後8時07分から同30分までの間は、変動一過性徐脈が反復出現していた。

が分娩室に入り、分娩台に乗せられた後、すぐに助産師はいなくなり、その後、午後8時30分ころまで、◇の周囲には、だれもいない状態になった。◇は、絶え間ない激しい陣痛のため、意識を失いかけていた。

午後8時30分ころ、心拍が良くないため呼ばれた△医師が◇を診察したところ、子宮口は全開大、児頭先進部プラスマイナス0ないしプラス1で、児頭に産瘤があった。

医師は、経膣分娩の方が帝王切開手術よりも早いと判断して、そのまま心拍の経過を観察することにし、帝王切開手術の準備をしなかった。

医師は、◇にマスクで酸素投与を開始するとともに、娩出児の状態が悪いことも考慮し、小児科当直医に連絡し、また、助産師、看護師に娩出児の処置のため、待機させた。また、児心音が90bpm台で継続的に続く傾向があったため、吸引分娩及び鉗子分娩の準備を始めた。なお、午後8時31分から同33分ころは、120bpmないし150bpmへの回復も見られるものの、依然80ないし90bpmへ下降する変動一過性徐脈が消失していなかった。

医師は、陣痛発作に合わせて、◇に2ないし3回いきませたが、分娩が進行しそうになかった。

午後8時34分以降、約75秒間90bpm未満の高度徐脈が持続し、胎児心拍数基線も100bpmになることが多いなど、既に胎児仮死を強く疑うべき兆候が見られた。その後、午後8時44分まで、最下点が70ないし80bpm程度の変動一過性徐脈が頻出し、かつ、140bpm程度への回復が余り見られなくなっていった。なお、遅発一過性徐脈は出現していない。

午後8時40分には、分娩促進のため、激しくかつ反復して腹部圧迫するクリステレル胎児圧出法が実施された。

午後8時44分以降、90bpm未満の高度徐脈が持続し、胎児仮死の状態に陥った。

午後8時45分ころ、胎児心音が60bpm台にまで下降した。そこで、△医師は、子宮口全開大であって、児頭先進部がプラス1であるので、吸引分娩が可能であると判断し、産瘤に小カップを装着して、吸引分娩を試みた。しかし、装着状態が不良のため、カップを3回交換した。そして、吸引分娩の際には、並行してクリステレル胎児圧出法も行ったが、分娩させることができなかった。さらに、△医師は鉗子分娩も試みたが、鉗子が合致しなかった。

医師は、帝王切開手術に切り替えるべきではないかとかなり迷ったが、踏み切らず、結局会陰切開の上、5ないし6回の吸引が実施され、児頭先進部をプラス3まで下降させて、出口部にて鉗子を装着し、午後9時15分、1回の牽引で分娩となった。この間、△医師とE医師が交替でクリステレル胎児圧出法を何度となく施行した。

は、出生時、頸部に臍帯が1回巻絡しており、重度の胎児仮死の状態であった。自発呼吸がなかったため、直ちに蘇生が開始され、気管内挿管をされた上、新生児集中治療病棟に入院した。

は、平成7年7月20日に退院したが、脳障害に起因する四肢麻痺及び体幹麻痺の後遺障害を負った。

そこで、◇ら(◇およびその両親)は、新生児仮死の状態で出生し、重度の脳障害を負ったのは、分娩の際に△医師及び△医師の過失によるものである旨を主張して、△らに対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
2億8471万9154円
(内訳:治療費413万3518円+介護器具費等67万0564円+介護料99万3141円+自家用車による通院時ガソリン代45万2494円+自家用車による通院時駐車料金4万5350円+自家用車による通院時高速料金7万0930円+通院用車両改造費37万0200円+看護費及び将来の介護料1億6655万4000円+入院雑費35万4900円+逸失利益4227万5690円+◇1の慰謝料2339万1367円+両親の慰謝料2名合計2000万円+弁護士費用2540万7000円)

(裁判所の認容額)

認容額:
1億0132万0515円
(内訳:治療費310万0138円+介護器具費等50万2923円+介護料等74万4855円+看護費及び将来の介護料3204万3532円+入院雑費22万2300円+逸失利益3170万6767円+◇の慰謝料1500万円+両親の慰謝料2名合計750万円+◇が△医師からオキシトシン投与危険性の説明を受けなかったことによる慰謝料50万円+弁護士費用1000万円。
このうち、△医師はオキシトシン投与危険性の説明に関する慰謝料50万円を△と連帯して賠償義務を負い、△医師はそれ以外の金額について△と連帯して賠償義務を負う。
なお、本件では適切な処置を執っても、◇には、実際に生じた脳障害の4分の1を超えることにない障害が残った蓋然性があるとして、△及び△医師が負担すべき損害は、◇が重度新生児仮死による脳障害を負ったことによる損害のうち4分の3と認定された。従って、△医師の50万円以外の内訳はいずれも実際の損害額の4分の3相当額である。)

(裁判所の判断) 

1 分娩監視義務違反の有無

この点について、裁判所は、変動一過性徐脈の反復出現が見られるのに、実際には、午後8時7分以降、同30分まで、◇の周囲にだれもいなかったこと、医師の診察がされたのがようやく午後8時30分に至ってからであったこと、母体の体位変換や羊水腔への温生食水注入の処置が執られず、酸素投与も、午後8時30分以降であることからすると、△医院の助産師及び△医師を含む当直医師は、午後7時38分から午後8時30分までの間、◇のモニターの十分な監視をせず、午後8時30分近くになるまで、変動一過性徐脈の発生とその悪化を見落とし、適切な処置を何も執らなかったと判示しました。そうすると、異状が発生し、しかもそれを容易に発見することができたにもかかわらず、当該異状に対し、適切な監視や対処を行っていない者として、△医院の助産師及び当直医であった△医師は、分娩監視義務を怠っていたと評価すべきであると判断しました。

2 分娩方法及び時期の選択における過失の有無

この点について、裁判所は、△医師は、遅くとも午後7時57分以降、厳重な分娩監視をして、体位変換等も試みた上、帝王切開手術の第一段階の準備をし、午後8時34分以降、胎児の低酸素状態を緩和させるため更に適切な処置を執るとともに、帝王切開手術の本格的な準備をし、胎児仮死の状態であると認められる午後8時44分には、直ちに帝王切開手術の施行を決定して、すみやかにこれを施行することにより、胎児の低酸素状態をできるだけ悪化させずに早期娩出に努めるという一連の義務があったにもかかわらず、午後8時30分ころの母体への酸素投与以外には、上記の適切な分娩監視・帝王切開手術の準備・処置を執ることを怠り、帝王切開手術を施行せず、かえって、本件では失敗の危険性が高い吸引分娩・鉗子分娩を繰り返し、かつ、クリステレル胎児圧出法を漫然と35分間もの長時間行って、◇の腹部を強く圧迫し、これらにより胎児の低酸素状態を更に悪化させた点において、注意義務違反があるというべきであるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、この判決に対しては控訴がされましたが、控訴審で和解が成立して裁判は終了しました。

カテゴリ: 2021年9月10日
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