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No.436「高校生が自転車転倒事故で左上腕骨顆上骨折をし、骨接合手術を受けたが手術時に尺骨神経を損傷し、手術部に感染症を発症し、後遺障害が残った。主治医兼執刀医の過失を認めた地裁判決」

福岡地方裁判所平成5年5月27日判決 判例タイムズ857号220頁

(争点)

  1. 患者の左尺骨神経の断裂に関する執刀医(主治医)の過失の有無
  2. 患者の骨折部の感染症発生に関する主治医(執刀医)の過失の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(事故当時高校生)は、昭和57年10月9日午後1時30分ころ、高校から自転車で帰宅中、転倒して左腕を地面に突き(以下、「本件骨折事故」という。)、△医療法人社団の経営する病院(以下、「△病院」という。)に運ばれて診察を受けた。

最初に◇を診察したT医師(△の理事長)は、◇の傷病名を上腕骨顆上骨折との診断をし、即入院を指示し、垂直牽引するように指導した。

翌10日、◇の主治医となった△医師(△病院の勤務医)が◇を診断し、垂直牽引後の骨の整復状態を見るために撮影したレントゲン写真等から、◇の傷病名を上腕骨顆上骨折、上腕骨外顆骨折、肘頭骨折、尺骨神経麻痺と診断した。同月11日には◇に対して骨折部の徒手整復操作が行われた。

医師は、◇の左第4・5指に知覚鈍麻があるものの、上腕骨顆上骨折で尺骨神経の断裂が合併する例は非常に稀であることから、◇の左第4・5指の知覚障害の原因として◇の左尺骨神経の断裂は全く考えず、尺骨神経が骨片によって圧挫される等の何らかの損傷を受けていることによると考えていた。

◇の上腕骨顆上骨折は垂直牽引により、整復状態はかなり良好となったが、内顆のところに大きな骨片が存在したため、これを除去すべく骨折部の骨接合手術(観血的手術、以下「本件手術」という。)を施行することとなった。

同月15日、本件手術が、執刀医△医師、麻酔医T医師、第一助手M医師及び手術補助者である看護師4名によって行われた。

本件術方式は、◇を全身麻酔下の伏臥位にして、後方中央縦切開により上腕三頭筋切離後中枢へ翻転させ、関節包を切開し骨折部に至り、骨膜下にて内外顆まで剥離するものであった。しかし、△医師は、上記術式では、通常術野に出現するはずの尺骨神経(三頭筋の内側線に沿って位置しており、容易に視認できる程度の太さがある)を発見・確認することができなかったため、◇の左尺骨神経は掌側に転位しているのであろうと考え、尺骨神経未確認のまま骨折部の可及的整復をした後、キルシュナー鋼線5本部にて骨接合を行った。術後ギプスシーネで上腕から手先にかけて固定した。

◇は、術後1日目には38度の熱があり、同日2日目から6日目までは38度以上の熱が出ることはなかったが、同日7日目からは再び38度以上の発熱があった。

医師は、◇に対し、術後6日間はセファメジン等の対感染症用の抗生物質を◇に投与していたが、同月7日目以降は抗生物質の投与を中止し、解熱剤であるインダシンのみを投与した。術後11日目に、◇に対する血液検査が実施されたところ、赤血球338、白血球数1万1200の数値であった。

医師は、術後も本件手術部位を無菌状態に保つために、抜糸するまで包帯交換しない方針を採っていた。抜糸予定日の前日である同月27日(術後12日目)、包帯交換をしたところ、感染症が発生していたことが判明し、手術部位から大量の膿が出てきたので、そのとき初めて手術部位が化膿していることに気づき、再度パイマイシン(判例原文のまま)、セファメジン等の抗生物質を投与した。

翌28日(術後13日目)、△医師は予定どおり抜糸をしたが、その際、膿が出て皮膚が接合出来ない状況だったので、手術部位を生理食塩水50CCで洗浄し、翌日(術後14日目)、手術部位に人工皮膚を植え込んで、外側から洗浄する措置をとった。

同月29日、◇は、A病院を受診した後、同年11月1日、A病院に転入院し、専ら感染症に対する治療・手術(4回)を受けるなどし、昭和58年3月26日、同病院を退院し、同年7月13日まで通院治療を受けた。

◇は、同58年7月25日および29日にB医大附属病院整形外科を受診した後、同年9月13日から同年10月4日まで入院した。その間の同年9月20日、B医大附属病院において、神経移植の手術等を受けたが、その際、左尺骨神経が5センチメートルにわたり欠損して断裂していることが確認された。

さらに、◇は、翌59年12月12日、B医大附属病院に再入院し、関節形成、皮膚移植等4回の手術を受け、一旦退院したうえ、昭和61年3月17日再々度入院して腱の移植手術を受けて同年4月26日退院した。

昭和61年10月1日、◇は、B医大附属病院で症状固定と診断され、左ひじ関節の運動障害、左第4・5指の各関節の運動障害、手術瘢痕による上肢の露出面に醜状、長管骨の変形等の後遺障害が残った。

そこで、◇は、◇に後遺障害が生じたのは△医師による骨折部位の骨接合手術及びその後の診療行為に過失があったからだとして、△らに対し、損害賠償請求をした事案である。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
3676万9997円
(内訳:治療費116万5380円+装具代・薬品代9万3567円+付添看護費20万円+通院費130万5860円+入院雑費29万7000円+教育費用等109万2640円+就職遅延による損害267万4680円+後遺症逸失利益から本件骨折事故自体の寄与度2割を減額後の1932万2670円+慰謝料800万円+弁護士費用300万円の合計額の内金請求)

(裁判所の認容額)

認容額:
2285万6484円
(内訳:治療費116万5380円+装具代・薬品代9万3567円+付添看護費0円+通院費71万2980円+入院雑費29万7000円+教育費用等61万7120円+就職遅延による損害165万4632円+逸失利益1171万5805円+慰謝料450万円+弁護士費用210万円)

(裁判所の判断)

1 患者の左尺骨神経の断裂に関する執刀医(主治医)の過失の有無

この点について、裁判所は、本件手術のような上腕骨下端部骨折の観血的手術を施行する場合、重要な神経組織である尺骨神経に損傷が生じないよう、その確認及び保護を行うことは基本的措置というべく、成書においても骨切りを加える前に周囲の組織から剥離しておくことが述べられていると指摘しました。したがって、本件手術においても、△医師は、◇の左尺骨神経を発見・確認し、それを保護した上で骨接合手術を施行すべき注意義務があったのにもかかわらず、同神経が術野に視認できない状況下で、安易に同神経は掌側に転位したものと軽信し、それ以上の探索・確認をしないまま、手術を続行した点において、その過失を認めざるを得ないと判示しました。

この点について病院側は、△医師が尺骨神経を確認できなかったのは、尺骨神経の掌側転位のためであり、尺骨神経を確実に見出し、それを保護した上で更に手術を進めていくならば、◇の患部に更なる手術・侵襲及び骨の移動を伴うことになるから、更に出血が続くとともに感染症の危険性も増大するため、それ以上尺骨神経を探索するのを断念し、骨接合手術を行ったものであり、△医師の手術施行について過失は存在しないと主張しました。

しかし、裁判所は、尺骨神経の確認と保護は基本的措置であり、同神経への損傷は後遺障害等軽視できない結果を招来するものであるから、整形外科医としては若干の皮切りの増加が必要であったとしても、尺骨神経を確認し、それを保護する措置をとった上で本件手術を施行すべきものであったと解されるとしました。確かに尺骨神経探索のための皮切りによって出血量は増加することは争い得ないが、本件手術による総出血量が347グラムであったことからすると格別出血量が多量に及んでいたわけではなく、尺骨神経発見のための更なる皮切りは可能であったと認められるとしました。裁判所は、また、手術時間が長引くことにより、感染症発生の危険性が増大することは否定し得ないが、通常手術はできるだけ無菌に近い状態で行われるべきものであること及び△医師は、本件手術に際して感染症対策は十分にとっていた旨供述していることから、尺骨神経発見のために手術時間がわずかばかり延びたところで極端に感染症発生の危険性が増加するとは思われず、それよりも、尺骨神経を確認・保護することなく、確認できていない尺骨神経への損傷の可能性を残したまま手術を施行することの方がはるかに危険性を伴うものと考えられると判示して病院側の主張を採用しませんでした。

2 患者の骨折部の感染症発生に関する主治医(執刀医)の過失の有無

この点について、まず、裁判所は、◇の感染症の原因について、一般に臨床的に感染症発生と診断するには、(1)局所の炎症所見や分泌物の存在、(2)発熱と白血球の増加、(3)赤沈値の亢進とCRP(炎症の発生を調べる検査)の上昇、(4)起炎菌の証明、(5)抗生物質の投与に反応するか、などを総合して判断すべきところ、これら事項のうち、◇に認められるのは、本件手術後7日目ころから38度以上の高熱が続いたことだけであると判示しました。しかし、骨折治療の場合、感染症の予防ということが治療行為の第一に挙げられていることからすると、△医師が、◇に対して、CRP等の炎症発生を調べる検査等を全く行っておらず(術後初めての白血球数の検査は、◇の熱が再度高くなった術後7日目から4日経った同11日目である。)、かつ、右発熱にもかかわらず◇に感染症が発生していないという確実な判断ができたわけでもないのに、術後10日間以上も包帯交換をせずに患部の炎症、分泌物の有無をも確認しなかった点において、△医師には患者に感染症が発生したことに対する注意義務違反(過失)が存在するものと解するのが相当であると判示しました。

病院側は、術中・術後の院内感染は一定割合で発生するもので、完全な可避は困難であること及び◇は本件事故によって当初から擦過傷を負っていたことから、◇には術前から感染症が発生していたのであって、術後感染症が発生していたのではないこと、仮に術後に感染症が発生したのだとしても、△医師は十分な抗生物質を投与する等適切な感染防止の措置をとっているから、△医師には注意義務違反は存在しないと主張しました。

裁判所は、しかし、病院内で手術を施行した場合、一定割合(2ないし3パーセント)で感染症が発生することは不可避であるにもかかわらず、△医師は、術後6日間にわたって抗生物質の継続投与を行いながらも、術後7日目に◇に体温の上昇傾向が窺われたのであるから、当然その時点で感染症を疑って十分な対応を考慮すべきであったのに、かえって、同日以降、なぜか抗生物質の投与を中止したと指摘しました。しかも、△医師は、一定割合での感染症の発生を不可避と確認し、かつ、高温傾向という感染症の徴候があったのに、確たる判断材料も存在しないまま、無菌状態保持という当初の方針に固執したためか、高温傾向が現れてもCRP等炎症発生検査を実施せず、高温傾向という感染症の徴候が現れた後6日目に包帯交換をして感染症を現認し、急遽対処療法を施したと判示しました。そして、このように△医師において感染症の徴候が現れた後5日間にわたり、包帯交換等の措置をしなかったことからすると、△医師は、その間の治療を怠ったというべきで、仮に感染症が不可避なものであるとしても少なくとも△医師が感染症に対する措置を放置し、適切な治療行為を怠った過失は否めず、このことにより、◇の感染症を増悪させたことは否定できないとしました。

また、◇が本件事故により擦過傷を負っていたのかどうかについてはカルテにはその旨の記載はなく、かえって、カルテの内容や証拠によれば、◇は、本件事故時地面に転倒するも、学生服、カッターシャツ等を着用していた関係もあって、本件患部付近、その他に擦過傷を負っていなかったことが明らかであり、この点に関する△医師の供述は信用しないと判示しました。

そのうえで、裁判所は△医師は◇の感染症発生についても適切な治療(措置)を実施しなかった過失があり、これと◇の本件重篤な感染症との間に因果関係があると認定しました。

以上より裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年8月 6日
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