東京地方裁判所平成15年3月20日判決 判例タイムズ1133号97頁
(争点)
- 製造物責任の有無
- 医師に回路閉塞の点検を怠った過失があったか否か
(事案)
A(生後3ヶ月)は平成12年12月に体重1645グラムで出生し、出生後呼吸障害が診られたため東京都(Y1)が設置・運営管理する病院(以下、「Y病院」という。)に入院し、しばらく気管内挿管により人工呼吸療法を受けた後、主治医であるO医師から声門・声門下狭窄及び気管狭窄と診断され、そのための治療として平成13年3月13日、気管切開チューブを留置する目的で気管切開術を受けた。
O医師は、気管切開術後にAを病棟へ帰室するために、Aの気管切開部に装着されたY3社(医療用の機器等の製造、販売、販売の仲介・斡旋、賃貸、保守、修理及び輸出入に関する業務等を目的とする株式会社)輸入販売にかかる気管切開チューブ(以下「本件気管切開チューブ」という。)にY2社(医療機械器具の製造販売等を目的とする株式会社)の製造販売にかかるジャクソンリース小児用麻酔回路(以下「本件ジャクソンリース」という。)を接続して用手人工呼吸を開始した。
しかし、本件ジャクソンリースは新鮮ガス供給パイブが患者側接続部に向かってTピースの内部で長く突出したタイプであり、他方、本件気管切開チューブは接続部の内径が狭い構造になっていたため、新鮮ガス供給パイプの先端が本件気管切開チューブの接続部の内壁にはまり込んで密着し回路の閉塞をきたした。
そのため、Aは、換気不全によって気胸を発症し、これを原因とする全身の低酸素症、中枢神経障害に陥った結果、同年3月24日、消化管出血、脳出血、心筋脱落・線維化、気管支肺炎等の多臓器不全により死亡した。
そこで、Xら(Aの両親)は、本件事故は、ジャクソンリース回路の欠陥、気管切開チューブの欠陥及びY病院の医療従事者もしくは管理責任者が両器具の欠陥を確認しなかった過失が競合して発生したものであるとし、Y2社およびY3社に対し製造物責任又は不法行為責任に基づき、Y1に対し使用者としての不法行為責任又は診療契約上の債務不履行責任に基づき、それぞれ損害賠償の支払いを求めた。
(注)ジャクソンリース回路は、麻酔や人工呼吸といった人工換気を行う際に、麻酔ガスや酸素等の新鮮ガスを吸気として患者の体内に送り込み、患者の呼気を排出するために用いる呼吸回路機器である。
ジャクソンリース回路の構造は、手動式のバッグ、蛇管、Tピースから構成されている。ジャクソンリース回路には、麻酔ガスや酸素等の新鮮ガスを取り入れるパイプ(新鮮ガス供給パイブ)がTピースの新鮮ガス取入口から患者側接続部に向かって伸びている型と新鮮ガス供給パイプが付いていない型があり、また、新鮮ガス供給パイプが付いている型の中でもパイプの長いものと短いものがある。
気管切開チューブは、気管を切開した患者に、気管切開部を通して気管内に挿入し、呼吸回路と接続して使用する呼吸補助用具である。
人工鼻は、内蔵したろ紙状の熱湿度交換機に水分を吸着させ、人工呼吸時に患者の吸気に湿度と温度を補助する器具である。
(損害賠償請求)
- 請求額:
- 8203万5357円
(内訳:死亡慰謝料2000万円+逸失利益4338万5357円+遺族固有の慰謝料両親合計1000万円+葬儀関係費用120万+弁護士費用745万円)
(裁判所の認容額)
- 認容額:
- 5062万9842円
(内訳:死亡慰謝料2000万円+逸失利益2242万9842円+遺族固有の慰謝料両親合計200万円+葬儀関係費用120万円+弁護士費用500万円)
(裁判所の判断)
1 製造物責任の有無
- (1)
本件ジャクソンリースについて
この点について、裁判所は、本件ジャクソンリースは麻酔用器具として製造承認を受け販売されていたとはいえ、医療の現場においては人工呼吸用にも用いられ、その際に他社製の呼吸補助用具と組合わせて使用されていたのが実態であり、Y2社としてもそのような実態を認識していたうえに、そのような組合せ使用がなされた場合、他社製品の中には、本件気管切開チューブのように、その接続部の内壁に新鮮ガス供給パイプの先端がはまり込み、呼吸回路に閉塞が生じる危険があるものが存在していたことからすると、Y2社とすれば、本件ジャクソンリースを製造販売するに当たり、使用者に対し、気管切開チューブ等の呼吸補助用具との接続箇所に閉塞が起きる組み合わせがあることを明示し、そのような組合せで本件ジャクソンリースを使用しないよう指示・警告を発する等の措置を採らない限り、指示・警告上の欠陥があるものというべきであるとしました。
そして、本件ジャクソンリースを梱包した外箱に貼られたシールに記載された注意書(「注意 人工鼻等と併用する場合は、当社取扱製品をご使用ください。他社製人工鼻等には、まれに十分な換気をおこなえないものがあります。接続に不具合が生じるものがあります。」)は、換気不全が起こりうる組合せにつき、「他社製人工鼻等」と概括的な記載がなされているのみで、そこに本件気管切開チューブが含まれるのか判然としないうえ、換気不全のメカニズムについての記載がないために医療従事者が個々の呼吸補助用具ごとに回路閉塞のおそれを判断することも困難なものであって、組合せ使用時の回路閉塞の危険を告知する指示・警告としては不十分であると判示して、本件ジャクソンリースには指示・警告上の欠陥があったと認定し、製造物責任を肯定しました。
- (2)
本件気管切開チューブについて
裁判所は、Y3社は、本件気管切開チューブを販売するに当たり、その当時医療現場において使用されていた本件ジャクソンリースと接続した場合に回路の閉塞を起こす危険があったにもかかわらず、そのような組合せ使用をしないよう指示・警告しなかったばかりか、かえって、使用説明書に「標準型換気装置および麻酔装置に直接接続できる」と明記し、小児用麻酔器具である本件ジャクソンリースとの接続も安全であるかのごとき誤解を与える表示をしていたのであるから、本件気管切開チューブには指示・警告上の欠陥があったと判断しました。
そして、証拠上、Y3社において、同社がY病院に本件気管切開チューブを納入した当時における科学又は知見によっては欠陥があることを認識することができなかったことを証明できたということは到底できず、製造物責任法4条の免責を受けることができないから、製造物責任を負うと判断しました。
2 医師に回路閉塞の点検を怠った過失があったか否か
この点につき、裁判所は、医師が医療行為を行うために医療器具を用いる場合には、適切な医療行為を行う前提として適切な医療器具を選択する必要があり、選択された医療器具はその本来の目的に沿って安全に機能するものでなければならないと述べた上で、本件で使用されたジャクソンリース回路や気管切開チューブなどの呼吸補助用具は、患者の呼吸管理に用いられるものであって、それらが安全に機能しないと患者の生命身体が危険に晒される可能性の高い医療器具であり、またそれらの器具は、通常、単体で使用されるものではなく、相互に接続されて呼吸回路を組成し、一体として人工換気の機能を果たすものであるうえ、そのなかには死腔(呼吸が関与しない無駄な空間)を減らすという目的から特徴的な構造を有する器具も販売されていたことを指摘しました。
そして、これらの観点からすると、ジャクソンリース回路と気管切開チューブ等の呼吸補助用具を組み合わせて使用する医師としては、少なくとも、各器具の構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解したうえで呼吸回路を構成する各器具を選択し、相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務を負うと判示しました。
本件の場合、Aに人工換気を行おうとしたO医師が、死腔を減らすために接続部内径が狭くなっているという本件気管切開チューブの構造上の基本的特徴及び死腔を減らすために新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かって長く伸びているという本件ジャクソンリースの構造上の基本的特徴を理解し認識していれば、両器具を接続した場合に、新鮮ガス供給パイプの先端が接続部の内壁にはまり込んで呼吸回路の閉塞をきたし本件事故が発生することを予見できたというべきであり、医師は人間の生命身体に直接影響する医療行為を行う専門家でありその生命身体を委ねる患者の立場からすれば、医師にこの程度の知識や認識を求めることが当然と考えられるのであって、法的な観点からもそれを要求することが理不尽であり、医師に不可能を強いるものとは考えられないと判示しました。
その上で、本件の場合、O医師は、遅くとも、本件気管切開チューブに本件ジャクソンリースを接続してAに用手人工換気を始めるまでの時点で、本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブとを実際に接続させ、回路を通じて自分で呼吸し異常な吸気、呼気の抵抗がないことを確かめるという方法により、その接続時の機能の安全性を確認しておくことは可能であったと考えられると判示しました。そして、O医師がそのような安全点検を行えば回路の閉塞を察知し、本件ジャクソンリースと本件気管切開チューブとの組合せ使用を中止することにより本件事故を回避することができたものと認定しました。
ところが、O医師は、Aの人工換気に使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり、Y病院内に3種類のジャクソンリース回路が存在するのにその中から構造、機能等を比較検討して本件気管切開チューブとの組み合わせ使用に適合するものを選択するという過程を経ずに、Aを管理していた病棟には本件ジャクソンリースしかなかったという理由でそれを手術室に持参し、接続部における回路閉塞の有無について安全点検をしないまま漫然と両器具を接続して使用したために換気不全を引き起こしたものであって、O医師は、両器具が相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務に違反したものというべきであると判断し、O医師の過失を認めました。
以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認めました。
この判決は控訴されましたが、その後控訴審で和解が成立し、裁判は終了しました。