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No.434「患者が急性出血性膵炎で死亡。医師が重症急性膵炎と疑診せず、必要な治療をしなかった過失があるとした地裁判決」

東京地方裁判所平成5年6月14日判決 判例時報1498号89頁

(争点)

  1. 患者が急性膵炎であると疑診又は診断することの可能性
  2. 医師の過失と患者の死亡との因果関係の有無

(事案)

A(当時32歳の男性、某会社技術部勤務)は、昭和62年8月27日午前10時ころから、腹痛を感じ、当夜勤務先で宿直業務に従事していた午後10時ころから腹痛が強くなり我慢していたが、全身倦怠感及び脱力感を覚えたため、翌28日午前9時ころ、Aは、救急車を要請しT病院に搬送してもらった。T病院で診察を受けた結果、急性腹症及び過換気症候群と診断された。

同日(以下、特段の断りのない限り同日のこととする)午前9時30分ころ、AのT病院入院が決定したが、午後2時10分ころ、外科医が診察し、相談の結果、Y医師の開業する病院(以下「Y病院」という。)に転院させることを決定した。

同日午後3時40分ころ、Aは、Y病院に搬送され、Y医師、M医師及びF医師の診察を受けた。この診察時、体温37.9℃、血圧106/50、脈拍126で、意識は清明であったが、はっきりしないところがあり、腹部は板状に硬く、筋性防護が認められ、上腹部に圧痛があったが、圧痛点がはっきりせず、腹部の左側に帯状の疼痛はなかった。過換気で、四肢が硬直し、指趾が屈曲して痙攣を起こし、四肢の先端はチアノーゼでワインカラー色をしていた。腹痛の訴えは少なく、呼吸苦を訴えていたが、嘔吐はなかった。胸部・腹部X-P、エコーを施行したところ、腹部に血腫のような異常陰影が認められた。

Y医師らは、T病院から送られてきた依頼書面に目を通し、F医師から看護師に対し、飲食は禁止、点滴を施行するとの指示がなされた。T病院からの依頼書面は以下のように記載されていた。

「(1)急性腹症の疑い、(2)過換気症候群 
既往歴にははっきりとした胃潰瘍、十二指腸潰瘍はないが、昨夕午後10時、仕事中に突然上腹部痛が出現、本日(28日)、当院に来院した。外来時に(2)が出現し、興奮状態(上腹部痛が誘因になっていると思われる。)で、両手のテタニー様症状及び下肢の筋萎縮もたびたび出現し、袋を使って呼吸させたりセルシン一Aで小康を得ている。(1)については午後2時、白血球11700、アミラーゼ616、熱は38度台で、血圧、脈拍は正常範囲内である。経過観察が重要と思われるが、当院では外科的フォローが困難であるため、転院させた。
(緊急データ)白血球11700、アミラーゼ616、ヘマトクリット57.7、GOT210、GPT110、LHD1340、カリウム3.0、カルシウム2.1、コレステロール570、中性脂肪3750、グルコース259」

Aは、午後4時40分ころ、病室に入り、その際、血圧90/70、脈拍120で不整脈はなかったが頻脈で微弱気味であった。呼吸数は30で規則的であったが浅連呼吸で息苦しさがあった。顔色は普通で、嘔気、嘔吐はなく、軽く腹が痛むが自制出来る程度で、四肢にチアノーゼはなかった。

午後5時ころ、プラスアミノ注500ml、VC500ml、VB220mg、レボラーゼ50mg、パスポア2g、アデラビン9号2A、アギフトールS600mgの点滴を開始し、生理食塩水20ml、ヴェノピリン1Vを管注した。呼吸が苦しい時はビニール袋を口に当てるように指示した。Aの皮膚は少し冷たかった。

そのころ、日勤看護師から当直の看護師2名に引継ぎが行われ、日勤看護師から、Aは、過換気症及び急性腹症の患者で、腹が少し痛むが自制できる状態であること、バイタルサインは正常であるが、呼吸が苦しいときはビニール袋を口に当てるよう指示している旨口頭で説明があった。

午後6時ころ、Y医師から当直のH医師に引継ぎが行われ、Y医師から、Aは、過換気症及び急性腹症の患者で、アミラーゼが上昇し、肝機能全体に悪化があり、現在のデータでは原因不明である旨口頭で説明があり、今後吐血や下血あるいは腹痛が極めて強くなるなどの急変があれば、夜間緊急手術を施行するので連絡するように指示された。

午後7時ないし午後8時ころ、看護師がAを観察した際、呼吸は荒れていたが、意識ははっきりしており、腹痛も余りなかった。看護師はビニール袋を口に当てるように指示した。

午後8時30分ころ、H医師及び看護師がAを回診した際、やや過換気であったが、腹痛の訴えはなく、脈拍も正常であった。

午後9時ころ、看護師がAを観察した際、血圧98/76、脈拍120で不整脈はないが微弱かつ頻脈で、呼吸数32であった。意識もあり、腹部痛も軽減していたが、顔色が優れず、四肢が冷たくチアノーゼがあり、呼吸困難、息苦しさがあった。看護師は、ビニール袋の使用を指示し、アクチット注500ml、ヴィノピリンV、セルリール、ヴィーンD注500ml、プリンペラン、ATP40mlの点滴を開始した。

午後10時ころ、Y医師がAの病状を聞くために看護師に電話をしたところ、変わりがない旨の報告があった。

翌29日(以下、全て同日のこととする)午前0時ころ、看護師がAを観察した際、Aは開眼中で息苦しさも楽になっていた。

午前3時ころ、看護師がAを観察した際、Aに付き添っていた母X2から、便が7、8回出た、一度は黒色の便が出たとの話があった。呼吸困難はなく、四肢は冷たく蒼白であったが、チアノーゼは認められなかった。

午前3時40分ころ、ナースコールで看護師が病室に行ったところ、点滴台が倒れていたのでこれを起こした。Aは開眼中で、意識は正常であったが、体の動きがかなりあり、呼吸苦及び痛みがあった。

午前6時30分ころ、看護師が体温計を配りに行った際、Aは落ち着いた状態にあり、特に訴えはなかった。

午前7時ころ、Aは、下半身が剥がれるような痛みを覚え、これ以上自制することができなくなった。X2から通報を受けた看護師がAを観察したところ、Aは足が痛いと訴え、冷汗、チアノーゼがあり、足はワインカラー色をしていた。看護師がH医師にこれを報告したところ、同医師からヴェノピリンの管注を指示されたので、生理食塩水及びヴェノピリンを管注した。

午前7時30分ころ、看護師2名が観察した際、Aは頻脈で脈拍は微弱となり血圧測定が不能になった。意識はあったが、苦しい、苦しい、気持ちが悪いと訴えていた。全身にチアノーゼがあり、呼吸数が減少してきたのでH医師に連絡し、急遽モニターを設置したが、間もなく呼吸が停止した。

H医師は、緊急措置として心臓マッサージを行い、ボスミン1A×2を管注し、挿管したが、脈拍、呼吸、血圧とも測定不能となり、瞳孔が散大した。その後F医師及びM医師も加わって様々な救命措置を講じたがその効なく、午後1時40分Aの死亡が確認された。

病理解剖の結果、Aの死因は急性出血性膵炎であったことが分かった。

急性膵炎は、消化酵素の膵臓内での活性化とそれによる膵臓の自己消化を本能とする疾患で、重症急性膵炎では、活性化された消化酵素及び有毒物質が血中や腹腔内に逸脱し、周辺臓器や遠隔重要臓器の障害を引き起こす。また、免疫系や凝固系にも障害が及ぶため、重症感染症や出血傾向を来し、多臓器不全に至ることがある。成人男性、特に40歳代から60歳代に多発し、死亡率が高い疾病である。

そこで、Aの父X1及び母X2は、Yに対し、Aの腹痛の原因を的確に診断して適切な治療行為をすべき注意義務に違反した等として、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

遺族の請求額:
(両親合計)6319万4018円
(内訳:逸失利益3559万4018円+患者の慰謝料1500万円+両親固有の慰謝料2名合計600万円+葬祭料100万円+弁護士費用560万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
両親合計)5659万4018円
(内訳:逸失利益3559万4018円+患者の慰謝料1200万円+両親固有の慰謝料2名合計300万円+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円)

(裁判所の判断)

1 患者が急性膵炎であると疑診又は診断することの可能性
(1)急性膵炎の診断基準について

この点について、裁判所は、Y医師がAが急性膵炎である疑診又は診断することが可能であったか否かについて、Y医師が有していたAの臨床所見を急性膵炎臨床基準(昭和57年から昭和62年にかけて厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班が実施した重症急性膵炎の実態調査の際に作成した判定基準)に当てはめて検討すると判示しました。

急性膵炎臨床診断基準
  1. <1>上腹部に圧痛あるいは腹膜刺激徴候を伴う急性腹痛発作がある。
  2. <2>血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇がある。
  3. <3>画像、手術または剖検で膵に異常がある。
<1>を含む2項目以上を満たし、他の急性腹症を除外したものを急性膵炎とする。
急性膵炎重症度判定基準-重症
  1. <1>全身状態不良で、明らかな循環不全や重要臓器機能不全が認められる(ショック徴候、呼吸困難、乏・無尿(輸液に反応しない。)、精神症状など。)。
  2. <2>腹膜刺激徴候、麻痺性イレウス徴候、腹水が広汎かつ高度に認められる(腹部単純X線写真で広汎な麻痺性イレウスの所見がみられる。US、CTで膵腫大に加え、浸出液貯溜、膵周辺への波及がみられる。)。
  3. <3>臨床所見で下記【1】~【8】のうち、2項目以上の異常がみられる。
    1. 【1】白血球≧20000/㎣
    2. 【2】ヘマトクリット≧50%(輸液前)又は≦30%(輸液後)
    3. 【3】BUN≧35mg/dl又はクレアチニン≧2mg/dl
    4. 【4】FBS≧20mg/dl
    5. 【5】カルシウム≦7.5mg/dl
    6. 【6】Pao2≦60㎜Hg
    7. 【7】B.E. ≦-5mEq/l
    8. 【8】LDH≧700IU/l
<1>ないし<3>のどれかに該当する異常が認められれば重症とする。
(2)臨床所見の急性膵炎臨床診断基準への当てはめ

裁判所は、昭和62年8月28日午後3時40分ころの診断時に上腹部に圧痛が認められ、T病院から送られてきたデータによると、血中のアミラーゼ(膵酵素)値によると、血中のアミラーゼ値は正常値(160)の3倍を超えていたことを指摘しました。

更に、臨床所見としての自覚他覚症状及び血液検査結果を総合すると、腹膜刺戟症状を伴う強い上腹部痛及びGOT、GPT、LDH値の高値、高アミラーゼ血症並びに白血球増多によって、穿孔性消化管潰瘍、急性膵炎及び急性胆嚢炎などが主要な鑑別診断の対象となるが、Aについては、極めて高度の低カルシウム血症(2.1)、高脂血症(中性脂肪3750、コレステロール570)及び高血糖(259)が認められるのであって、これらの症状は、急性膵炎が重症化するときに特徴的に認められる所見であり、急性胆嚢炎及び穿孔性消化管潰瘍において出現することは稀であるとしました。また、高アミラーゼ血症は、急性膵炎以外の諸疾患でも認められるが、Aにおけるアミラーゼ検査値は、正常値上限(160)の3倍以上を示しており、さらに、Aのテタニー様の四肢硬直及び過換気症候群も、急性膵炎の重症例で認められる症状と一致していると判示しました。すなわち、テタニー様の四肢硬直は、呼吸促迫、過換気症候群によって助長された可能性はあるが、その主因は低カルシウム血症に基づくものである可能性が高く、加えて、Aの腹部は板状硬の状態を呈しており、四肢硬直、過換気状態及び四肢末梢のワインカラー様変化を認めたことは、急性膵炎の重症化に伴って出現した症状であることを疑わせるものであり、エコーで血腫か膿瘍を思わせる腹部腫瘤を認めたことは、出血壊死に陥った膵臓その周囲組織が一塊となった状態の存在を示唆するものと考えられるとしました。さらに、Aの腹部単純写真においては、sentinel loop sign及びcolon cut-off signは認められていないが、これらが認められる頻度は膵炎症例の50ないし30%以下であって、これらが認められなくても、急性膵炎の診断を困難にするものではない(もっとも、重症急性膵炎が出血性膵炎を合併することにより、血液生化学的所見に更に特徴的所見が加わる可能性が少なくないため、出血性膵炎の臨床的診断は極めて困難であるとされている)としました。

裁判所は、Aの臨床所見は、上記急性膵炎臨床診断基準の2項目以上を満たし、更に急性膵炎重症度判定基準をも満たしているのであって、一般に重症膵炎の確定診断の困難性が指摘されていることを考慮しても、Yとしては、Y病院に搬送されてきたAを最初に診察した際に、重症急性膵炎に罹患していることを疑診又は診断することが可能であったといわざるを得ないと判断しました。

その上で、裁判所は、Yは、Aが重症急性膵炎に罹患していることを疑診又は診断したうえ、保存的治療、更には外科的治療を施すべき注意義務があったというべきところ、Yは、そもそもAが重症急性膵炎に罹患していることを疑診することができず、それがため、重症急性膵炎に対して必要とされる保存的治療、更には外科的治療を施さなかったのであり、注意義務違反(過失)があったといわざるを得ないと判断しました。

2 医師の過失と患者の死亡との因果関係の有無

この点について、裁判所は、急性膵炎が重症化した場合には、多臓器障害、腹腔内感染及び敗血症などを伴い、外科的療法による治療成績も一般的には極めて不良であることから、その予後は不良な場合が少なくないと指摘しました。昭和63年の全国的規模の実態調査によると、約1200例の重症性急性膵炎の救命率は約70パーセント、死亡率は約30パーセントであったとしました。中等症の急性膵炎の死亡率が約2パーセントであることと比較して、その予後が悪いことは明白であり、救命した場合にも、膵炎が慢性化する率は約8パーセント、糖尿病を発症する率は約3パーセントであったとしました。

その上で、Aの場合、重症急性膵炎で全身状態が極めて不良であったから、たとえ急性膵炎の診断が的確になされ、かつ、それに対する治療が適切になされていたとしても、Aの生命に対する予後(救命率)は予断を許さないものがあったが、調査結果の救命率はなお約70パーセントに上っていることに照らすと、Yの過失とAの死亡との間には相当因果関係があるというべきであるとしました。

したがって、Yは、不法行為責任に基づいて、Aの死亡による損害を賠償すべき義務があると判示しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年7月 9日
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