平成12年10月16日大津地方裁判所民事部判決(判例タイムズ1107号277頁)
(争点)
- Bが同室患者Aを殴打して死亡させた原因
- Y病院の医師に、安全配慮義務違反があったか
(事案)
患者A(昭和3年生まれ)は、平成6年3月2日から脳動脈瘤破裂(くも膜下出血)、脳梗塞症等で、T病院脳外科に入院して手術を受け、一旦退院したが、脳梗塞の発症を起こして、同病院に再入院していた。Aは平成7年4月以降、Y病院で脳動脈破裂後遺症、高血圧、脳梗塞等の診断を受け、片麻痺があったためリハビリテーションを目的としてY病院の老年病棟203号室(8人部屋)に入院した。その後平成7年12月12日、Aは202号室に移り、Bと同室になり、Bの隣のベッドにいた。
B(昭和2年生まれ)は、昭和30年に統合失調症を発症し、T病院に入退院を繰り返していたが、昭和51年に退院後約19年間は継続的にT病院に通院して向精神薬を服用し症状は安定した状態で推移していた。
平成7年8月1日にBは後多発性脳梗塞を発症して救急車でO病院に搬送され、その後、平成7年8月8日に脳梗塞、糖尿病の治療と左片麻痺のためのリハビリテーションを受けるため、Y病院老年病棟202号室(8人部屋)に入院した。Y病院には精神科はない。 O病院でのBの主治医は、Y病院に転院させるにあたり、Y病院の担当医宛ての診療情報提供書を作成し、同書に、Bの診断名として多発性脳梗塞、糖尿病とともに統合失調症を記載し、Bの発症からの経過、現在の症状との関係、O病院では統合失調症の管理ができないからY病院に転院することになったこと、O病院入院中BはT病院で処方した薬を内服していたこと、その薬の内容については直接T病院に問い合わせしてほしいと記載した。
しかし、Y病院のH医師は、統合失調症は既往症であると判断し、Y病院入院以降、Bはそれまで服用していた向精神薬を服用しなくなり、統合失調症の治療を受けることもなくなった。
Bには、平成7年11月26日以降、怒ったり笑ったりしながら独り言を言うなどの異常言動が出現した。Bは、平成8年1月4日午後6時50分ころになって、自己のベッドの下にあった角材(マットレスが動かないようにするために置いてあり、シーツで包み込んでいて、直接患者の目に触れないようになっている)を所持し、突然就寝中のAに襲いかかりその頭部等を殴打する暴行を加え、それにより、Aを右暴行に基づく傷害により死亡させた。
(損害賠償請求額)
3254万3329円(遺族合計・内訳不明)
(判決による請求認容額)
3062万5712円(遺族合計・内訳:逸失利益942万5714円+慰謝料2000万円+葬儀費用120万円。合計額を遺族4名で分けているため判決主文とは端数が合致しません)
(裁判所の判断)
Bが同室患者Aを殴打して死亡させた原因
この点につき、病院側は、Bの異常言動は多発性脳梗塞の後遺症の一症状であると主張しました。しかし、裁判所はBの病状、治療経過、Bの異常言動が、向精神薬の服用を中断した後出現したこと等に照らし、平成7年11月26日から、Bには統合失調症の症状の再燃の徴候とみられる異常言動が出現し、その後病状が再燃し、活発な妄想状態に陥り、Bが恨みを抱いていた人物の息子がAだと誤認し、恨みを晴らし、かたきを討つためと称して暴行に及んだと認定しました。
Y病院の医師に安全配慮義務違反があったか
裁判所は、H医師には、統合失調症の症状の再燃の可能性を認識した上で、Bに対し、T病院で投与していたと同種の向精神薬を服用させ、またBに統合失調症の症状の再燃の徴候とみられる異常言動が出現したときには、症状の再燃を疑い、直ちにT病院に照会し、Bの症状や治療の経過を把握し、向精神薬の服用の継続などの適切な措置を採るべきであったと判示しました。
そしてこのような措置を採らなかったことは、Y病院(医療法人)と患者Aとの間で締結された診療契約に付随する義務である安全配慮義務に違反すると認定しました。