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No.431 「腹膜透析用カテーテルの留置位置が異常のまま腹膜透析を行い、患者が大腿神経、陰部大腿神経又は坐骨大腿神経を損傷したことにつき、医師の過失が認められた事案」

大阪地方裁判所令和元年9月25日判決 医療判例解説2020年12月号(第89号)104頁

(争点)

  1. 医師に透析液(平成25年9月10日の透析液)を注入してはならない注意義務があったか否か
  2. 医師の過失と患者に生じた神経損傷などの後遺障害との因果関係

(事案)

X(平成25年9月当時55歳の男性・喫茶店経営)は、平成25年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする)8月27日、腹膜透析(透析療法の1つであり、腹腔内に腹膜透析用カテーテルを通して透析液を注入し、一定時間貯留させている間に、腹膜を介して血中の尿毒素、水分や塩分を透析液に移動させ、十分に移動した時点で、透析液を対外に取り出す方法によって行う)を希望してY1医療法人の開設する病院(以下、「Y病院」という。)を紹介受診した。

腹膜透析用カテーテルは、腹部の皮膚から脂肪層、筋層を貫通させて腹腔内に挿入し、腹壁の腹膜に沿って骨盤の方向に挿入し、その先端をダグラス窩(男性にあっては、膀胱と直腸の間の隙間)まで位置させるのが医療水準である。

9月3日、Xは腹膜透析用カテーテル留置術を受けるため、Y病院に入院した。

Y病院に勤務するY2医師は、Xに対し、9月4日、腹膜透析用カテーテル留置術を施行し、腹膜透析用カテーテル(スワンネック型のテンコフカテーテル。以下、「本件カテーテル」という。)を留置した(以下「本件留置術」という)。Y2医師は、本件カテーテルを固定する前に、術中腎尿管膀胱単純撮影(KUB撮影)を実施した。

しかし、本件カテーテルは、実際には、腹腔内を貫通し、又は腹腔内を経ずに腹膜前脂肪層に迷入し、少なくとも右骨盤の閉鎖孔付近に至り、内閉鎖筋に突き刺さった。

Y病院に勤務するB医師は、Xに対し、9月9日、腹膜透析(1回目)を実施したところ、透析液の排液不良を認めた。そこで、B医師は、同日、腎尿管膀胱単純撮影及び腹部骨盤単純CTを実施した。

同日、H医師は、XのX線診断及びCT診断の結果として、「カテーテル先端は骨盤底部の閉鎖筋の間に挟まっています。圧排での排液不良と思われます。」「カテーテル先端は骨盤底にあります」という所見を作成した。

B医師は、Xに対し、9月10日、腹膜透析(2日目)を実施した。780mlの透析液を注入したが、透析液は100mlしか排液されず、排液不良が認められた。

Y2医師及びB医師は、Xに対し、同日午後、α整復術を実施した。Y2医師およびB医師は、α整復術の実施後に、透視下造影X線検査を実施し、本件カテーテルの位置異常を発見した。

9月12日、Xは、Y病院からW医療センターへ転院し、9月13日、同医療センターにて、腹腔境下で本件カテーテルの位置異常修復術を受けた。

平成28年8月29日、Xは、神経学的検査を受けた結果、知覚検査においては、右陰部大腿神経大腿枝に触覚及び痛覚鈍麻、右大腿神経前皮枝部分に触覚及び痛覚鈍麻等などが認められた。

そこで、Xは、Y2医師らの、腹膜透析用カテーテルを正しい位置に挿入せず、誤った位置に挿入したまま固定し、腹膜透析を実施し、また、α整復術を実施した過失によって、Xの閉鎖神経及び右陰部大腿神経などを損傷し、よって、右下肢の知覚異常及び運動障害等の後遺障害を負ったとして、Y1医療法人及びY2医師に対して損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
3357万6893円
(内訳:入通院慰謝料190万円+休業損害276万5300円+後遺障害慰謝料670万円+逸失利益1916万1593円+弁護士費用305万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
2472万2514円
(内訳:入通院慰謝料53万円+休業損害32万3454円+後遺障害慰謝料670万円+逸失利益1492万9060円+弁護士費用224万円)

(裁判所の判断)

1 医師に透析液(平成25年9月10日の透析液)を注入してはならない注意義務があったか否か

この点について、裁判所は、Y病院内において、本件KUB画像及び本件CT画像から、遅くとも9月9日の腹膜透析(1回目)後、翌10日の腹膜透析(2回目)までの間には、排液不良の原因が本件カテーテルの先端が骨盤底の閉鎖筋の間に挟まっていることである旨特定されていることを指摘しました。

そうであれば、Y病院の医師らは、翌10日に腹膜透析(2回目)を実施するに先立ち、本件カテーテルが本来あるべき位置にはないことを前提とした治療に当たるべきであることは明らかであると判示しました。そして、カテーテルが正常に留置されていない場合には、透析を行ってはならないというのがY病院の医療水準であると認めて差し支えないと判断しました。

してみると、B医師には、9月10日、Xに透析を行ってはならない注意義務が認められるのに、Xに対し、9月10日、腹膜透析(2回目)を実施したというのであるから、B医師には、注意義務に違反した過失があると判示しました。

2 医師の過失と患者に生じた神経損傷などの後遺障害との因果関係

この点につき、裁判所は、本件カテーテルは、内閉鎖筋に刺さっているところ、その刺突部から注液された透析液は組織内の抵抗の弱い部分に沿って侵入し、大腿神経、陰部大腿神経及び坐骨大腿神経に透析液が到達している可能性は排除できず、また、本件カテーテル先端があった空間には相当量の透析液が廃液されることなくとどまっていたところ、この透析液が徐々に上記各神経に向かって滲出していったことも否定しがたいと判示しました。さらに、静脈注射した薬剤や輸液が、血管外の周辺組織に漏れたときに、組織の炎症や壊死をもたらすことが知られているところ、腹膜透析に使用される透析液は、高濃度のブドウ糖とミネラルで組成されており、浸透圧により体内の水分等を透析液に移動させるものであることからすれば、患者に注液されたが廃液されなかった相当量の透析液が、上記侵入と相まって範囲深度とともに広く細胞内脱水による炎症や壊死を生じさせて神経等を損傷した高度の蓋然性があるというべきであると判示しました。

その上で、透析液の注入が、大腿神経、陰部大腿神経及び坐骨大腿神経に損傷を及ぼす可能性は十分にあり、実際にXに症状が生じていること及びこのような推認と整合しない事情はないことからすれば、透析液の注入により大腿神経、陰部大腿神経又は坐骨大腿神経に損傷したことについて、高度の蓋然性を肯定できるものというべきであると判断して、過失と損傷との因果関係を認めました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、この判決に対しては控訴がされましたが、控訴審で和解が成立して裁判は終了しました。

カテゴリ: 2021年5月10日
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