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No.430 「大学病院でのバルーン塞栓術の前に実施した閉塞試験を誤った位置で実施したため、患者が解離性脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を発症し死亡したことにつき、医師に過失があるとされた事案」

大津地方裁判所平成13年11月26日判決 判例タイムズ1092号 246頁

(争点)

バルーン塞栓術における医師の過失の有無

(事案)

平成2年11月、A(当時52歳の男性会社員)は、会議中にめまいを起こし、その後の帰宅途中に、左後頭部痛やめまいを起こし、起立不能となり、国が管理運営するY医科大学科学部附属病院(以下、Y病院という)に入院した。上記入院当時、Aには、めまい、吐気、頻回の嘔吐といった症状があった。AはCT検査等を受けたが、特に異状はなく、その症状は疲労からくるものだろうと診断され、一日で退院した。

Aは、同年12月K病院にも行き、MRI検査を受けるなどしたが、やはり異状はないと診断された。

平成3年10月24日(以下、特に断らない限り平成3年を指す)、Aは、会議中に、左後頚部のつまった感じがして、突然気分が悪くなり、同時に、左指先がしびれたり、左上肢がだるくなったりした。また、ふらつきから、起立不能となった。その後、1時間ほどしてから帰路についたが、歩行中、左に寄っていくという症状があった。

同月26日、AはK病院を訪れ、CT検査を受けたが、異状はないと診断された。しかし、Aは、その後も、まっすぐ歩行できず、左に寄っていったり、片足立ちができなくなったりといった症状があったため、同月28日、精査のため、K病院に入院した。

上記入院中、Aに対して実施されたCT検査では異状が認められなかったものの、Aには左眼痛、耳鳴り、左眼瞼下垂といった症状がみられたことから、AはK病院の神経内科を受診し、MRI検査を受けたところ、脳動脈瘤の疑いがあることがわかった。

そこで、同年11月6日、K病院の脳神経外科において、Aに対する脳血管造影検査が実施され、その結果、解離性脳動脈瘤との診断がされた。Aは、同病院の医師から、開頭手術による治療は困難であるので、バルーン塞栓術(カテーテルを経皮的に血管内に挿入し、このカテーテルを通じて治療していくという血管内手術の一つであり、バルーンを用いて脳動脈の解離の起点より近位(心臓側)の血管を塞栓することにより、解離部分に血液が流れることを阻止し、血流、血圧により解離が進行して血管が破裂することを防止しようとするもの)による治療を受けたらどうかと勧められ、Y病院を紹介された。

Aは、同月8日にK病院を退院し、同月13日、Y病院に入院した。Aの主治医は研修医のK医師であり、病棟医長のO医師がその指導にあたった。Aには、入院当時、左足背の知覚低下と右上下肢のわずかな振動覚の低下が見られたが、神経学的に特別の異状は認められなかった。

Aに対しては、翌14日、CT検査が実施された。

O医師は同月18日、Aおよびその妻X1に対して、同月20日実施予定のバルーン塞栓術に関する説明を行った。

Aは、同月20日、午前中にMRI検査及び脳血流検査を受け、同日午後、脳血管造影検査を受けた後に、O医師によるバルーン塞栓術(2回の閉塞試験を含む。以下、本件手術という)が施行された。

Aは、本件手術中、解離性脳動脈瘤の破裂によるとみられるくも膜下出血を発症して、痙攣発作を起こし、呼吸停止となり、昏睡状態になった。

Aは、本件手術の後、集中治療室において全身管理による治療を受けたが、同月25日に死亡した。

そこで、Xら(妻および子ら)は、Yに対して、Y病院の医師には本件手術の際に解離の起点よりも遠位(心臓から遠い部位)で閉塞試験を行うなどした過失がある旨主張し、不法行為又は診療契約上の債務不履行を理由とする損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
(遺族合計)1億0582万8361円
(内訳:治療費10万8250円+付添看護費8万4500円+入院雑費1万8200円+葬祭費130万円+死亡による逸失利益5611万7411円+入院慰謝料20万円+死亡慰謝料2700万円+遺族固有の慰謝料3名合計1100万円+弁護士費用1000万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
(遺族合計)8789万8819円
(内訳:治療費10万8250円+付添看護費2万2500円+入院雑費6000円+葬祭費120万円+死亡による逸失利益5346万2069円+入院慰謝料10万円+死亡慰謝料2500万円+弁護士費用800万円)

(裁判所の判断)

バルーン塞栓術における医師の過失の有無
1 解離の起点について

裁判所は、血管造影検査、MRI検査の結果、臨床症状から、Aの左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部よりやや遠位及び後下小脳動脈の同分岐部よりやや遠位には、いずれも動脈解離が存在したことが認められるとしました。また、鑑定結果を前提とすると、上記解離は、左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部に及んでいたと認められると判示しました。

2 閉塞部位の適否について

裁判所は、まず、解離性脳動脈瘤の治療として行われるバルーン塞栓術は、血管をバルーンで塞栓することで、解離部分に血液が流れることを阻止し、血流、血圧により解離が進行して血管が破裂することを防止する目的で行われるものであることから、解離の起点よりも近位で閉塞が行われなければならないと判示しました。そして、これに反して解離の起点より遠位で血管の閉塞をした場合、それが解離の開口部より遠位であれば、閉塞がされない場合と比較して解離の開口部から血液が偽血管腔により多く流れ込み、血管壁に対する圧力が増強して、血管の外膜の断裂によりくも膜下出血等を起こしやすくなるから、そのような閉塞方法は許されないとしました。また、解離の起点より遠位で血管の閉塞をした場合、それが解離の開口部より近位であっても、そのような解離の発生している血管は非常に脆弱となっているから、そのような部位でバルーンを膨らませることは、血管壁の断裂を誘発するものであって、同様に許されないと判示しました。

次に、本件手術における閉塞部位について、裁判所は、1回目の閉塞試験及び本閉塞が、いずれも左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部より約1cm近位で実施されたことは当事者に争いがないと判示しました。

2回目の閉塞試験は、カルテに記載されたとおり、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で実施されたと認めるのが相当であると判示しました。

その上で、解離の起点ないしそれより遠位で閉塞することは、バルーン塞栓術により血管を破裂させてしまう可能性のある行為であるから、そのような位置で閉塞試験を行うことは許されるものではなく、これに反して、そのような位置で閉塞試験を行ったO医師の行為は違法なものであったと認定しました。

そして、本件においては、2回目の閉塞試験が解離の存在する部位で行われたため、解離により脆弱化していた血管がさらに脆弱化し、さらにそれより近位で本閉塞を行ったために、血行動態の変化により反対側の椎骨動脈から逆流して流入する血流の圧力が高まり、その圧力に耐えられなくなったことに起因して、Aはくも膜下出血により死亡したものと認めるのが相当であると判示しました。

3 医師の過失について

裁判所は、鑑定結果によると、血管造影検査等の結果により左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位及び後下小脳動脈の同分岐部よりやや遠位に解離があることが確認された場合に、現時点における知見を前提にすると、同分岐部に解離があることについても担当医師においてこれを認識することは十分可能であることが認められるとしました。また、平成3年当時の知見は現在と基本的に異なることはないと推認しました。

Aの11月15日のカルテには、左椎骨動脈及び後下小脳動脈の解離性脳動脈瘤を認めると記載されていて、その上で、Aに対する治療方針として、左椎骨動脈の解離性脳動脈瘤と後下小脳動脈との間にバルーンを留置する旨の記載がされており、また、本件手術時のカルテでも、1回目の閉塞試験、本閉塞をそれぞれ左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部より遠位において実施することが予定されていたという趣旨の記載がされているのであって、Y病院の医師には、解離部位でバルーン塞栓をすることの危険性についての認識自体が十分でなかったことが窺われるとしました。裁判所は、11月15日のカルテ記載につき、K医師は、それは教授回診の際にそのような症例について言及したことを記載したものにすぎず、Aに対する治療方針を記載したものではないと証言するが、上記のカルテをそのような意味のものとして読みとることは、その文言からしても無理があるとしました。

以上のとおり、O医師としては、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部に解離が及んでいることを認識することが可能であって、これを認識すべきであったものであり、そのうえで、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位ないし同分岐部においてバルーン塞栓を実施することは、その危険性故にこれを避けるべき注意義務があったのに、その注意義務に違反し、2回目の閉塞試験を実施したのであるから、この点において、O医師には、Y病院の医師として要求される注意義務の違反があったというべきであるとしました。

以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年5月10日
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