名古屋地方裁判所平成17年4月14日判決 判例タイムズ1229号297頁
(争点)
- 医師の過失の有無
- 医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の有無
(事案)
患者A(死亡当時33歳の女性)は平成8年1月24日14時55分(以下、いずれも平成8年1月の出来事であり、時間だけを記載したものは同月24日の時間を指す。)Z産婦人科において第2子を出産し、同日15時2分に胎盤を娩出したが、その直後から大量の出血が始まった。
そのため、AはY市の開設する病院(以下、「Y病院」という。)に搬送された。Y病院に到着した16時15分ころ、Aは呼名に対しわずかな反応を示すだけであり、末梢チアノーゼがあり、末梢部およびそけい部のいずれの脈拍も触知できず、子宮からの出血による重度のショック状態にあった。
Y病院医師は、血圧計、心電図等を装着した上、継続的に尿量を測定するために尿道から膀胱へのバルーンカテーテルを挿入した。また、16時30分に、右鎖骨下からカテーテルを挿入し、血液を採取した。血液検査の結果は、ヘモグロビン値が4.0g/dl(女性の基準値は10.1~14.6)、赤血球が135×10000/μl、女性の基準値は345~460、ヘマトクリット値が12.4%(女性の基準値は32~43)であった。また、AはDIC(播種性血管内凝固症候群)の症状を示していた。
16時57分から右鎖骨下カテーテルから濃厚赤血球液を用いた輸血が開始された。Y病院医師は、右鎖骨下静脈からカテーテルを挿入したとき、血液の逆流をチェックしてカテーテルが血管内にあることを確認した。
また、17時13分に撮影したX線写真によってカテーテルが血管内にあることを確認している。本件カテーテルからの輸血の速度は、毎分10ml余りであった。
Aには激しい体動が認められた。
輸血開始後の17時50分にはヘモグロビン値が10.9、赤血球が363、ヘマトクリット値が32.1まで上昇し、輸血が出血量にやや追いついたといえる状況となった。
しかし、その後、輸血が継続されたにもかかわらず、Aの全身状態は改善せず、18時52分には呼吸停止をきたし、人工呼吸を要する状態となるなどむしろ悪化した。ヘモグロビン値も19時50分には6.0、赤血球が199、ヘマトクリット値が19.2に再度低下した。
Y病院医師は、上記ヘモグロビン値の推移等から輸血量と出血量が計算上合わなくなったため、21時52分に胸部のレントゲン撮影をした。その結果、Aの右胸腔内に液体(以下「本件貯留液」という。)が貯留していることが発見された。
その後、本件貯留液がドレーンによって排出されたところ、本件貯留液の量は約2200mlであった。輸血、輸液が継続され、23時ころには全身状態がやや落ち着いたため、Y病院医師は翌25日0時ころ、子宮全摘術を選択し、同日1時から同手術を行い、同日2時30分頃同手術が終了した。
しかし、同日10時40分ころにはDICに引き続き、消化管出血、肺水腫も併発し、Aは多臓器不全状態となり、同日15時23分に死亡した。なお、上記手術に至るまで継続して止血措置が執られていたにもかかわらずAの出血は続いており、輸血も継続してなされていた。
Y医院医師は出血が止まらず、患者が手術に耐えられると判断された場合には、子宮摘出手術を早期にすべきであることを認識していたが、Aの全身状態の悪化が継続していたため、上記時刻まで手術に踏み切ることができなかったものである。
そこで、Aの夫および子らは、Y市に対し、Aが死亡したのは、Y病院の医師の輸血管理に過失があったためであるとして、不法行為責任又は債務不履行責任に基づき、損害賠償請求をした。
なお、Aの夫および子らは、Z産婦人科のZ医師を被告として同医師の止血措置が不十分であったとして、損害賠償の訴え(以下別訴という)を提起したが、Zが合計1250万円を支払うことを骨子とする和解が成立した。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 3000万円
(内訳:逸失利益5000万円+慰謝料2500万円のうちの一部)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 500万円
(内訳:慰謝料500万円)
(裁判所の判断)
1 医師の過失の有無
裁判所は、まず、本件貯留液の貯留していた部位からすると、本件貯留液は右鎖骨下カテーテルから漏れ出したものであると認められ、ヘモグロビン値の推移や、Y病院B医師の別訴の証人尋問での供述などから、本件貯留液の性状は、輸血用血液であると判断しました。
その上で、裁判所は、Y病院医師は、輸血による救命処置に関して、血液が漏出することのないように適切に輸血を施行、管理すべき注意義務があるものと認められるところ、Y病院医師は本件カテーテルの挿入位置が浅くこれが体動等によってはずれる可能性を認識していたこと、Aにはほぼ継続して相当激しい体動がみられたことからすれば、Y病院医師は、本件カテーテルがはずれ、輸血用血液が漏れ出す危険性を予見できたものと認められ、かつ、輸血の滴下の速度等を観察すること等によって早期に本件カテーテルがはずれ、輸血用血液が漏れていることを発見できたと認められると判示しました。
そうすると、輸血用血液を本件貯留液として貯留させたことについて、Y病院医師には上記の注意義務違反があったものと認められると判断しました。
2 医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の有無
この点について、裁判所は、AはY病院に搬入された時点においてすでに極めて重篤な状況であり、本件貯留液が排出された後、全身状態がわずかながら改善した際に、子宮摘出手術が行われ、その後Aは12時間以上を経て死亡しているという経過に照らすと、本件におけるよりも早期の子宮摘出手術がされたならば救命できたとは直ちに認め難いとしました。裁判所は、別訴における鑑定人もY病院において救命することは相当困難であったと考えられる旨を述べているところであるとしました。
以上に検討したところによれば、Y病院医師の過失がなければAがその死亡時点でなお生存していた高度の蓋然性が存するとまでは認められないから、Y病院医師の過失とAの死亡との因果関係はこれを認めることはできないとしました。
他方で、裁判所は、Aは輸血によって17時50分ころには幾分か状態が良くなっており、その後輸血が順調になされたならば、本件におけるより早期に止血のための子宮外摘出手術を行うことができたであろうこと、しかるに右鎖骨下のカテーテルの管理が不適切で緊急かつ重大である輸血が3時間以上にわたって全く効果を上げていなかったことも指摘しました。
そして、Y病院医師の過失がなければ、Aは25日15時23分の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものと認められるとしました。
以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でAの夫および子らの請求を認め、その後判決は確定しました。