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No.420 「慢性リウマチの患者に対し、シオゾールを投与し副作用で患者が全身脱毛。医師に投与開始時の説明指示義務・各注射時の問診診察義務・投与中の尿、血液検査義務の違反を認めた地裁判決」

横浜地方裁判所昭和63年4月22日判決 判例時報1303号 108頁

(争点)

シオゾール投与における医師の注意義務違反の有無

(事案)

昭和55年2月頃、X(当時61歳の主婦)は、身体中の筋肉に軽い痛みを覚え、同年3月14日、Y医師の経営する整形外科(以下、「Y医院」という。)でY医師の診察を受けた。Xは、主に腰痛と下肢痛を訴え、13年前に腰椎椎間板ヘルニアを患ったことを説明した。Y医師がXを診察したところ、朝のこわばりはないということで、脊椎変形はなく、頸椎・腰椎に運動制限なく、圧痛・叩打痛もなく、ラグーゼ症候は両側ともなく、膝反射・アキレスけん反射に異常なく、知覚障害も認められなかった。そこで、Y医師は、疼痛を和らげるため、ボルタレン錠(抗リウマチ鎮痛消炎剤)25mg3錠、リンラキサー錠(中枢性の筋弛緩剤)6錠を各4日分処方した。

同月19日、Y医師は、リウマチの検査のためにXから採血し、また、疼痛が続いていたため、前回と同じ薬を処方した。

同月24日、血液検査の結果、Xの血液からリウマトイド因子が検出されたことから、Y医師はそれまでの診察の結果をも考慮して、Xの症状を極初期の慢性関節リウマチと診断し、前回と同じ薬を処方した。

同月31日、Xの疼痛が続いていたため、Y医師は、薬をインテバンSPとユベラニコチネート(ビタミンE)に変えた。

同年4月5日、Xの疼痛は依然続いていたため、Y医師はインテバンSPとユベラニコチネートに加え、プレドニン(副腎皮質ホルモン)とゲファニール(抗潰瘍剤・胃腸障害を抑える薬)とを処方した。

同月16日、Y医師は、Xの妹が脊髄腫であることを聞いたので、血液の一般検査のため採血した。

同月19日、血液検査の結果に異常はなかったが、薬をロイマールに変えた。

同月26日、Xの疼痛が軽減したので、Y医師は、引続きロイマールを投与した。その後、Xは痒みを伴った皮疹を生じた。

同年5月12日、Y医師は、Xに皮疹が出たので、薬をオバイリン(消炎鎮痛剤)に変えた。

同月23日、経過が良好であったので、Y医師は引続きオバイリンを投与した。

同年6月6日、Xの右大腿部・左腕腋下部・腰部に疼痛が生じたので、Y医師は薬をミニマックス(抗リウマチ鎮痛消炎剤)に変えた。

同月13日、Xの疼痛は続いていたので、薬をインダシン坐薬(抗リウマチ鎮痛消炎剤)に変え、同月23日にも同じ薬を投与した。

同月28日、Xの疼痛が依然続いていたため、Y医師は、リウマチの症状は変わらない旨告げ、シオゾールを10mg注射し、インダシン坐薬を処方した。その際、Y医師は、Xに対し、シオゾールは人によっては皮疹・痒みの出ることがある旨説明した。同日午後、Xの胸や両腕に皮疹がでたが、それは日がたつにつれ軽減した。

同年7月5日、Xは、Y医師に対し、6月28日の午後に皮疹が出た旨告げたが、Y医師は、Xの前胸部に軽度の皮疹を認めたにすぎなかったので、Xに対し、この程度ならもう一度やってみようと告げて、シオゾール25mg注射し、また、インダシン坐薬を処方した。同日午後、Xに再び皮疹が出た。

同月12日、Xは、Y医師に対し、再び皮疹が出た旨告げたが、Y医師は、前回よりも軽い皮疹を認めたにすぎなかったため、シオゾールを50mg注射し、インダシン坐薬を処方した。

同月19日、Xは痒みを訴えたが皮疹は殆ど認められなくなり、その一方リウマチの症状は変わらなかったので、Y医師は、前回と同一の注射、処方をした。

なお、Y医師の採用したシオゾールの投与方法は、アメリカ方式であって、初回10mg、2回目25mg、3回目以降各50mgを合計1000mgに至るまで投与してゆくというものであった。

そして、同月26日、同年8月2日、同月9日にも、同一の注射、処方をなしたが、7月26日にはリウマチの症状は軽減し、8月2日坐骨神経様疼痛が出ていた。

その後Y医師は、8月23日、同月30日、同年9月6日に、シオゾール50mgをそれぞれ注射し、また、Xが痛みのため不眠を訴えたのでセレナール(鎮静剤)を就寝時に服用するように指示して処方し、また、9月6日にはインテバン坐薬も処方した。

なお、同年8月頃、Xは、Y医師に対し、洗髪の際抜け毛が多いように感じるが髪をすく際には別段異常はない旨伝えたところ、Y医師は、Xに対し、それなら心配ないと告げた。

同年9月12日、Xの自覚症状は良好であり前回と同一の注射、処方をなしたが、Xが左指間の糜燗と痒みを訴えたので、Y医師は、真菌症という水虫と同様のカビによるものであると説明し、エンぺシド液(抗真菌剤)を処方した。

同月中旬頃、Xは、口内炎にかかり、耳鼻咽喉科で治療を受けたが、このことをY医師には伝えなかった。

同月29日、Xの経過は極めて良好で、Y医師は、シオゾールを注射し、セレナールを処方したが、その後、Xは、九州を旅行したため20日程度Y医師の診察を受けなかった。同年10月31日、Xには自覚症状はなかったが、Y医師は、前回と同一の注射、処方をなし、また、同年11月21日にも同一の注射、処方をなした。

Xは、10月中旬頃から頭部に痒みを感じていたが、白髪が生えだす頃には頭が痒くなる旨聞き知っていたことから、特別気にもとめずY医師にも告げずにいたが、その後痒みが増すとともに皮疹も生じてきたので、同年12月6日、Xは、シオゾールの注射を受けた後、Y医師に対し、右頭部の痒み、皮疹を告げたところ、Y医師は、診察の結果、頭部全体に皮疹が生じているのを認めたので、皮疹による痒みであると説明して、ベスタゾンカレンクリーム(チューブ入り塗り薬)を処方し、セレナールの処方もなした。

同月19日、Xの頭部の皮疹は依然続き、痒みは増強していた。Y医師は、シオゾールの注射を中止し、セレスタミン(抗ヒスタミン剤)、ネルボン(鎮痛剤・睡眠誘導体)を処方した。なお、この時点でのシオゾールの総投与量は685mgであった。

同月24日、Xの痒みはいくらか軽減したが、Y医師は、セレスタミン、トリナチオール(ビタミン剤)を処方した。

昭和56年1月9日、Xの皮疹は依然続き、Y医師はセレスタミンを処方した。

同月19日、Xの皮疹は軽減したが、Y医師は、セレスタミンとネリゾナクリームを処方した。

同月31日、Xの皮疹はほぼ消失したが、Y医師はセレスタミンの投与を継続した。なお、同日、Xは、Y医師に対し、九州旅行をしていたときコーラック(下剤)を一度服用した旨伝え、それが頭部の症状の原因かどうか尋ねた。この間、同月中旬頃、Xは、痒みが収まったものの、頭髪が異常に抜け落ち始めた。

同年2月7日、Xは、Y医師に対し、頭髪の異常な脱毛状態を訴えたところ、Y医師は、3、4cm大の円形の脱毛が生じているのを認めたため、円形脱毛症であるから放置しておいてもよいが、ひどくなれば皮膚科の医者に行くように指示した。

Xは、他の医師の診察を受けたが、Xの頭髪は2月下旬ころすべて抜け落ちてしまい、同年3月頃には、眉毛、まつ毛等すべての体毛も抜け落ちてしまった。

そこで、Xは、Y医師に対し、シオゾールの投与を中止せず投与を継続し、Xに上記の如き脱毛を生じさせた過失があるとして、債務不履行による損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
合計1588万2883円
(内訳:治療費及び通院交通費28万5040円+カツラ購入費32万5000円+休業損害63万2843円+逸失利益の内金400万円+慰謝料884万円+弁護士費用180万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
合計311万0040円
(内訳:治療費及び通院交通費28万5040円+カツラ購入費32万5000円+慰謝料200万円+弁護士費用50万円)

(裁判所の判断)

シオゾール投与における医師の注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、医師はシオゾール投与中の患者に、皮疹、紫斑、出血斑、口内炎、舌炎、浮腫、発熱などや、痒み、ふけ、脱毛、金属味・臭、出血傾向、異常出血、消化器症状、乾性咳、動悸、息切れなど異常な所見が認められた場合は、取りあえず症状が消失するまで減量または休薬して経過を観察し、原因の解明に努めるとともに、必要に応じて適切な処置を行うこと、痒み、軽度の皮疹は数日で消えるものであるが、抗ヒスタミン剤の経口投与またはフェノールとステロイドホルモン含有のローションか軟膏を使用することも有効であること、皮疹を生じた場合、減量ないしは一時中止し、消失とともに再開すると多くは投与を継続することができ、また、皮疹を伴う症例は金製剤が良く奏功する傾向にあること、重篤な症状が発現した場合には、直ちに投与を中止して症状に応じて副腎皮質ホルモンの投与を行うなど適切な処置を行い、金解毒排泄剤の投与を考慮すること、特に金製剤の過度の蓄積による中毒症状の可能性が考えられるときには、金解毒排泄剤の投与をすべきこと、が認められるとしました。

また、シオゾールの投与方法としては、徐々に増量する方式(ヨーロッパ方式)、比較的急速に増量する方式(アメリカ方式)、低用量方式の大きく分けて三方式があるが、これらはおおよその基準を示すものであり、年令、体重、体質、症状に応じて適宜増減することが必要であること、最近では低用量方式でも前二者と同様に有効であり副作用も軽いとして低用量方式を実施する医師が増加していること、が認められると判示しました。

さらに、医師は、シオゾールの投与開始に先立ち、患者個々に主な副作用(皮膚・粘膜症状、腎障害、血液障害、呼吸器障害、消化器障害、視力障害等)について説明し、少しでも異常な症状が認められた場合にはすみやかに連絡するよう指示すべきであること、シオゾールの副作用の発生を予知しうる信頼できる方法は未だ見いだされていないこと、が認められ、また、シオゾール投与による副作用の発生率は20ないし60パーセントと高率であって、重篤な症状に至る場合もあるにも拘わらず、副作用の発生機序は不明なのであり、したがって、医師としては、シオゾール投与による副作用に対しては、早期に発見し適切な処置をとる以外に対処すべき有効な方法がないということができると判示しました。

以上によれば、Y医師は、Xに対し、シオゾールの投与に先立ち、上記のような主な副作用について説明し、異常な症状が認められた場合にはすみやかに連絡するように指示すべき注意義務があったものと認めることができるとしました。

裁判所は、そして、Y医師は、Xに対し、シオゾールの投与に先立ちシオゾールは人によっては皮疹、痒みが出ることがある旨説明してはいるものの、口内炎、舌炎、脱毛、腎障害、血液障害、呼吸器障害等他の副作用について説明せず、また、少しでも異常な症状が認められた場合にはすみやかに連絡するよう指示もしていないとしました。

上記説明指示義務が課せられる目的は副作用を早期に発見し適切な処理をなすべきことにあるのだから、単に皮疹、痒みについて説明しただけでは、上記目的を達成するには不十分といえ、よって、Y医師には上記説明指示義務違反があったと判断しました。

更に、裁判所は、Y医師は、Xに対し、来院の際には毎回副作用の発現について問診、診療すべき注意義務があったが、Y医師は、Xに対し、シオゾールを注射する度ごとに、その副作用の発現について問診、診療しなかったものと認められると判断しました。

以上によれば、Y医師には、問診、診療義務違反があったと判示しました。

次に裁判所は、シオゾールを投与している場合、医師としては、できるだけ頻回定期的に(少なくとも月1回)尿検査、血液検査、肝機能検査、腎機能検査を行い、特に尿検査は頻回実施することが望ましいとされていること、金製剤による副作用の既往のある患者、薬物過敏症の既往のある患者、高齢者に対しては、定期的検査をより短い間隔で実施する必要があること、が認められるとしました。そして、Xは、ロイマールの投与後皮疹を生じ、また、シオゾールの第1回目と第2回目の注射時にすでに皮疹を生じているのであり、Xは、薬物に対して過敏である疑いがあって、金製剤による副作用を生じた患者ということができるのであり、しかも高齢者であると判示しました。加えて、シオゾールの副作用の発生を予知しうる信頼できる方法は未だ見いだされておらず、また、シオゾールの投与による副作用の発生率は20ないし60パーセントと高率であって、重篤な症状に至る場合もあるにも拘わらず、副作用の発生機序は不明なのであり、故に、シオゾール投与による副作用に対しては早期に発見し適切な処置をとる以外に対処すべき有効な方法がないのであって、以上によれば、Y医師は、シオゾールの投与中少なくとも月1回はXについて尿検査、血液検査をなすべき注意義務を負っていたものと認めることができるとしました。

しかし、Y医師はシオゾールの投与を開始する以前の昭和55年3月19日にリウマトイド因子の検査のため、4月16日に一般検査のためと合計2回血液検査を実施した以外に、尿検査、血液検査を実施しておらず、Y医師には、この点において注意義務違反が認められるとしました。

Xに生じた異常な症状のうちY医師に知らされなかったり、知らせる時期が遅れたものは、9月中旬頃に生じた口内炎、10月中旬頃から生じた頭部の痒みであり、これらの症状は、Y医師が説明指示義務、問診診療義務を尽くしていたならば、口内炎については9月29日に、頭部の痒みについては10月31日に、それぞれXからY医師に知らされていたものと推認できるとし、これを前提にして考えてみると、Y医師は、10月31日には、Xの症状として、シオゾール投与の第1回目の6月28日と第2回目の7月5日に皮疹、8月中旬に洗髪の際の抜け毛の増加、9月12日頃に左指間に痒み、糜燗、9月中旬に口内炎、10月中旬に頭部の痒みをそれそれぞれ生じたことを知り得たのであって、かような症状の経過からすれば、この時点で、一旦治まった皮膚症状が8月中旬頃から再び活性化してきていることを認めることができ、より重篤な副作用を生じる蓋然性のあることが予見できたものといえ、したがって、シオゾールの投与を中止し、対症療法をとり得たものといえると判示しました。加えて、Y医師が、尿検査、血液検査を行っていれば、その結果により金製剤の過度の蓄積による中毒症状であることを疑い得た可能性もあったのであり、そうなれば、金解毒排泄剤の投与も考慮し得たことも認められるとしました。裁判所は、特に皮膚症状を起こしている場合には時に血算により好酸球が増加し、血清IgEが増加していることが認められるのであり、Xの場合にも、そのような結果を得られた可能性もあったと判示しました。

裁判所は、以上によれば、Y医師は、上記のシオゾール投与開始時における説明指示義務、各注射時における問診診察義務、投与中の尿検査、血液検査義務を懈怠したことによって、シオゾールの投与中にXに生じた異常な状況を把握しえず、よって、脱毛を含めたより重い症状が発現する兆候を早期に発見することができず、もって、もし早期に発見していたならば可能であったシオゾールの投与中止、対症療法、場合によっては金解毒排泄剤の投与等の適切な処置を講ずる機会を逸したということができるのであり、その結果、Xをして全身脱毛を生じさせたものと認められると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年12月10日
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