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No.429 「帝王切開による分娩を行ったが、仮死状態で生まれた児がその後低酸素性脳症を原因とする肺炎により死亡。産婦人科を開設する医師に経過観察義務違反を認めた地裁判決」

神戸地方裁判所平成15年9月30日判決 判例タイムズ1211号 233頁

(争点)

経過観察義務違反の有無

(事案)

X1(新生児Kの母)は、平成7年9月25日、妊娠の徴候を感じたため、Y医師の開設する産婦人科(以下、「Y病院」という。)で診察を受けたところ、妊娠が確認され、分娩予定日が平成8年5月24日ころであることが告げられた。

平成8年5月24日(在胎40週0日)午後10時25分ころ、X1は自ら破水したことに気づいたため、X2(新生児Kの父)とともにY病院に向かい、同日午後11時ころY病院へ入院してY医師の診察を受けた。その際、X1には陣痛はなく、羊水に混濁は認められなかったが、その後も羊水は流出し続けたため、その量は相当量に達した。

子宮口内診の結果、子宮口は1センチメートル開大し、下降度はプラス1であり、ドプラーによる胎児心音測定の結果、胎児心拍数は144bpmであった。胎児の先進部は、頭部で固定していた。

Y医師は、X1に対し、子宮口が固くてまだ開いていないから分娩までにはまだ時間がかかると説明した。

X1に対して抗生剤が投与され、分娩監視装置を装着してノンストレステストが行われ、胎児の状態が良好であることが確認された。

なお、Y病院では、医師であるYおよびA、看護師であるB、C、D、補助者であるEが勤務しており、EがX1の診療を担当することになった。

5月25日、午前4時(以下、同日のこととする)不規則な陣痛があった。

午前5時20分、分娩監視装置を約40分間装着した。

午前5時30分、B看護師が胎児心拍数を測定したところ、胎児心拍数は140bpm、陣痛間隔は5分程度、陣痛発作は30秒ないし35秒程度であり、一過性頻脈は認められなかった。

午前7時30分、Y医師がX1を診察し、羊水の混濁はなく流出は少量であった。外子宮口は1.0センチ開大し、下降度はプラス1であった。胎児の先進部は、頭部で固定していた。

Y医師は、X1に対し、前期破水であり、陣痛が開始していないこと、子宮口の開大成熟度が未熟なため、頚管軟化剤、分娩誘発剤及びメトロ(メトロイリンテル。胎児先進部の下方に挿入することにより、クサビ状に子宮下部、頚管を圧迫し、産道を直接開大する。またその機械的刺激によって陣痛を誘発あるいは促進する。一方、破水後であれば羊水の流出を防止する。)の使用が必要であることを説明した。

Y医師は、C看護師に対し、午前7時30分以降、上記誘発分娩を行うように指示した。

午前7時40分、C看護師がドプラーで胎児心音を測定したところ、胎児心拍数は150bpmであった。このとき、プロスタルモン(PGE2)がX1に投与された。PGE2は50分おきに投与されることになっており、タイマーを使用して50分を測定していた。

C看護師は、X1にメトロを挿入し、メトロ内に生理食塩水(滅菌水)を200ミリリットル注入した。

午前8時30分、CないしD看護師がPGE2を投与した。

午前8時40分、C看護師がドプラーで胎児心音を測定したところ、胎児心拍数は150bpmであった。

午前9時ころ、Y医師は出勤したA医師に対し、X1に破水があったことを伝え、X1の経過観察を引き継いだ。X1に対し行動の制限等は特に行わなかった。

午前9時30分ころ、陣痛が起き始めたが、陣痛間隔は7、8分であった。胎児心拍数は150bpmであった。PGE2が投与された。

午前10時ころ、Y医師は外出し、午前10時25分ころPGE2が投与された。

午前10時30分ころ、C看護師は、X1に対し、陣痛間隔が5分程度になったら知らせるように指示した。

午前11時ころの陣痛間隔は7、8分、陣痛発作は30秒であり、午後0時5分及び0時55分にPGE2が投与された。

午後2時過ぎころ、陣痛X1の間隔が5分程度になった。

午後2時11分、別の産婦が出産し、出産はA医師が担当した。その後、午後2時38分には別の産婦が出産し、A医師が担当した。出産が重なり、Y病院内は非常に慌ただしい状態であった。

午後2時50分ころ、D看護師がC看護師からの依頼で、X1の胎児心拍数をドプラーで10秒間測定したところ、25回であったことから、これを6倍し、1分あたりの心拍数が150回程度であると判断し、その旨をC看護師に伝えた。

午後3時28分ころ、X1は訪室したC看護師に対し、陣痛間隔が5分程度になり、痛みが強まってきたことを伝えると同看護師は、X1に対し、陣痛室に移るよう促すとともに、陣痛室に移るまでにトイレに行っておくよう指示した。

X1がトイレを使用していたときに、挿入されていたメトロが自然脱出したため、X1は陣痛室に移動し、そのことをC看護師に伝えた。

C看護師は、X1を陣痛室のベッドに寝かせて、分娩監視装置を装着し、そのスイッチを入れて心拍音を出したところ、90pbmくらいの徐脈となっていた。メトロが脱出してから、この間、X1は、特に強い痛みを訴えていなかった。

C看護師は、ドプラーをX1の腹部に当てて、さらに胎児心音を聞いていたところ、一旦胎児心拍数が1分間あたり130ないし140bpm程度に回復したと判断した。その際、C看護師は、5秒ごとに合計3回胎児心拍数を測定し、これを4倍して1分間あたりの胎児心拍数を測定し、その際に、時計などを使って時間を測定することはしなかった。そのため、同看護師は、少し様子を見て胎児心拍数を確認していた。また、この間、内診を行ったところ、子宮口の開大は約5センチメートルであった。その後、再度、胎児心拍数が90台に低下し、徐脈状態となった。

同日午後3時30分ころ、C看護師は、A医師に連絡し、胎児が徐脈状態となったことを報告し、陣痛室に来てもらうよう求めた。その後、C看護師は、ナースステーションへ向かい、分娩監視装置のグラフを記録するスイッチを入れた。A医師は、上記報告を受けて陣痛室に駆けつけ、直ちにX1に仰臥位から側臥位へと体位変換を施すとともに、内診を行った。また、X1に酸素投与を行うよう指示し、C看護師が直ちにX1の鼻にカニューレを挿入して酸素を投与した。

さらにA医師の指示で子宮収縮抑制剤であるメイロン(アシドーシスの改善を目的として投与される薬剤)20ミリリットルを静脈注射の方法による点滴で投与を開始した。

同日午後3時32分、胎児心拍数が回復し始め、同日午後3時33分には、130bpmないし140bpm程度に回復したが、午後3時34分、再び毎分80bpmないし100bpmの持続的な徐脈状態となった。

A医師は、緊急帝王切開術により急遂分娩を行うことを決定し、G市民病院へ電話をして小児科医師の応援を求め、同日午後4時16分に執刀を開始した。

同日午後4時20分、帝王切開術によりKが頭位で出生したが、Kは泣き声を上げず、自発呼吸は不可能な状態であった。

新生児アプガースコアは0点であり、重症仮死状態であった。

分娩の際、Kの足首に臍帯が1回巻絡していたのが確認された。また、巻絡していた臍帯の太さは通常の半分程度しかなかったことが確認された。

Kは、出産後すぐにG市民病院に転送されたが、平成9年7月16日、低酸素性虚血脳症による肺炎によって死亡した。

そこで、Kの両親ら(X1およびX2)は、Kの死亡は、Y病院医師ないし看護師らの過失によるものであると主張して、Y医師に対し、診療契約上の債務不履行ないし不法行為(Y医師自身の不法行為及び使用者責任)に基づき、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
(両親合計)5616万円
(内訳:逸失利益2467万円+慰謝料2000万円+両親固有の慰謝料合計600万円+葬祭費40万円+弁護士費用510万円。2人で相続した部分があるため、端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
4527万7912円
(内訳:逸失利益1887万7912円+慰謝料1800万円+両親固有の慰謝料合計400万円+葬祭費40万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の判断)

経過観察義務違反の有無

この点について、裁判所は、そもそも、産科医療においては、胎児や母体に異常が出現した場合、異常を察知してから、数分ないし10数分の間に的確に対処する必要があるとされており、母児の生死に関わったり大きな障害を引き起こすような危機は、陣痛開始後、産褥に至るまでの時期に生じることが多いことから、分娩第1期においては、胎児心拍数、リズムなどを経時的にチェックし、分娩の進行に伴い、より頻回にチェックすべきであるとされており、胎児仮死発症の診断法としては、分娩監視装置があれば連続的監視が可能であり最も望ましいものとされていると判示しました。

そして、経過観察中に、胎児仮死の徴候である遅発一過性徐脈や変動一過性徐脈を認めたときは、母体の体位変換、酸素吸入、陣痛抑制などの経母体治療を行い、それでも仮死所見が不変もしくは増悪するときは、急速遂娩を要するものとされており、特に、前期破水が生じた場合には、胎児仮死が高頻度で発症する危険があるとされていると指摘しました。

また、本件では分娩誘発法としてPGE2の投与がなされ、さらに、滅菌水を200ミリリットル注入したメトロが使用されているところ、PGE2を投与した場合には、過強陣痛とそれによる子宮破裂、頚管裂傷、羊水塞栓、弛緩出血、胎児仮死など重大な副作用が生ずることがあるとされ、また、同薬剤は内服用であり、点滴注射に比べ調節性に乏しいことから、常時、母体及び胎児の状態を監視できるときに使用するものとされ、同薬剤の添付文書においても、冒頭部分に分娩監視装置等を用いて十分な監視のもとで使用することと記載され、使用上の注意欄にもPGE2が点滴注射剤に比べ、調節性に欠けるので、原則として妊娠母体および胎児の状態を分娩監視装置により常時監視できる条件下で使用することと記載されていると判示しました。

そして、社団法人日本母性保護医協会の定義上は「分娩監視装置等を用いて」との記載の意味は、分娩監視装置を用いるのが望ましいが、使用しないときでも、それに近い状態で頻繁に胎児心拍数を観察し、子宮収縮を確認するという意味であるとされていると指摘しました。

さらに、メトロを使用する場合についても、頭位の場合、150ミリリットルを超える滅菌水を注入しなければ、臍帯下垂の心配はないとされているが、200ミリリットルないし250ミリリットルの滅菌水を注入した場合には、臍帯脱出や臍帯下垂が発生したとの報告例があり、しかも、前期破水の場合は、臍帯脱出など万が一に備えてPGE2の内服など他の方法とするとされ、原則としてメトロを使用すべきでないとされており(メトロの添付文書においても、頭位の場合は、注入量が多いと臍帯脱出や体位変換が助長されるので、150ミリリットルくらいの滅菌水を注入することとされているとしました。

そうすると、本件においては、本来行うべきでない前期破水例において、頭位の場合であるのに、臍帯脱出や体位変換が助長されやすい200ミリリットルの滅菌水を注入したメトロを使用したものであるから、臍帯脱出や臍帯下垂による仮死状態が出現した際に直ちに対応できるよう、より厳重に胎児の状態を観察すべき義務があったといえると判示しました。

すなわち、本件においては、臍帯脱出や臍帯下垂、もしくは過強陣痛などにより胎児仮死が出現する危険性が極めて高かったということができるから、Y医師は、X1の母体及び胎児の状態について厳重に監視すべき義務を負っていたというべきであり、原則として、分娩監視装置によって経時的に監視する義務を負っていたというべきであると判断しました。

しかも、Y病院には、分娩監視装置が設置されていたのであるから、これを装着することについて何らの支障もなかったと認められるし、また、5月25日午後2時ころ以降、X1とは別に2人の産婦が分娩するなど、Y病院内が極めて慌ただしい状態であったことをからすれば、ドプラーによって頻回に胎児心拍数を測定するとの方法によって胎児の状態を監視することは、およそ不可能であることは十分に予見することは可能であったといえ、だとすれば、X1に対しては、分娩監視装置を装着して記録をグラフに打ち出し、間欠的にでも胎児心拍数曲線の状態を確認すれば、胎児の状態をより正確に把握することができ、胎児仮死徴候が現れた際にも、より早期にそれを発見して、対応することができたということができるとしました。

以上からすれば、本件においては、Y医師は、X1に対し、遅くとも、PGE2の効果により陣痛が最も強まったと推認される5月25日午後2時過ぎ以降は、分娩監視装置を装着して胎児の状態を経時的に観察する義務を負っていたというべきであるとしました。

しかして、Y病院においては、5月25日午前11時5分に陣痛間隔を確認した後、同日午後3時28分ころにメトロが脱出するまで、同日午後2時50分にドプラーで胎児心拍数を測定したことが1回あった以外には、分娩監視装置の装着はおろか、ドプラーによる胎児心拍数の測定がなされた事実さえも認められず、かかる経過観察が上記の義務に違反することは明らかであるとしました。 

そして、X1に対する厳重な経過観察が行われなかった結果、遅くともメトロが脱出するまでに発生していたと推認される胎児仮死徴候の発生に気づくことができず、メトロの脱出によって胎児仮死状態が不可逆的なものとなり、Kに出生後自発呼吸ができないほどの不可避的かつ重篤な脳障害(低酸素性虚説性脳症)を発生させたと認めるのが相当であると判断しました。

そして、裁判所は、仮に5月25日午後2時過ぎ以降にX1に対して分娩監視装置が装着されていれば、より早期に変動一過性徐脈が現れ、しばらく経過観察がなされた後に本件胎児に不可逆的な異変が発生したことに気づくことができたはずであり、その時点がいつであるかを確定することはできないが、同日午後3時30分過ぎに遷延性徐脈が出現したことからすると、少なくとも数十分程度はより早期に本件胎児に不可逆的な異変が発生したことに気づき、上記経母体治療ないし急速遂娩を行って、その時点まで順調に成長していた本件胎児に出生後重篤な脳障害が生じさせることを防止することができたものと推認するものができると判示しました。

この点、確かに厳密にいかなる時点までに胎児仮死徴候を発見していれば重篤な脳障害の発生を防止することができたかは必ずしも明らかではないが、その原因はX1に対する厳重な経過観察を怠ったというY医師の過失によるものであり、かかる場合には真偽不明の不利益をXらに負担させることは条理上許されないことから、本件においては、Y医師の過失と出生後にAに生じた重篤な脳障害との間には因果関係が認められるものと判断しました。

以上より裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認めました。

この判決は控訴されましたが、控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。

カテゴリ: 2021年4月15日
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